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第80話【騎士の歴史】

「お前が……ゼクード・フォルスか」


 カティアさんのお父様は静かに俺の名を呼んで、その鋭い眼光に黒騎士の姿を映してきた。


 ただ者ではない風格はもちろんだが、装備の全てが俺と同じミスリル製であることにもようやく気づく。


 この人、騎士としての技量もかなり高そうだ。


「あ、どうもです。えっと……」


「クロイツァーだ」


 クロイツァー!

 

 聞いたことがあった。

 過去の騎士で、父フォレッドに次ぐナンバー2の実力者だったはず。

 今はもう現役を引退しているはずだが。


 そんなことを思っていると、クロイツァーは倒れた黒フードの男の元へと歩いていく。

 何をする気だろうと目で追えば、クロイツァーは双剣の片割れを抜刀し、男の心臓に容赦なく突き立てた。


 ドスッ


「な、なにを……!?」


「騒ぐな。領地の女が数名こいつの被害に()っている」


「!」


「その内の数名が自決した」


 自決!?

 自ら命を絶ったのか!?


「そんな……」


「こんな目に遭えば仕方もない」


 そう言いながらクロイツァーは男の心臓から剣を引き抜く。

 刃からは赤い血が(したた)った。


「女にしか分からん恐怖だ」


「え?」


外道(げどう)の子を(はら)むかもしれんのだぞ。男のお前に想像できるか?」


「それは……」


 できない。

 でも、ゾッとする。

 

 襲われた女性たちはドラゴンの被害に遭ったばかりで心身ともに傷ついていたはず。

 そんな弱っていた矢先、こんな男から性的暴行を受けた彼女たちの心情はどれほどのものだったのだろうか。


 自ら命を絶つ気持ちは、男の俺でもわかる気がする。

 少なくとも正気ではいられない。


「これ以上女どもに被害が及ばぬよう、ここで殺しておくのが賢明だろう」


「……そう、ですね」


 否定する気にはなれなかった。

 これから窮屈な避難生活が始まる。

 その中にこんな無法者を紛れ込ませるわけにはいかないから。


 クロイツァーはトドメと言わんばかりに男の眉間に剣を突き刺した。

 人間が人間を殺す場面は、さすがの俺も見慣れていない。

 目を閉じそうになったが、男に同情する余地がまったくなったおかげで見るに耐えることはできた。


「少し街の見回りをする。お前も付き合え」


「あ、はい」



 街をクロイツァーと共に見回って数分経ち、一息入れるために城壁上にある胸壁に来ていた。


 星の綺麗な夜空。

 そして一望できる王国の外。

 広がる草原からは虫やフクロウの鳴き声や聴こえてくる。


「お前の活躍は最近よく耳にしている。さすがはあのフォレッドの息子だな」


 まさかこんな厳格そうな人から褒められるとは思わなかった。

 失礼ながら、人を褒めるような男には見えなかったのだ。


「ありがとうございます。ですが三体目の赤いS級ドラゴンには苦戦しました。四体目の超大型ドラゴンに(いた)っては戦わず逃げるという有り様で……」


「そうせざるを得ない状況だったんだろう。自分がもう一人ほしかったんじゃないか?」


「なん……」


 思わぬ、鋭い一言だった。

 図星と認める他なく、虚を突かれた思いで俺はクロイツァーを見返す。


「なんで、わかったんですか?」


「分かるさ。今のお前の状況は、過去のフォレッドとよく似ている。深刻な戦力不足。頼れるのは自分だけ。突出した天才ゆえの苦悩だろう」


 ずきりと胸が(うず)いた。

 図星と認める部分が俺の中にあるのかもしれない。


「個人的にヤツは好かん男だったが実力は本物だった。いつもいつもヤツ頼りでな。あの時なにもしてやれなかったことを……今でも後悔している」


 その厳格な言動や(たたず)まいをする彼にしては、度を抜いて意外な言葉だった。

 俺はまじまじとクロイツァーの顔を見つめると、彼は目線を逸らし締まりの悪い顔をした。

 わざとらしい咳払(せきばら)いをし、間を取り(つくろ)う。


「……お前も女だらけの部隊で苦労してそうだな」


「いえ、そんなことないですよ。確かにS級ドラゴンが相手だとまだ任せられません。でもそんな現実を受け入れて、みんな強くなろうとしてくれています。良い部下たちですよ。凄く」


「ふん……女が強くなろうとする、か……」


 吐き捨てるように言い放ち、クロイツァーは夜空を見上げた。

 

 何か気に(さわ)ることでも言ったか?

