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ヘタレの努力家  作者: りばーしゃ
第3章 武術大会〝アーツカッチア〟
211/213

狂狼のヴィレット




「ぬぇああああああああああッ!!」




「おぉおおおおおおおおおおッ!!」




 足場も無い空中、寒空の下で、二人の獣人の雄叫びと、重々しい金属のぶつかり合うような音が幾つも鳴り響く。


 金属をも容易くひしゃげる身体を持つ牙狼族の戦士長、ヴィレット、それに対するは五体を能力によって金属に変えた猿人族の僧兵、シュエンだ。


 カナタが砲弾という足場を使って行っていた空中戦を、二人は何も無い空中にて激しくぶつかり合う。




「ぐはははッ!貴様も我が空脚(くうきゃく)をマスターしたか!良いぞもっとだ!!もっと我を楽しませろ!!」




「もちろんだとも狂狼の!権少僧正(ごんのしょうじょう)白首(はくしゅ)怪猿(かいざる)シュエン!こちらも遠慮なく行かせて貰う!!こんなに楽しい戦闘なぞ久しくない故に!!陰陽化怪流(いんようけがいりゅう)──」




 空中を〝踏み締め〟、シュエンはその右の剛腕を変化させる──輝かしい宝石に。




「ぐはははッ!風雅暗殺術(ふうがあんさつじゅつ)──」




 同じく空中を〝踏み締め〟たヴィレットの右腕に、夥しい程の風が、いや、〝竜巻〟が纏わりつく。


 そして両者は同時に拳を繰り出した。




猿岩金剛撃(えんがんこんごうげき)!!」




削龍(さくりゅう)息吹(いぶき)!!」




 宙に、光が弾けた。


 続いて瞬くのは青い火球を追う、稲妻を(まと)う刃の煌めき。


 両脚に狐火と呼ばれる青い炎を灯しながら宙を舞うトウカ放つ青い火球を、容易く斬り裂くのは持ち手の長い、片刃の獲物を持つ鬼人族の女性、ナギナ。




「ほらほらほら!待ちなよ狐のお姉さん!!女子会するんでしょう!?もっと近くにおいでよ!!」




「軽めとはいえ(わらわ)の狐火を容易く斬り裂いておいて良く言うわ。精神系の能力者でこの地力は流石鬼人族と言った所かの…ならば答えよう──収束、五尾(ごび)(ほむら)




「──ッ!?」




 逃げるのをやめたトウカがはだけた、大きな胸元の谷間…もとい、武器収納の護符から取り出したのは──鉄扇(てっせん)


 それに走るのは鮮やかな蒼炎。鉄扇に炎が灯った。




──ッ!!




 宙に青い閃光が駆けた。その鋭い一撃をナギナは武器を真横に、間一髪防いで歯を食いしばる。




「──残念じゃが近距離は不得意ではなくてのぅ…… 権少僧正(ごんのしょうじょう)六尾(ろくび)の妖狐トウカ、しかとお相手しよう…!」




「──ッ!良いねぇ!そんじゃあ楽しもうじゃないの!!」







 激しくぶつかり合う戦闘狂二人と、胸元から武器を取り出すトウカさんの行動に会場の野郎どもの雄叫びが聞こえた。


 明らかに違うその二種の雄叫びに「おめぇら…」とため息を(こぼ)しつつ、改めてトウカさんの技量に舌を巻く。




「トウカさんも近距離いけるんか。まぁこっちにも近距離得意なアホいるし何も不思議じゃねぇか。むぐむぐ」




「デンイ兄ちゃんも近距離行けるし些細な事だよ兄ちゃん。むぐむぐ」




「肉うめ〜。むぐむぐ」




 串肉を片手に試合を観戦する俺とルギくんとシャク。


 揚げたてのカツのようなザクザクの外側の肉、吹き出すような旨味に溢れた内側の肉。口に広がる香辛料と肉汁のハーモニーがたまりません。


 他の奴らは別の場所で観戦ちう。全員集まったら他の客の迷惑になっちまうからな。




「ふにゅ!…にゅ、ふにゅにゅ」




「シラタマ様、こちらをどうぞ……」




「ふにゅ〜♪」




 そんなヘビーベアーの串肉を完食してしまったシラタマに、多種多様の人物から畏まったように献上される様々な食べ物の数々。


 綺麗に一列に整備され、ずらりと並ぶ人々の面々はまるでファンの握手会。



「おぅシラタマ、貢ぎ物されすぎだろ。お前どんだけ人気者なんだ」




「仕方ないよ兄ちゃん、シラタマの身体、もっにもにのふわふわだもん。むぐむぐ」




「仕方ないかー。むぐむぐ」




「ルギ坊、旦那、知ってるか。アンタらにもファンが居て遠くからチラチラ見てる人達が居るからな。むぐむぐ。準決勝まで勝ち進んでる奴を興味無い人は居ないと思う。むぐむぐ」




「知ってる。しかしいちいち気にしてたらメシも食えん。あっちからなんか言って来ても今はそんな暇は無い。むぐむぐ。ほれ、お前ももっと食え、デザートにフルーツもあるぞ」




「わぁい、ウチ気にしない事にする〜」




 差し出す肉と同じく串に刺さったフルーツを取り出すと二つ返事でそれを口にする。


 ちょろい。この付喪神(つくもがみ)ちょろい。


 さて、残る二組はどう出るか……しかし、肉が美味い。







「ぜぇああああああああッッ!!」




 白い布の妖怪に乗り、宙を飛ぶデンイを、迫り上がる地面に飛び移りながらガオノの戦斧が襲う。


 錫杖にて巧みに防いでいるものの、激しく、多面に攻撃をしてくるガオノに攻める事が出来なくなっていた。


 舌打ちをしてデンイは別の妖怪を新たに召喚する。




「──ッチィ!!流石にこの速さはきちぃな──現界、輪入道(わにゅうどう)!!」




──代わりな、木綿の。ワシがやろう。




──すまねぇオジキ、頼んます…!




