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ヘタレの努力家  作者: りばーしゃ
第3章 武術大会〝アーツカッチア〟
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歓声は悲鳴へ




「行くぞカナタ。準備は良いか?」




「ああ、まさか今日このまま決勝戦をやるとは思わなかったがな」




 控え室の中、ゼーベックにそう疑問を零す。てっきり明日なのかと思っていただけに。




「相手の事なら心配はいりませんよカナタ。大きな怪我はしていなかったですし、大会の医療班が先程のダメージは回復させているでしょうし……こちらも前回のダメージは少し残ってる。同条件ですよ」




「ゼーベックのナイフも、オラやロスの弾も補充出来てるし大丈夫だべよ。カナタは問題はねぇだが?」




「俺は大丈夫…シャクは大丈夫か?」




「ウチは大丈夫よ〜。旦那の逞しい魔力で強化されるからもーまんたい」




 両手を頬にやりながら、薄らぐ紅くしつつくねくねと身体を艶かしくくねらせるシャク。


 うん、聞いた俺の心配を返せ。




『さぁ来まシタ!ついに決勝戦!!長くも短い武術大会、〝アーツカッチア〟も遂にクライマックス!御託はよしとして早速入場して頂きまショウ!初出場にして決勝まで来たダークホース!その五体で幾多の大物大会出場者を倒してきた、異世界人カナタのいるパーティ!スタナァアアアア…テラポォオオス!!!』




「──じゃ、ぶっ倒しに行くか!!」




──ッ!




 拳と拳がぶつかる音が響く。


 それに対して仲間は声を揃えた。




「「「おう!!」」」







『そして、対するのは前回準優勝を飾ったぶっちぎりの優勝候補、初代優勝パーティの一人、〝魔狼ヴァサーゴ〟の息子にして前大会優勝者、ヴァネッサ選手の弟でもある牙狼族の戦士長、ヴィレット選手が率いる牙狼族と鬼人族の実力派パーティ!狂狼鬼ィイイイイイ!!!』




──ッ!!




 闘技場に、観戦の爆発が広がり続ける。


 八人の選手を、風格を、雰囲気を見て、観客達の興奮は溢れ出た。


 かたや余り良くは思って居なかった異世界人を、初めて見るその三人を良くを思わない観客は、今はもう居ない。


 誰もがそう確信していた──この試合は…最高の試合になると。




「ここまで来たぜ、ヴィレット」




「ぐはははっ、良くぞここまで来た。嬉しいぞ、初めてした手合わせで組み伏せられてた男が、今、我と同じ土俵に再びいる。あの時は無かった力を持って!!」




「うるせぇよこの戦闘狂(バトルマニア)。手加減はしねぇぞ。全力で行く」




「…すこーしオイラには手加減を……」




「死にたいか?ヴェイール」




「いえッ!万全の力を持って戦わせて頂きやす!!」




『さぁさぁ、それでは始めさせて頂きまショウ!決勝はいつもと同じこのステージ!!ルールはパーティ戦!!準備は良イカー!?』




「無論だ…お前らァ!手ぇ抜くんじゃねぇぞ!!」




「「「了解!!」」」




「こっちも行くぜぇ…総員戦闘態勢!!」




「「「おう!!」」」




「スタナー・テラポス対狂狼鬼!試合──開始ッ!!」




──ッ!!




 同時に、両パーティが駆け出した、その時だった。




──オレ様達も混ぜてくれよ──




「「!?」」




 大気が軋む音がした。


 続いて現れるのは──身体に異形を生やした、無数の人々。


 闘技場のあちこちで……歓声が悲鳴へと変わった。




「オレ様達の──憂さ晴らしになぁ!!!」




──ォオオォオオオオ!!!




 闘技場に──悪魔達の群れが現れた。







「あはははははははッ!!おい待てよ!ちょっとこっちで俺と良い事しようぜ嬢ちゃん!!」




「やめろぉ!やめてくれぇ!!彼女に手を出さないでくれぇ!!」




「ぎゃああああああッ!!」




「あれ?変な方向に曲がっちゃった。へへへ、まだ力加減に慣れねぇな…」




「ほらほら!逃げて見なさいよ!!アタシから逃げられるならねぇ!!!」




「やめ…助けて……!!ウワァアアア脚がぁああああああ!!!」




 真っ黒な両手を背中に生やした長髪で筋肉質の男、ぶつぶつの、緑色の太い腕をした太った茶色い短髪の男、様々な武器を持った、黒髪を振り乱した細身の女。


 あちらこちらで突然現れた、その異形とでもいえる姿の者達は闘技場で好き勝手に悲鳴を貪った。


 そして、カナタとその他の選手がそれに対して拳を振るう。


 選手達、そして警備として配置されたギルド員が対応せど、数が多い。




「何を……してやがんだァアアアアアア!!!」




「よぉ、優男…久しぶりだなぁ!!おお、テメェの拳を止められる。こりゃあすげぇなぁ、悪魔の力ってのは…!」




「…てめぇは──あの時の奴隷商!!」




 拳を、蹴りを放ちながら、カナタは男の正体に気付いた。


 この男は……ルギくんの村を襲った奴隷商の男だと。




「どけカナタ!!魔眼解放!!」




「ヴィレットッ!?…っぐ!!」



──ォオオン!!