 そう思って彼の横顔を見ていると、クロイツァーは口を開いてきた。


「騎士というのは本来、男の称号のようなものだった。愛する女を守るためドラゴンを狩る。それができる男の、強者の称号だった」


「強者の、称号……?」


 称号って俺の【黒騎士(ダークナイト)】とか、カティアさんの【紅騎士(クリムゾンナイト)】の事を言うんじゃないのか?

 昔は違ったってこと?


「男は守護を約束し、女は子孫繁栄を約束する。そうやって人類は数を増やしてきた。他ならぬ男女が(おのれ)の『出来ること』と『出来ないこと』を把握し、協力し合ってきた成果だろう」


 やはり過去の話のようだ。

 歴史とかそういう面倒な知識は正直なところ興味がない。

 だけど、この人が語ろうとしていることは聞かねばならないと感じた。


「守るべき女がいるからこそ、そして守るべき子供を産んでくれる女がいたからこそ、騎士という存在には意味があった。女なくして騎士は語れんほどにな」


『女性思い』を(うた)っている自分には、嬉しい情報ではあった。

 さらにクロイツァーは続ける。


「ドラゴンがいるから騎士ではない。守るべき女がいるからこそ騎士なのだ。だからこそ、女騎士というのは存在がそもそも矛盾している。ましてや強くなろうなどと……」


 ここで彼に対する熱が一気に下がった。

 女騎士の存在が矛盾していると言うのは、すなわち俺の部下であるローエ・カティア・フランベールの否定に他ならない。


 そして自分の未熟を嘆き、強くなろうとする彼女たちの努力さえも否定するような最後の言葉。


 女騎士の矛盾を指摘するのなら、男の騎士たちの矛盾もある。


「その割に上の世代の男たちは女性を下に見てる人が多いですよね? それこそ矛盾してませんか?」


 クロイツァーに対して幻滅した苛立ちもあったから、少し強めの口調で言ってしまっていた。

 

 一太刀いれてやった。

 彼はどうでる?


 そう身構えていると、クロイツァーは意外なほど冷静で、夜空に向けていた視線を目前に広がる草原へと落とした。


「ああ。矛盾しているな。どうしてこうなってしまったのか……」


 確固たる反論が来ることを予想していた俺には、クロイツァーのこの反応はあまりにも予想外だった。

 まさかの肯定である。


「『リングレイス』『オルブレイブ』『アークルム』そしてここ『エルガンディ』。どの国も()()ちは女への善意(ぜんい)から始まっていた」


「善意?」


「『リングレイス』。その王国こそが人類が最初に築き上げた王国だ。そこでは先の言葉通り男女が己の役割を分担し、国を大きくしていった」


 今は亡き『リングレイス』が人類最初の王国とは初耳である。


「だがいつしか騎士(おとこ)たちは……女を『守るべき者』ではなく『守ってやっている者』へと価値観を下げていった」


「!」


「下がり続けた女への価値観はとどまることを知らず、ついには女を奴隷化し、人権さえも奪った」


「そんな……そんなのあんまりですよ。そんなの……」


 どうしてそんな事ができるのか。

 同じ人間なのに。

 そこにいた男たちは……本当に人間だったのか?


「ああ。そうだな。だが一部の騎士たちはそんな女たちを哀れみ『リングレイス』から連れ去った」


「よかった……」


 救いのある話に代わり、俺は安堵して胸を撫でた。

 女性が酷い目に遭うだけの話など願い下げだ。


「そして連れ去った先で新たな王国を築き上げた。それが『オルブレイブ』だ。そこではまた男女が己の役割を分担し、お互いを尊重しつつ国を大きくしていった」


 つまり『オルブレイブ』が人類二つ目の王国だったのか。

 女性の善意から始まっているとはこの事か。

 成り立ちに納得して、そして俺は唐突に気づいた。


 残りの『アークルム』と『エルガンディ』は?

 まさか……!


