臆病者
しばらくは戦闘シーンが続きますがご了承下さい。
「おらぁ!!」
「うおっ!?」
アイゼンが腕を板挟みに、開いた左手で叩き潰そうとしたがそれは容易く避けられる。
腕と掌が打ち付けられる、乾いた音がその場に虚しく響いた。
「チィッ!流石にこうされると分かってりゃかわされらぁな!」
「蠅叩きかよおっかねぇ」
ぺちん、と容易く潰される小蝿のようになってはたまらんな、とカナタは思いながら冷や汗を一つ流した。
もちろんそれをして本人にダメージがあるわけでも無く、アイゼンは平然とした顔をしている。
「またッ…あいつなんつー動きしやがる…!身体をよじって勢いを受け流しやがった!!」
まるで空中で舞う羽──そんな事を思いながらゼーベックはカナタの動きに声を上げた。
するとそれを付け足すようにロスが口を開く。
「カナタが最初に教えられたのは身体の使い方、そして魔力の伝え方らしい」
「はぁ?なんだそりゃあ?そんなの基本中の基本じゃねぇか?」
幼少然り、学生然り。
生きとし生ける全てが全てが通る……基本。
当たり前の事を付け加えられたゼーベックはロスを小馬鹿にするように言った。
そんなゼーベックにルギが一つの質問をする。
「ゼーベック兄ちゃん身体強化どのくらい持つの?」
「ああ?オレか?聞いて驚くなよ…?オレは〝三分〟だ!!どーだすげぇだろ!?」
ルギの質問に鼻高々にそうゼーベックは答えた。
自分の能力と同じくらい得意とするその答え。
全身に力を込めながら、全力で動くにも等しい体力と魔力を消費する〝強化魔法〟の一つに値する身体強化。
その単純かつ、分かりやすく体力、魔力を使う事からこの世界での学校では幼年から、または親に必ず教えられるが……大体の所、そんな基礎をいつまでもやる筈も無く、身体と魔力が慣れた頃には次へと移る。
大体の人々が一分持てば良い方だろう、それを三分持たせるゼーベックは大したものだが……
「なーんだ、兄ちゃんの〝十分の一〟か」
「そうだとも十分の──は……?…つまり……〝三十分〟だと!?」
「カナタは異世界人。その不安感から〝今でも身体強化を使った修行〟をやっていると言っていた。それで得たのがあの空中でも崩れる事無く動く〝体幹〟と、それを見る〝視力〟だ」
「──ッ……いやいや。オレも大概だが馬鹿すぎんだろ……!!なんて──」
ロスの説明にゼーベックは息を飲んだ。
基礎中の基礎とはいえ、あの使っていると〝全身から全ての体力と魔力が燃やされる喪失感〟と相まって得られる〝視力の強化による凄まじい情報量〟を……三十分。
大抵の子ども…いや、大人さえ嫌でさっさと次へ移るような……そんな物。
それがどれだけ辛く、凄まじく、過酷な物なのか……普通の魔法が苦手故に身体強化が得意になったゼーベックは良く知ってる。
なんて──臆病者の努力家なんだ。
出しかけたその言葉をゼーベックは飲み込む。
自分が言ってはいけない言う権利は無い──自分はそこまで不安に──臆病に──忍耐強く無いからと分かっているからだ。
「なんでまだやってるのってオレが聞いた時、兄ちゃん言ってたよ。〝怖ぇんだよ。持ってる力で大事なモノを守れない日が来るのが〟だって。オレも頑張らないと…!」
「……なぁダグ」
「言わなくて良いだよゼーベック。オラもそんなカナタが凄いと思うしパーティに入ってくれて良かったと思ってるだ。オラ達も頑張るだよ」
ぽそりと零したゼーベックの方を向く事無く、ダグはステージ上を見ながら答えた。
変わらず、穏やかな表情で。
「そろそろこっちも行かせてもらうぜ…ッ!!」
身体を前に倒したカナタの姿がぶれる──いや、入られた──ッ!
「早──」
アイゼンが目線を下に移すとそこにはガラ空きの腹部に入り身で背中をこちらへ押し当てようとしているカナタの姿が。
受けは間に合わない──なら能力で──
「だぁあああああああ!!」
──背撃──!!