 魔眼を解放したヴィレットの雄叫びが響く。その刹那、凄まじい衝撃が奴隷商の男、ジャンへと襲う。




「……ッグ!!テメェが例の魔眼持ちか…!!」




「この匂い…覚えているぞ!大会中に各地で起こった事件は貴様だな!!」




「ああ?匂い?バレてんのか…流石犬だな…!まぁ、テメェは俺様じゃ相性が悪いんで…旦那に変わらせて貰うぜ!!」




「…ッ!?グゥ!!!」




 爪を振るう、ヴィレットとジャンの間に差し込むのは強烈な光。


 光から這い出てくる強烈な拳が、ヴィレットの身体を退けた。




「ほう…あの一撃を食らって倒れぬとは」




「鍛え方が違うんでな!貴様の匂いもあの場所にあったな…なるほど、この威力ならば病状のタナのジジイではひとたまりも無いわけだ」




 光を纏う拳、特徴的な褐色の肌、スキンヘッドに顎髭を生やした男、その人物もカナタは知っていた。




「お前は…アブドル!!」




「久しぶりだな…カナタよ。悪いが──」




「ぐあああああッ!!」




 突如、こちらへ吹き飛ばされてくる、異形の身体をした者達の身体。


 その場に現れたのは二人の獣人──国王、ハウィと、ギルドマスター、ファウストだった。




「俺達が居ると知っていて、良くもまぁこんな大胆な事をして来やがったな…ジャン・ヴァジート」




「完全には間に合わなかったが、ヴィレットのおかげで事体の収集は着き始めている」




 ハウィがくい、と親指を後ろにやると、そこにはラデンさんが率いる兵士達、イネアが指揮するギルド員により、数多の異形の者達は鎮静しつつあった。


 彼らだけでは無い、敗退した出場者、特別席にいた各国の重役であるアンヴィや、ハクロ、更にはバルムやその従業員のラン、ノン、タマなども観客の防衛に回っていたからだ。


 すると、遠くからパチパチと、拍手をする音が響いて来る。


 まるでお見事、とでもいうようなその音を鳴らしながら一人の、上半身から指先にかけてびっしりと黒い様々な刺青(タトゥー)を入れた、紫のベストを羽織ったイカつい格好をした男が。




「んーんー、流石に強いねぇ…だがお陰で良いデータは取れたぜ…ひはははッ」




「…アンタは…喫煙所を探していた…!」




「よぉ、またあったな優しい人。いやぁお陰で助かったぜぇ…?全く綺麗な国だ…だからこそ変な事をしなければ容易く入れる──ッとぉ!!」




 刹那、刺青(タトゥー)の男の元に、稲妻が落ちた──いや、違う。人だ。




「ッチ…避けられたか…テメェだな、闘技場に張ってある結界を解除したのは」




「ご名答だ。英雄、〝稲妻のバルロ〟さんよぉ…確かに強いねぇ…昔に〝姉〟が大層お世話になったみたいで…ひははッ」




「姉…だと…?知らねぇな…お前なんざ初めて見た。次空間魔法を使う奴なんてそう多くは無い、魔力の痕跡からお前が異世界人を集めていたのは分かっている…これ以上人々を、仲間を殺されてたまるか…捉えさせてもらうぞ…!」




 腰を折り、上品に右手を払いながら会釈をして、男は短く笑った。


 それに対してまるで分からないバルロは眉を(ひそ)めながら、身体を構えた。


 しかし、男は大きく、笑い飛ばした。




「ひはははははははッ!!そりゃそうだ!!オレは聖戦じゃ、アンタには会ったことはねぇからな!!おい、ジャン!撤収だ!暴れたりねぇだろうが死にたくねぇなら従えよ!?女を(なぶ)り殺すのはまた別の場所でな!!」




「…足りねぇが仕方ねぇ。自身の力はコイツの拳を軽く止めれたってだけ分かれば良い。アンタにゃこの悪魔の力をくれた礼もあるしなァ…」




「逃すと思うのか?このメンツに囲まれたお前達が?」




 バルロの言葉に、試合をしようとしていた全員を含めた実力者が戦闘態勢を取った。


 だが、ギラリと口元を吊り上げた凶悪な笑みを浮かべたまま、男は背後に左手を向けた。


 虚空が裂け、気持ちの悪くドス黒い、闇の内蔵が顔を出す。


 続いて、同様の次元の裂け目を目の前へと繰り出した。




「逃げれるさ── DP.1、出番だ。全員殺して構わねぇ、お前の力を見せろ」




「──ッ全員防御しろ!!」




──ッ!!




