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第96話【人類敗北の日】

 ガイスと共に東側の城壁を抜けた俺は、その先の光景に思わず息を呑んだ。


 騎士たちが次々とA級ドラゴンどもに食われていた。

 戦線は崩壊し、もはや陣形もなにもないことになっている。


 そこかしこに味方の悲鳴や断末魔が飛び交い、地獄絵図に相応しい曲と化している。


「これは……」


 カティアを担ぎながら俺は、それだけの言葉しか放てなかった。

 ここまで戦況が悪化していたなんて、思わなかったから。


 ローエとフランベールは?

『さん』付けを忘れて、無心の内に最愛の妻たちを探す。


 そこで気づいた。

 未だ戦って食われていく味方の騎士たちはみな男で、しかも高齢者揃いであることを。


 どうなってるんだ?


 そんな疑問が一つ。

 そしてローエたちが無事である可能性が出てきた安心が一つ。


「走るぞ! ゼクード隊長!」


 隣にいたガイスが言った側から走り出した。

 銀髪の女性を抱えたガイスに俺も追従する。


 ドラゴンと騎士たちの戦場のど真ん中をひたすら駆けていく。


「立ち止まるなよ! ドラゴンに狙われたら最後だ!」


 傍らで俺にだけ聞こえる声でガイスが言った。

 たしかに気を失ったカティアと銀髪の女性を抱えた俺たちでは応戦する術がない。


 彼女たちを降ろして戦うのもリスクがありすぎる。

 俺に至っては武器すらない。

 調達したグレートソードは、結局すぐに壊れた。


 ……おかげで俺はカティアを守れて、しかも生きているのだが。


 いま俺とガイスが狙われるのは致命的なのは間違いない。


 しかし、東へ駆けていく途中で俺は眼を疑う光景を見てしまった。


 南方面にS級ドラゴンの群れだ。

 北方面にも回り込んできたらしいS級ドラゴンが二匹いる。

 青いS級ドラゴンに、赤いS級ドラゴンマン。

 あんな強いのが、何十体もいる。


 少しずつだが、こちらに近づいてきている。


 ──いや、だが……進軍が遅い?


 まるでA級ドラゴンと騎士たちの戦いを達観しているみたいだ。


 なぜ今さら?

 さっきまで徹底的に攻撃的だったのに。


 もはや雑魚しかいないから、S級ドラゴンの出番はないと舐めているのだろうか?

 

 いや、それこそ人間を全て殺す気満々だった奴らの考えることではない。


 なぜA級ドラゴンたちを援護しない?

 なぜ距離を取っている?


