第61話【ローエの決意】
翌日の朝になって、ローエはいつも通りにゼクードにパンを焼いてから自宅へ向かった。
今日も彼の大好きなソーセージを挟んだホットドッグである。
このまえ凄く喜んでくれたので今回も用意したのだ。
またあの可愛い笑顔が見られると心踊らせながら、ローエはゼクードの自宅前までやってきた。
玄関をノックしようとしたその時。
ガチャッと玄関が開き、中からカティアが出てきた。
「え?」
「ん?」
ローエとカティアの視線が見事に重なる。
え、なんでカティアさんがこの時間ゼクードの家に?
「ああ、ローエか。おはよう」
「ええ、おはようカティアさん。どうしましたのこんな時間に? なにか忘れ物でも?」
「違う。こんな時間に取りに来るわけないだろう。ゼクードと寝ていただけだ」
あら?
彼女が冗談を言うなんて珍しい。
よほど機嫌が良い証拠だ。
寝たと言ってもどうせ帰る前にウッカリ寝てしまって、そのまま朝になっていたというオチだろう。
よし、なら少しからかってやろうか。
「あらあらそれは大変ですわ~。もしかしたら子供ができてしまいますわね~?」
ローエはニッコリ笑って冗談を言う。
自分が言えた冗談ではないのだが、とりあえず。
この言葉にカティアはどんな反応をするか?
ワクワクしながら彼女を見ると、少し頬を赤らめているカティアがいた。
「……かもしれんな」
あら?
え、あら?
なんですのこの反応?
え、まさか、本当に!?
あのカティアが、ゼクードと!?
男と!?
「ローエ」
「は、はい?」
「ゼクードから全部聞いたぞ。お前とフランベール先生とゼクードの関係のこと」
「え!?」
な!
なんで言ってしまいますのあのバカ隊長!
こんなのプライベートのことだから黙ってるものですわよ普通!
「えっと、あの、わ、わたくし何のことだかサッパリ……」
「ローエ」
「はいなんでしょう!?」
「先に言っておく。これから先、身体に異変がおこったら正直に言うんだぞ?」
「!」
「私も例外ではないから、異変を感じたらちゃんと正直に言う。お互いフォローし合っていこう」
カティアが何の事を言っているのか、話の流れでローエにはすぐに分かった。
真剣な彼女の眼差しは、決して冗談ではない色があった。
例外ではない、とカティアは言っているが、これの意味もローエはすぐに理解してしまって、彼女が本当にゼクードと関係を持ったことを暗に理解させられてしまった。
その事実に少しショックを感じた。
また自分以外の女を、ゼクードは……。
「例外じゃないって、カティアさんあなた……本当なんですの?」
「本当だ。ゼクードから聞いたが、お前はまだ迷ってるみたいだな?」
「そ、それは……」
「いや、いい。考え方は育った環境に左右されるからな。お前の場合は仕方ないさ。私もお前と同じ環境下で育ったなら、きっとハーレムに寛大にはなれなかっただろう」
育った環境……確かに。
自分の家庭も一夫多妻だったら、そこまで違和感は覚えなかったかもしれない。
「カティアさんは嫌じゃないんですの? あなたもわたくしもゼクードの妻になれば、あなたとわたくしはそのまま家族ですのよ?」
「ん? 何が言いたいんだ?」
「ですから、わたくしと毎日いっしょに暮らすことになりますのよ? いいんですの?」
「それは確かに鬱陶しいな」
「悪かったですわね」
「はは、嘘だ。別に嫌じゃない」
「よく言いますわ」
「本当だぞ? 待っているからなローエ。お前が来てくれることを」
あのカティアからは信じられない言葉だった。
「ちょ、カティアさん本気で言ってますの!?」
カティアは腕を組んで頷いてきた。
しかも屈託のない笑みで。
それは長年カティアの顔を見てきたローエでも見たことがない笑みだった。