 闇から飛び出すのは、大気を割らんばかりの轟音と、眩い光。


 バルロの言葉に防御の構えを取っていたカナタには、気付けば焼けるような痛みが腹部へと走っていた。


 刹那の瞬間を写したカナタの目の前には──機械の両脚を持った、禍々しい仮面を被ったぴっちりとした黒いスーツの女性。


 構えていた、全員が、その女性によって一瞬にして攻撃を食らっていた。


 動けるのもやっとの──身体を貫くような雷撃に犯されて。




「──ッ!…馬鹿な…俺が見るのがやっとだと…!!バルロの言葉が無ければ皆は…!!」




「…この力…!どうなっている…まるで古代聖霊並みの魔力だぞ…!!」




「──ッこの力…まさか…!!」




「ひははッ!流石、聖戦経験者。様々な細胞、血液で強化し、悪魔の力で無理矢理制御した生体合成兵器(バイオキメラウェポン)を耐えるとはなァ!!良かったなぁハカセ!こりゃあすげぇ力だ!!」




 雷撃を伴う、凄まじい瞬足の一撃を食らい、身体の自由を奪われた他の皆と違ってバルロ、ハウィ、ファウストは弱々しくも立ち上がる。


 続いて、ヴィレットと、カナタも。




「…ッぶふ…我が…地を這うだと…!!…なるものかァ!!」




「…俺も…まだやれるぜ…こんな痺れはすぐ治してやらぁ……!!」




「ほぉ?良いねぇお前ら…タフだ。もう少し遊んでやりてぇが…やる事があるんでなぁ──なぁボス」




──データは取れただろう。お前も撤収しろ、レナード。




 虚空に、〝あの声〟が響く。鬼人族の村で聞いた、底冷えするような男か女か分からない、二重音声。


 先ほどとは違う、次元からするりと這い出て来たその人物を見て、刺青(タトゥー)の男、レナードはやれやれと口を開いた。




「ああ、そうさせて貰う。じゃあなァ──」




「逃すか!!炎雷流武術えんらいりゅうぶじゅつ素戔嗚尊(すさのお)!!」




「──バルロさんッ!!」




 サキシマが試合で見せた建御雷(たけみかづち)とは比べ物にならない、稲妻どころか、その場に雷が現れる。


 走る稲妻、バルロの蹴りがレナードに、ボスに向かう刹那。


 DP.1と呼ばれた女性が彼らを庇った。


 衝撃に仮面が──割れた。




「──ッ!!馬鹿な…ッ!この顔は──!!」




「……」




「流石に速いな。流石、炎雷とアルフの弟子。だが、──隙を見せたな」




「しまっ──」




「さらばだ。英雄」




 女性の仮面が割れ、その姿に固まるバルロにボスの掌底がバルロを捕らえた。


 飛ばされた延長線にいるのは、ヴィレットとカナタの二人。




「──ッぐぅ!!狙ったな!」




「──バルロさん!しっかり!どうして攻撃を止めて…!!」




「この国にももう用はない。行くぞレナード」




「ひはははッ、そうだなァボス──ああ、そうだ。〝面白そうなガキ〟も土産に出来たしなぁ……それじゃあな、英雄の諸君、ひははははははははッ!!」




 次元が再び開く。もう、大会の活気は無い。


 敵の居なくなった彼等に、声が飛ぶ。




「父上!ご無事ですか!!」




「イネア…私は大丈夫だ…皆を…!」




「酷い火傷だ…!ギルドマスター、カナタ、報告しなければならない事が…」




「なんだイネア…ぐッ…ラデンは…ラデンはどうした…」




「どうしたよイネア…、ルギくんは、シラタマは無事か?」




「……ラデンさんが──亡くなられました……ルギくん、シラタマを守って…!!」




「……ッ!?ラデンが…ッ!!」




「そして──ルギくんが…奴等に連れて行かれました…すまないカナタ……間に合わなかった…!!」




 その苦しそうなイネアの言葉に、カナタの思考が白く染まった。


 虚空に──カナタの慟哭が響いた。




「──ッ!!クソっタレがァアアアアアアアア!!!」







「ここは……どこ…?兄ちゃん…?シラタマ?」




「よぉ…ぼうず、お前も連れて来られたかい。イカれた科学者の場所に」




 じゃらり。


 冷たい石畳の上に、ルギと同じく鎖で繋がれた、大男が声をかけた。


 血まみれでボロボロの身体はまるで実験体。


 男は続けた。




「ここはとある組織の古い研究所…いや、〝化け物〟へ変える為の実験場、諦めな。もう数ヶ月助けは来ていない」




 冷たい牢屋の中で、冷たい現実が、ルギの思考を覆った。




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