 その疑問は晴れず、代わりに俺たちの行く手にA級ドラゴンが複数と現れた。

 しまった! と思ったときにはすでに遅く、奴らはこちらに気づいて疾走を始めていた。


「くそ! ゼクード隊長! ここは俺が対処する! リリーベールを頼めるか!」


「大丈夫です! お願いします!」


 俺は重傷だが、女性二人ぐらい抱えられる。

 装備を着込んだカティアは重いが、リリーベールとやらは普通の衣服だし軽いだろう。


 俺はガイスからリリーベールを引き継ごうとした。

 そのとき、俺とガイスを追い抜いて、誰かが目前のA級ドラゴンを切り裂いた。


 凄絶な双剣の乱れ斬りだった。


 複数のA級ドラゴンが一瞬のうちに真紅の薔薇と化す。


 凄い……と言葉を失いながらも、その騎士の背中には見覚えがあって注視した。


「クロイツァーさん!」


 俺とガイスが駆け寄ると、クロイツァーは振り返るなり俺の背中にいるカティアへと視線を向けた。


「カティアッ!」


「ぁ……カティアさんは無事です! 気を失っているだけです!」


 安心させるために俺はすぐに言った。

 するとクロイツァーは俺の眼を見てきた。


「本当か?」


「はい」


「そうか……」


 クロイツァーは険しい顔つきが少し和らげた。

 気絶したままのカティアを少し見て、クロイツァーは双剣を握り直す。


「ゼクード」


 呼ばれた俺は、彼に視線を合わせた。


「カティアを頼む」


「え……」


「意地っ張りで面倒な奴だが……誰よりも優しい女だ」


 あまりにもクロイツァーらしくない、穏やかな口調で告げた。

 本当にその口が言ったのかと疑うほどに。


 できればカティアを起こして、直接会話をさせてあげたかったが──


「──ぅ」


 当のカティアが俺の背中で意識を取り戻したようだ。

 もぞりと顔を起こして、周りを見ている。


「……ゼクード?」


「カティアさん! 良かった! 意識が戻ったんですね!」


「ぁ……ああ。そう、みたいだ」


 カティアは自分がなぜ気絶したのかさえ覚えてなさそうだった。


「立てますか?」


「大丈夫だ」


 言って、カティアさんは俺の背から自ら降りた。

 そこでようやくクロイツァーの存在に気づいたらしく、眼を大きく見開かせた。


「父上!」


「カティア……」


 それはたぶん、クロイツァーにとっては感動の再開だったのだろう。

 彼はカティアに寄り、そっと頬を撫でたのだ。

 その父らしくない仕草にカティアが驚き、頬を赤くした。


「な……父上、何を?」


「顔をよく見せてくれ」


「え?」


 言われたカティアはただ呆然と、クロイツァーを見つめた。

 クロイツァーも、カティアを見つめる。


 周りでは生き残りの騎士たちとドラゴンが戦いを繰り広げている。

 一刻も早く逃げねばならないのだが。


「──すまなかった」


「!」


 クロイツァーの思わぬ一言だった。

 カティアは眼をこれでもかと大きく見開かせ、クロイツァーを見返す。 


 すると突如、俺たちのいるこの草原に風が巻き起こり始めた。

 空の天候は一気に悪くなっていき、薄暗くなっていく。


 なんだ、これは!?


「これは……っ! 早く行けお前たち! ディザスタードラゴンが来るぞ!」


 言われてから雷が鳴り始めた。

 風の勢力も強くなり始めている。

 これにはガイスも待ちきれなくなり、慌てて先に走り出した。


「ゼクード隊長! 行くぞ!」


 俺は頷いて、カティアの手を握った。


「カティアさん! 行きましょう!」


「ち、父上は!?」


「最後だ。お前たちが撤退せねば、我々の撤退も許されん。早く行け」


 その言葉を最後に、クロイツァーはA級ドラゴンの群れに突撃して行った。


 ディザスタードラゴンが来る。

 たしかにクロイツァーはそう言った。

 できるなら、この眼で一度だけ拝んでおきたいが、そんな場合ではない。


 カティアを頼むと言われた以上、男同士の約束は守らねばならない。


「カティアさん。急いで!」


「わかってる!」


 雷と風が強くなっていく戦場から俺とカティアは足を揃えて逃げた。

 地下への入口まで走り、無事にたどり着いた俺とカティア。

 そこで待っていたローエとフランベールが、歓喜の涙を流して俺に抱きついてきた。


 しかしカティアは、地下への入口前でクロイツァーたちが戦う戦場を見つめていた。

 雷と嵐が巻き起こり始めた戦場を。



 クロイツァーはセルディスと合流し、残りのA級ドラゴンを駆逐していった。

 

 すでに味方の騎士は全滅していた。

 まだ数十といるA級ドラゴンに半ば囲まれながらも、クロイツァーとセルディスは背中を合わせて懸命に戦い続ける。


「残った老兵は、私とクロイツァー様だけのようですね」


「そのようだな。カティアたちの撤退も完了した。これで、今回の戦いは我々の勝利だ」


 ドラゴンどもに言いつけるようにクロイツァーが言った。

 すると雷が轟き、二人を囲んでいたA級ドラゴンどもにその雷が命中していく。


 雷に撃たれたA級ドラゴンは悲鳴のような咆哮を発し、すぐに絶命した。


 最初はたまたまそこにいたドラゴンに雷が当たったのだと思っていた。


 しかし、そうではなかった。


 度重なる落雷はどれもこれもA級ドラゴンに命中し、その全てを絶命させていった。


 A級ドラゴンが全滅していく。


 ディザスタードラゴンの雷で、どんどんやられていく。


 いったい、何が起きているんだ?