 俺の感じた不安を具現化するかのように、クロイツァーは無慈悲にも告げる。


「だが人類はまた……いや、男どもはまた同じ過ちを繰り返した。女への価値を忘れ、奴隷化。人権の剥奪」


「……っ」


「あとに続く『アークルム』と『エルガンディ』も同じ経緯(けいい)で生まれた」


 俺の勘は見事に当たっていた。

 女性への善意から生まれた国が、女性の人権を奪う。

 本末転倒にもほどがある。


 そして頭の悪い、学習しない過去の男たちに怒りさえ感じた。なぜ繰り返す。


「全部……全部男のせいじゃないですか。男の身勝手で、女の人たちは振り回されて……なんで、こんな……」


『リングレイス』『オルブレイブ』『アークルム』。

 女性を(ないがし)ろにしてきたこの3国は、滅んで良かったのでは、と思う。

 でもそこにいた奴隷化された女性たちは? という思考が割って入ってきて目の奥が熱くなるのを感じた。


 奴隷化され、人権さえなかった彼女たちに、一時(いっとき)でも幸せな時間はあったのだろうか? 


「……ああ。騎士が騎士たらしめるのは女が背にいるからだと言うのに、なぜこうなるのだろうな……」


「クロイツァーさんの世代の方々は、この歴史を知っているんですか?」


「知っている。我々の世代でそれが暴露されたのだからな」


「暴露とは?」


「フォレッドと国王がやらかした。極秘にされていた歴史書があり、それを(おおやけ)に晒した。おかげで国は大パニックに(おちい)ったが、それも一時的。歴史が紐解(ひもと)かれたからと言って、そんなすぐに男たちの価値観は変わらなかった」


「なんで男ってそうなんですか!」


「落ち着け。効果がなかったわけではない」


「効果?」


「数名の貴族が立ち上がった。ドラゴンに夫を殺され、身寄りを無くした女たちを養おうとな」


 あ、それって、ローエさんが言っていた。


「『一夫多妻制度』のことですか?」


「そうだ。『一夫多妻制度』の導入。女の奴隷化の排除。この国が他国よりマシに見えるのはそういうことだ」


「奴隷化の排除!? この国も女性をそんな風に扱っていたんですか!」


「過去にな」


 淡々と返され、俺は思わず石壁を殴っていた。


「なんでそんなに増長(ぞうちょう)できるんですか……女性は物じゃないのに!」


「……ふ、そういうところで怒るところは親子そっくりだな」


「親父?」


 驚きつつも俺は、特にそれが意外ではないことに、冷静になってから気がついた。


「そういう過去があるというだけだ。今はもう現国王のおかげで良くなって来ている。その証拠にカティアが……女がS級騎士に認められているのだからな」


「でもあなたは、その女騎士に関しては否定的ですよね?」


「当然だ。【攻撃魔法】を覚醒させたからといって、身体能力が上がるわけではない。所詮は女。どんなに鍛えたところで男には(かな)わん。男を越えようとすれば、それこそ男の何百倍もの努力と時間が必要になる。それだけの労力を費やしても、いずれは子供を妊娠し、出産し、育児で前線を離れるのなら、女騎士など最初からいない方がいいんだ」


 確かな(しん)を感じさせる声音でクロイツァーは言い切った。

 正論だと思わせる迫力があったが、それでも俺は認める気にはなれなかった。


「言いたいことは分かります。でも、今いるカティアさんたちを否定してはダメでしょう。彼女たちは【攻撃魔法】という不幸を背負って生きてるんです」


「そもそもの話【攻撃魔法】を覚醒させたら騎士になるという法律がいかんのだ」


「え?」


「あんな法律さえなければ、カティアたちが女の身で騎士になることもなかった。女の【攻撃魔法】なぞ、妊娠中は使えなくなるというのに」


 妊娠中は、魔法が使えなくなる?


「現国王はたしかに名君だが、あの法律を女にも適用させたのだけは気にくわん。私は反対したというのに、それを受け入れなかった」


 怒りを滲ませたクロイツァーの言葉には、なんとも言えぬ重みがあった。

 国王さまに対する不満。

 娘のことを思って異を唱えたらしい過去。


 思わぬ一面を見て驚き、俺はクロイツァーという人間が少しだけ分かってきた。

 

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