第82話【国王の希望】★
度重なるドラゴンの襲撃で【謁見の間】はすっかり風通しがよくなった。
おかげで冷たい夜風が身を凍えさせる。
自室も似たような状態で、逐一ドラゴンの情報が欲しい今となっては、国王に籠るという選択肢はなかった。
国王は玉座に座りながら報告を待つ。
その間、万が一の事態のために引っ張り出した護身用のロングブレードを手にし、それを眺める。
決して前線に出て暴れる身分ではないが、最悪の事態は常に想定しておくべきだと、フォレッドから教わっている。
自分の身は自分で守らねばならないタイミングがあるかもしれない。
「国王さま!」
聞こえてきたのは大臣の声。
視線を上げれば大臣とガイス隊長が揃ってこちらにやってきていた。
「偵察に出ていた騎馬隊がみな戻ってきました」
待ちに待った情報だ。
やっと来たか。
「全員無事か?」
ガイス隊長に聞くと、彼は頷く。
「はい。問題ありません。ただ……」
「なんだ?」
「報告なのですが、どの部隊も口を揃えて『気味が悪いほど静か』だと言っています。国の周辺にはおろか、奥地にもドラゴンの姿はないとのことです」
「アークルム方面の超大型ドラゴンはどうした?」
これはガイス隊長の部隊に任せていたものだが。
「そいつも……姿を眩ましていました」
当のガイス隊長が険しい顔つきで答えた。
「どういう事だ? ここへは攻めず、自分の巣に戻ったとでも言うのか?」
アークルムを食いつくしたら、そのままこちらに攻めてくると国王は思っていた。
だから鉱山への避難を明日の昼に指示したわけだが、これはどうしたことか。
「わかりませんが、我々の知らない奥地のさらに奥へ下がっている可能性があります」
「そうか……」
「いやぁ~、ひとまず安心でしょうか」
まるで状況がわかっていない大臣が、そんな寝ぼけたことを言ってきた。
「バカを言うな」
「は?」
「相手の動きがまるで見えんのだぞ。どこで気が休まる」
どこで何をしているか。
こちらにまっすぐ向かって来ているのか。
それが見えた方がよっぽど気が楽だ。
大臣は自分の失言を反省するようにすぐ「も、申し訳ありません」と返してきた。
「よい。……大臣はドラゴンのこの動きをどう思う?」
「え……ぁ、いえ、わたくしめには……」
「ガイス隊長は?」
「ハッ。総攻撃の準備かもしれません。いったん下がって、戦力をまとめている可能性があります。あのディザスタードラゴンがいる以上、それだけの組織的な動きが可能なはずです」
「うむ。私もそう思う。最悪の場合、例の作戦を使わねばならないかもしれんな」
「例の作戦?」
中身を知らぬガイス隊長が怪訝な顔をする。
よい。
この男はまだ若い。
それにアークルム出身とはいえ、今はずいぶんと良い眼をしている。
強くなれる騎士の眼だ。
ここで犠牲になるには、あまりにも惜しい男だろう。
「あの、それよりも鉱山への避難を早めた方が賢明ではないですか?」
大臣が口を挟んできた。
空気を読まん男だが、今の場合は助かる。
例の作戦をガイス隊長に問われるのは避けたい。
「わかっている。大臣。次の偵察部隊は?」
「出撃待機中です」
「ならば偵察範囲はそのまま。同じように回らせろ。ドラゴンが一匹でも現れたらすぐに連絡に戻るよう伝えておけ」
「はっ」
「少しでもドラゴン側に動きがあれば避難を強行する」
「了解しました」
大臣は早足で【謁見の間】を去ろうとした。
しかしあることを思い出し、国王は大臣の背に問う。
「待て大臣。【魔法大砲】の件はどうなっている?」
「あ、はい。『アークルム』から譲渡された設計図とサンプル本体を参考に強化を計っていますが、ミスリルでは限界があるようです」
『アークルム王国』から譲渡された設計図と本体。
構造を理解して、見直し検討すれば強化の1つでも出来るかと思っていたのだが、甘かった。
「やはりオリハルコンが必要か……」
希少鉱石で名高いオリハルコン。
ミスリルを越える良質な鉱石だ。
「そのようです。今のミスリルではこれ以上の威力は出せないそうです。どうにも砲身が持たないとか」
「オリハルコンなら『アークルム』にほんの少しだけあったはずです」
ガイス隊長が言うと、国王は首を振る。
「いや、ここ『エルガンディ』にもあるにはあるんだ」
少量だがある。
だが。
「まさか……」
察したらしいガイス隊長が言う。
どうやらアークルムにもいなかったようだ。
「うむ。オリハルコンを加工できる錬金術師がおらんのだ」
錬金術師には魔力という概念がある。
その魔力が高ければ高いほど、良質な鉱石を加工錬金できる。
しかしオリハルコンの錬金ができる魔力を有した錬金術師は今のところいない。
そして国王自身も、そんな錬金術師を見たことがないのだ。
「『アークルム』と同じですね。しかし、あの鉱石を加工できる錬金術師など存在するのでしょうか?」
「過去に1人だけいたらしい。100年も前らしいがな」
「たった1人、ですか?」
「うむ。100年に1人産まれるか産まれないかだったらしい。それだけ希少だったそうだ」
不思議なことに、これを異端と罵る人間はいない。
「オリハルコン自体も希少なのに、まさか錬金術師まで希少とは」
愕然とした様子のガイス隊長だが、仕方がなかった。
いないものはいないのだ。
「こればかりは仕方ない。無い物ねだりしても話が進まん。魔法大砲に関してはリミッターを外して1発使うという前提にしよう」
設計図に書かれていたリミッターは、外せば威力を底上げできると記されていた。
しかし。
「よろしいのですか? リミッターを外して撃てば、1発で魔法大砲は使い物にならなくなりますが」
これだ。
あまりの威力に砲身がもたないらしい。
だからオリハルコンがという話になる。
「ダメージにならんものを数撃っても仕方なかろう? 強化できん以上はそうするしかない」
「はっ」
たった1発で超大型ドラゴンを討てるとは思えない。
それでも大打撃にはなるはずだ。
万が一にも攻めてきたら、このリミッター解除した魔法大砲こそが切り札になるだろう。
……オリハルコンさえあれば、全てが上手く回るのに。
『エルガンディ王国』の錬金術を覚醒させた女性はみな魔力検査されている。
そのどれもがミスリル止まりで、オリハルコンを錬金できない。
望みはないのだが、1人だけ……まだ魔力検査をしていない錬金術師がいる。
リーネ・マクシアだ。
S級騎士『緑騎士』ローエ・マクシアの妹であり、錬金術を覚醒させた女性でもある。
あまりの病弱ゆえに魔力検査は保留にされていたが、もし彼女にオリハルコンを錬金できるほどの魔力があるならば、事態は変わってくる。
魔法大砲の強化。
そして何より【ドラゴンキラー隊】の装備の強化がおこなえる。
ミスリル装備から、オリハルコン装備に一新できる。
そうなれば、人類はまだ戦えるはずだ。
避難を終えた後で、リーネ・マクシアの魔力検査をおこなう価値はあるだろう。
人類の反撃のために。