「ぬぅああああああッッ!!」
「アイゼンの身体が…!!」
「浮いただとぉッ!?」
重々しい音が爆ぜるが如く、カナタの背中をめいいっぱい使った一撃がアイゼンの腹筋を叩き付けた。
その光景に一番驚いていたのはアイゼンのパーティの仲間達だった。
もちろんそれを見ていた周りのパーティも同じ、動揺が波のように広がって行く。
「おいおい、見てみろよ。アイツ、巨人族に位置するキュクロプスを浮かしやがったぜ!?」
「何処の誰だ?これだから大会は面白ぇ!今年も盛り上がりそうだ!!」
「おい、アレがギルドで噂になってた異世界人のカナタって奴じゃねぇか?」
「ひょー!たまんねぇなぁ!!おらいけー!!巨人族、エルフに負けんなよぉ!!」
広がるその動揺は歓声となり、人々の視線はカナタのいるそのステージへと向く。
もう一つステージはあるというのに、その動揺は視線をそこへ集めた。
もちろん──既に予選を突破して様子見に来た強者達の視線も──
「流石に吹き飛びはしねぇか!!──い゛ッ!?」
そんな事は梅雨知らず、カナタはアイゼンの重さに感嘆の声を上げた。
そして──自分を狙う水弾の礫が視線に入った事も。
「私を忘れてもらっては困る──なぁ!!」
「ぐっ──!?まだま──やっべ!!」
──ッ!!
弾ける頭ほどの水球、己が身に拡散される水。
避ける事は叶わず、ハルディンの水弾を左腕の小手で防いだは良いが背後には──アイゼンも居る──!!
「良い一撃だカナタァ!お返しだぁ!!!〝鉄塊落とし〟ィィ!!」
確かに当たったカナタの一撃はそこまでのダメージにはならず、浮いた事を利用して組んだ両手の叩き落としをアイゼンが放っていた。
能力で文字通り巨大な鉄塊となった、両手の一撃が唸りを上げ、カナタの背後から頭上目掛けて襲いかかる。
(やべぇ──が、〝頭上〟での組み手は散々〝アイツ〟とやったんだよ──ッ!!)
瞬時に意識を切り替え、カナタは〝アイツ〟との組み手を思い出しては薄く笑みを浮かべた。
そして師の言葉を思い出す。
──カナタ殿。武術の経験が無いお主にはあって他の者には無いモノがある──
──はぁ…はぁ…俺にはあって他には無いモノ…?──
──〝怖れる心〟だ。野生において一番大事なモノはその臆病な心がもっとも重要、生きる為に重要だ──
──〝怖れる…心〟──
──魔法も、武術も、争いも経験した事が無いお主にしかその臆病さは無い。あやつらは笑っていたが私は笑わぬ──
──ヴァサーゴさん──
──続けるが良い、身体強化を。観るが良い、力の流れを。〝観て、動かす〟。お主にはそれが出来る筈だ。その優しい心は〝弱さ〟にもなるが、〝強さ〟にもなる。さすれば──
「おおぉおおおおお!!!」
────ッ!!!
鈍く──それなのに柔らかな音が響く。
両腕を交差させながら、カナタはその一撃を迎え入れた。
決して流れを逆らわず、しかしそれに自分の力を加えて。
「馬鹿なッ!?受け止め──!?」
その瞬間、自分の勢いが吸われるような違和感が、アイゼンの身体を襲った。
ふと、目をカナタに向けると、あった筈の小手が消えている。
沈むように、そして身体を右へと拗らせ、勢いを得たカナタの左腕から、〝何かが〟高速で射出された。
「行けぇ──シャク!!!!」
「がってんしょうちぃイイイイイイイイ!!!」
射出されたのは──拳程の分銅となったシャク。
それは凄まじい勢いで離れて狙っていたハルディンを捉えた。
「!?『水よ!!風よ!!石よ!!盾となれ!!!』」
だが黙っているハルディンでは無い。
素早く済まされたその魔法はハルディンの前に、二重、三重の盾を作り出す。
──しかし。
───ッ──ッ─ッ!!!
「──止まらない─ッッぐああッ!!!!」
立て続けに起こる三度の破壊音。
そしてそれはハルディンの両腕を持ってしても止める事が出来ず、その身体は背後に吹き飛ばされた。
ハルディンの身体がステージの見えない壁に叩きつけられ、力なく身体を地に伏せる。
「「ハルディンッ!!」」
仲間の声が飛ぶがそれに反応は無い。
審判が確認を取り、やがては医療班を呼んだ。
──ハルディン、戦闘不能。
再び、カナタの脳内に師であるヴァサーゴの声が過よぎる。
──さすればカナタ、お主は守りたい者が守れる強さを得られるだろう──
「ご苦労、シャク」
「あひーーん。へっへ、旦那ぁ…とりあえず──」
ぎゅん、と分銅を勢いよく手繰り寄せられ、カナタの元に帰って来たシャクはぽわりと目の前に現れて悪戯に笑みを浮かべた。
そしてそれを労うカナタと声を揃えてこう口にした。
「「──まず一人!」」
ゼーベック
「チッ。もっとぶちのめせよ。イケメンは死すべし」
ロス
「ゼーベック…お前って奴は……」
ダグ
「良いだがルギくん。あんな大人になっちゃあいけねぇだよ?」
ルギ
「はーい」