「本気だ。まぁとにかく、お前がどうしても嫌なら無理強いはしない。だがデキてしまったらさっさと観念することだ」
その意味を理解し、ローエは即座に顔を赤くした。
「観念したら、ちゃんと正直に言うんだぞ? ちゃんとフォローはする。私もゼクードも先生もだ」
「ぁ、あなたも他人事ではないのでしょう? ……それに、みなさんに迷惑を掛けるわけには……」
「馬鹿を言うな。お前の子供は私の子供だ。迷惑だのなんだの言ってハーレムの利点を潰すな。遠慮せず頼ればいい」
「カティアさん……」
「助けてくれる人間は多いのはハーレムの利点だろう。育児は大変だからな。少なくともこのメンバーならみんなお前を助けるさ。先生もゼクードも同じ事を言うだろう」
言いながらカティアはローエの肩をポンと叩いて、そのまま横を通りすぎて行った。
ローエは振り返り、去っていくカティアの背中を見る。
とても凛々しく、真っ直ぐで大人な背中がそこにあった。
迷いのない彼女の背中はローエにはとても大きく見える。
同い年のはずなのになんだろう……精神的に大きく差をつけられた気がした。
ウジウジ悩んでいる自分が、やたら小さく見える。
『待っているからなローエ。お前が来てくれることを』
『お前の子供は私の子供だ』
やたら心に響いたカティアの言葉を思い出す。
馬が合わないとお互いに思っていた時期はどこへ行ったのだろう?
S級ドラゴンに敵わず励ましてくれたカティアとやっと心許せる友達になったと思ったら、次はもう家族とは。
すでにそこまで考えているカティアがとても大人に見える。
それに比べ、わたくしは……
やめよう。
ゼクードだけじゃない。
フランベールの事も、カティアの事も、わたくしはこのさきもっと好きなれると思う。
そんな気がしてきた。
観念するより、自分から行きたい。
みんながわたくしを待っていてくれると言うのなら──
──決めましたわ。わたくしは!
「あ、ローエさん」
カティアが去ってから少ししてゼクードが玄関から現れた。
相変わらず寝間着姿の彼を見て、ローエは一礼する。
「おはようございます隊長。はいこれ。今日のパンですわ。あなたの大好きなホットドッグですわよ?」
「わあっ! いつもありがとうございます!」
紙袋を受け取ったゼクードは嬉しそうに笑ってくれた。
その幼さの残る可愛い笑顔にローエは心を洗われる。
これが見たかったんだ、と。
「どうぞ入ってください。一緒に食べましょうよ」
「ええ、そうしますわ」
ゼクードの家にお邪魔して、いつもの椅子に座った。
彼は慣れた動作で樽から水をコップですくい用意してくれた。
随分と綺麗な水で少々驚いたが。
「これフランベール先生の氷魔法を溶かした水です」
「あ、なるほど。だからこんなに綺麗ですのね」
まさか氷魔法がこんなにも便利だとは。
しかも美味しい。
「そういえば隊長。昨日の夜はカティアさんとお楽しみでしたのね?」
「え、なんで知ってるんですか?」
「さっき出てきたカティアさん本人に聞きましたわ」
「なる~ほど。実はそうなんですよ。昨日の夜はたくさん甘えさせてくれました。カティアさんも俺と結婚してくれると約束してくれたので、あとはローエさんだけですよ?」
恥ずかしげもなくゼクードはそう言ってきた。
まぁ確かに、今さら恥じらう間柄でもないのだが。
「……隊長、その話なんですが、わたくしも──」
「ゼクード隊長!」
突如割って聴こえてきた男性の叫び。
家の外からだ。
ローエとゼクードは声の響いた玄関へ視線を向ける。
「緊急事態です! 急ぎ国王さまの元へお越しください! 場所はゲート前です!」
どうやら叫び主は王国騎士の者のようだ。
危機迫るその声音にゼクードは慌てて聞き返す。
「何事ですか!?」
「はっ! 残りのS級ドラゴン二頭が『アークルム王国』へ同時進行を開始したとのことです!」