 しゃあん。


 デンイが錫杖を鳴らすと、その場に現れたのは轟々と燃えた大きな一輪の車輪。


 一つ違うのはその車輪には毛むくじゃらの男の顔が着いているという事だ。


 更にデンイは一反木綿を虚空に帰すと同時に言葉を空中で続ける。




「輪入道!〝車輪借りるぞ!!陰陽化怪流(いんようけがいりゅう)憑依装備(ひょういそうび)!!





──振り落とされるんじゃねぇぞ小僧!!




「──ッ!?車輪だけが奴に…ッ!!」




 刹那、輪入道の顔だけが消え失せ、代わりにデンイの身体が中身に入れ替わる。


 己が身に装備された、燃え盛る業火の歯車は、猛り狂うように速さを増して回転。


 今、デンイの身体が宙を──走った。


 身体に乗り移りし餓鬼の力が、錫杖を容易く回し、宙に炎と金の線を描く。




「燃え狂え、地獄の輪よ。雄叫びを上げろ、我に憑依し飢えた鬼よ。大僧都(だいそうづ)怪界(かいかい)渡しのデンイ。其方(そちら)が来るなら迎え討とう──!!」




「面白い!ワシの戦斧の錆にしてくれる!!」




──地獄の輪と、大地が激突した。




 一方で、氷上を走るのは黄色い閃光と青と緑の(おぼろ)げな影。


 狸の獣人はその多さと、速さに顔を歪めた。




「──えぇい、陰陽化怪流(いんようけがいりゅう)幻視(げんし)(かいな)!!」




 目の前に広がる青と緑の影達を、ソウコの背中から生み出す光る無数の腕が叩き潰す。


 影が消え、その場に現れるのは牙狼族の戦士であり衛生兵、ヴェイール。




「──捉えたぞ!このまま抑え込んでくれるわ!」




「──!?」




 ぶわり、と光の腕が広がり、多方面からヴェイールを取り囲む。


──しかし。




「──風雅暗殺術(ふうがあんさつじゅつ)




「──ッ!?」




 ふ、とヴェイールの姿が掻き消えた。


 そして背後に来る気配に、ソウコは半身で防御の構えを取る。


 死角から現れたヴェイールの凶爪が、ソウコの背後に襲い掛かった。




「──空風(からかぜ)の爪!!」




「──ぬぅうう!閃光衝(せんこうしょう)!!」




「──ッく!!」




 空気が爆ぜた。ヴェイールの爪に触れるのはソウコの肉体では無く、光の盾。


 受け止めたソウコはその盾を弾にし迎撃するが、ヴェイールの鼻先を掠めて避けられた。




「──縮地(しゅくち)に分身まで使うか…!」




「いちちち、鼻吹き飛ぶ所だった…!捉えたと思ったんすけどねぇ…!!」




「流石に背後はバレバレじゃ…そして複合属性による治療魔法まで使うか…!…流石ヴィレットの奴が連れて来た男よ、これなら拙僧も退屈せずにすみそうじゃわい!小僧正(しょうそうじょう)仏魔(ぶつま)妖狸(ようり)ソウコ、参る!」




「──オイラも負ける訳にはいかねぇんでね!全力で行かせてもらう!!」




──ッ!




 ソウコは光の腕を数多に生やし、ヴェイールは氷上を這うように構えると、その場に無数の分身を自身から生み出した。


 光の手はソウコの意志により様々な形に代わり、ヴェイールの生み出した分身は両手に風の刃を纏う。




「──陰陽化怪流(いんようけがいりゅう)




「──風雅暗殺術(ふうがあんさつじゅつ)




 互いの足下の氷に亀裂が走る。


 それを合図に、二人は技を繰り出す。




百迦魎乱(ひゃっかりょうらん)!!」




太刀風(たちかぜ)東風(こち)!!」




 光の仏の百手と、無数の鋭く冷たい風が──氷上を割った。







 己が身に染みるその重い拳を、蹴りを受け、血が流れようと、牙狼族の男は楽しそうに笑った。


 同じく、自身の赤い体毛を更に濃く血で彩った猿人の僧兵も笑う。


 相手の力が──己よりも上だという事に!




「ぐはははッ!楽しいなぁシュエンよ!!退屈であったろう!我と同じように!このような肉と肉がぶつかる、闘争という試合は無かった!!」




「ああそうとも!こんな楽しさを得られるからこそ戦いは良い!組み手ですら我を満足させるのはカナタのみであった!!」




 そのシュエンの言葉に、ヴィレットの眉がぴくりと一瞬動く。


 だが、戦いに興奮しているシュエンにそれは分かる事は無かった。




「そして前大会ではなし得なかった、お前と戦う事も今回で成った!このまま(それがし)の勝利としてカナタと決勝で相見(あいまみ)えようぞ!!」




「……ぐははははははッ!!言うでは無いかシュエン!!カナタと戦うのは我よ!!──封印、解除」




 ヴィレットが──〝左眼の眼帯〟を外した。それと共にとてつもない重い雰囲気がずん、と周りの景色を叩いた。




「我が何故、狂狼と呼ばれるのかを、今ここに示そう。打ち震えろ──凶爪(きょうそう)の魔眼!!」




──ゥオオオオオオオォン!!




 狂狼が、目を覚ました。




カナタ


「うおぉおおおおおおおお!!」




シラタマ


「ふにゅうううううううう!!」




ルギ


「うぉおおおおおおおおお!!」




ピピ


『おおットォ!!会場は大会一の盛り上がりダァアアアアアア!!』

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