 そのクロイツァーが抱いた疑問に答えるかのように、天から雲を裂いて白銀の竜【ディザスタードラゴン】が姿を表した。


 A級ドラゴンどもに落雷を叩きつけながら、S級ドラゴンどもを自分の両翼に配置。


 A級ドラゴンどもがやたら自分たちに降り注ぐ落雷に驚き、ディザスタードラゴンに怒りの咆哮を発し始めた。


 こんな時に仲間割れだと?


 いや、違う。

 これは……!


 S級ドラゴンの群れが、後から後からディザスタードラゴンの後ろからやってくる。


 そこにA級ドラゴンの姿はない。


 今にして思えば、今回の戦いにドラゴンマンやベビードラゴンはいなかった。


 ……また、A級ドラゴンに落雷が落ちた。


 まるで邪魔だと言わんばかりに。


「いったい、何が?」


 セルディスが言う。


「やはり」


 クロイツァーは気づいていた。


 またA級ドラゴンが落雷により絶命する。

 次から次へと。


「世代交代か。貴様らドラゴンも」


 もはやそれしか考えられなかった。

 S級ドラゴンにはいっさい攻撃しないディザスタードラゴン。


 A級ドラゴンの時代は終わりだと告げるかのような、無慈悲な雷。


 ディザスタードラゴンは咆哮し、S級ドラゴンどもも咆哮を発した。


 そして一斉に、ブレスを吐く。


 火球。

 氷塊。

 落雷。


 その全てがA級ドラゴンどもと、そこにいるクロイツァーとセルディス目掛けて降り注ぐ。


「ここまでのようですね」


 セルディスが、悟ったように言う。


「そうだな」とクロイツァーも同意した。


 あの攻撃を凌ぐ術はない。

 もはやこれまで。


 セルディスは空を見上げた。


「ローエ様。リーネ様。どうか、強く生きてください」


 クロイツァーは、カティアがいるであろう東側へ視線をやっていた。


 最後にカティアとレィナの顔を見ることができた。

 カティアに謝ることもできた。


 思い残すことはもうない。


 カティア。

 レィナ。


 愛している。

 心から。


 落雷の光が煌めき、クロイツァーとセルディスを包んだ。

 全身が一瞬だけ熱くなったが、すぐにクロイツァーの意識は消滅した。



 薄暗い空の下で、黒煙が上る【エルガンディ王国】を俺は見ていた。

 父の仇であるディザスタードラゴンの姿が、遠くに見える。


 S級ドラゴンを従え、最後の一人にさえ手加減はしない。

 火球と氷塊と落雷の乱舞。


 そこで戦っていたであろうクロイツァーとセルディス。

 あの攻撃を凌げたとは、とても思えない。


「……父上……」


 父クロイツァーの死を悟ったらしいカティアが膝から崩れた。


「うそ、セルディス……」


 ローエもまたセルディスの死に気づいたらしく、涙を流す。


 どれだけの人間が死んだのだろう。

 鉱山へ無事に逃げ延びた人間は、千にも満たないらしい。


 減りに減った人間。


 俺は、ディザスタードラゴンの咆哮を聞いた。

 それはまるで勝利を確信したかのような、喜びの咆哮に聞こえた。


 そして思い知らされる。

 現実を、自覚させられる。


 俺たちは……ドラゴンに負けたんだと。


 この日をもって人類は、ドラゴンに敗北した。


 だけど、絶滅したわけじゃない。


 この屈辱。

 必ず返してやる!


 未だに勝利の余韻に浸り、ひたすら歓喜の咆哮を上げるディザスタードラゴン。

 

 奴を睨みながら俺は、静かに決意を満たした。


 

平成最後の更新です。

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