第12話【カティアの憂鬱】続
「……カティアさんって、優しいんですね」
ゼクードがそれこそ本当に嬉しそうにカティアに向かって言っていた。
ドクン……
彼の可愛らしい笑顔にカティアの胸はなぜか高鳴った。
これはあの実力差を見せつけられた時に感じたあれだ。
絶望の高鳴り。
あれと同じだと?
どうなっている?
なんなんだこの胸の高鳴りは?
絶望じゃないのか?
私は彼に何を感じて高鳴っている?
わからない……
「優しいって……なんでそうなる……」
「いえ、なんとなくそう思ったんです。素敵な人だなって。正直に」
「す、素敵って……」
今度は顔どころか全身が熱くなった。
胸の高鳴りもバクバクいっている。
こんな面と向かって素敵と言われたのは初めてだ。
しかも男性に。
いや待て。
落ち着け。
相手は年下の一年生だぞ。
……それでも自分より遥かに強くて、笑顔も可愛い。
いやだから待て!
何を考えているんだ私は!
おかしくなってる、なんか。
「でもカティアさん」
「な、なんだ!?」
「俺に気を使ってくれるのは凄く嬉しいです。でももう少し言葉を選びましょう? でないと俺、勘違いしちゃいそうでしたよ。カティアさん只でさえ美人なんですから」
「か、勘違いってなんだ!? 何をどう勘違いするんだ!」
「いやカティアさんもしかして俺のこと好きなのかなって勘違いです」
全身の血が沸騰した。
「ババババ、バカ者が! そんなわけあるか! 私は年下には興味ない!」
「ですよね~」
く、この男!
ヘラヘラとしおって!
「夜食の件で勘違いするというのなら、敢えて言ってやろう! 私はお前の強さの秘訣を知りたいだけだ!」
木製イスから立ち上がってゼクードに指差した。
ゼクード本人はキョトンと目を丸くする。
「俺の強さの秘訣?」
「そうだ! お前の歳であれほどの完成度はおかしい! いったい普段は何をしているんだ!」
「何をって言われても……学校行って、放課後は友達らと一緒に狩りに行ってるだけですけど」
「その日常の合間に何かやっていないのか?」
「いやぁ~、やってないですね……」
そんな馬鹿な。
でも確かにコイツは朝の鍛練などをやっている気配もなかった。
家に初めて訪問したときゼクードは寝間着のままだったし。
「では【竜斬り】は? あれはどうやって習得したんだ?」
「あれは父に教わったんですよ」
「え? いや、しかし、お前の父は10年前に……」
踏み込まないと決めていた領域での話。
思わずカティアは先の言葉を躊躇った。
「ああ、俺の父の事をご存知なんですか」
そりゃ知っている。
英雄なんだから。
「俺、父に剣を教わり始めたの4歳からなんです」
「よ……四歳!? 待て待て待て! いくらなんでも無理があるだろう! 四歳なんて、私は記憶すらないぞ!?」
「俺はあるんですよ。父が剣を教えてくれる時に言った言葉もハッキリと覚えています」
「言葉?」
ゼクードは頷く。
「『いいかゼクード。女にモテたければとにかく強くなれ。男はな、弱くてダサいと言われることは多々あるが、強くてダサいと言われることはまずない!』」
四歳児に何を吹き込んどるんだこの英雄は。
「俺、その父の言葉を信じて剣の腕を磨きました。そしたらいつの間にか『竜斬り』ができるようになったんです」
「意味がわからん」
「え!? わかりませんか!?」
「わかるか! そんな不純な動機で英雄の『竜斬り』を習得できてたまるか! 片腹痛いわ!」
「でも実際にできてますし~」
「黙れ。お前……本当に女にモテたいだけなのか?」
「はい。俺の騎士道は金・筋肉・女ですから」
「騎士道を語るなキサマ。……10年前の【S級ドラゴン】を倒そうとか、親の敵討ちとか、そんな理由はないのか?」
「いやぁ敵討ちって言われましてもぉ……その過去の【S級ドラゴン】はもうこの世に不在ですし、どうにも……」
「……ドラゴンの脅威から民を守ろうと言う気持ちは?」
「あ、それはさすがにありますよ。女の子を重点的に守りたいですね」
ゴン!
「イテッ!」
「騎士は弱き者の盾だ。男女平等に守れ」
「じょ、冗談ですよ。わかってますって」
ゼクードが殴られた頭を撫でながら苦笑する。
そんな彼を目前にカティアは大きく溜め息をついてイスに座った。
呆れてものも言えない。
顔を両手で覆いながらうなだれる。
そして思う。
やはり男はズルいと。
こんな考え方でここまで強くなれるのだから、やはり男はズルい生き物だ。
私が【S級女騎士】になるまでどれほどこの女の身体に苦労したか。
鍛えても鍛えても男の数倍努力せねばあっさり抜かれるのが女の身体だ。
性別による身体能力の差を埋めるのに、どれだけ……。
いや、やめよう。
別にゼクードが悪いわけじゃない。
彼を責めたり、僻んだりするのは御門違いというものだろう。
「あの、カティアさん? やっぱり呆れました?」
「当たり前だ」
女にモテたいなんて動機を絶賛できるわけがない。
そもそも自分が女なのだから。
男の性的な思考を理解しろというのが無理である。
「すみません。でも俺、その動機が一番しっくり来るし、一番やる気が出るんですよ」
正直だなコイツは。
そういう所は好感が持てるが内容が酷い。
女にモテる。たったそれだけ。
「……わかった。もういい」
「え?」
「今日はもう帰る。なんか疲れた」
「あはは、なんか、すみません……」
「いい」
カティアはイスから立ち上がり、玄関の方へ向かう。
ゼクードも見送りについてくる。
玄関を開けて外へ出ると、カティアは止まった。
「そう言えば聞き忘れるところだった。ゼクード」
「はい?」
「明日は何が食べたい?」
「え!? また来てくれるんですか!」
「構わんと言っただろう? なぜだ?」
「いやだってさっき呆れたって……」
「それはそれ。これはこれだ。お前とは部隊の今後についても話し合う必要があるだろうし、毎晩会うのも無駄ではない」
「ほ、本当にいいんですか? 甘えちゃいますよ俺?」
「構わんと言っている。年下のくせに遠慮するな。それくらい甘えさせてやる」
カティアには彼の可愛い笑顔をまた見たいという気持ちも、確かにあった。
明日また「美味い」と笑顔で言ってもらえればそれでいいだろう。




