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勇者候補たちの転職

 誠たちが、この世界に召喚されて1年が過ぎたある日、また王城内を騒がせるニュースが入ってきた。国としては、いいニュースなのだが、多くの者が戸惑っているようだ。


「なぜ、このようなことになったのでしょうか?」


夕食の席で、ソフィアから誠に、また質問が投げかけられた。ソフィア自身も、困ったことがあれば、いつも誠に聞いていては駄目だとわかってはいるが、もう癖になってしまっている。最近では、答えてくれる誠が悪いと考えてしまいそうになっているぐらいだ。


「野村くんが3次職に転職した話ですか。それなら、野村くんが頑張ったからでしょう。彼は、早い段階で、7部隊で唯一の1人少ない4人の部隊へ移りました。そして、彼は魔術士でしたが、弓を覚えて、矢に属性を纏わせることによって、魔力の節約を行い、継続戦闘能力を上げることを考えていたのでしょう。職業レベルを上げるための効率重視の考え方ですね。

あと、上位5人であった長谷川くんの部隊の長谷川くんが私用で抜けることがあったので、上位5人の職業レベルの伸びが悪くなったからでしょう。これで、長谷川くんの使いにくさが、クリストフ卿にも伝わればいいですね。

だからと言って、上位の者に関しては、それほど差があるとは思えません。近いうちに、3次職に転職できるでしょう」


 野村くんとは、フルネームが野村聡。最初の頃に冒険者になりたいと言い出した中心人物である。弓で属性を纏った矢を放てるようになるまでは、レベルは低めであったが、ここにきて急に伸びて来た人物である。国として、完全にノーマークであったようだ。


「さすがに、誠殿は確認されていたのですね。上位の方以外で、他に誰か注目の方はおられませんか?」


「私には、彼らのステータスカードの閲覧権限ありませんので、目を通すことができる報告書から予測することしかできません。なので、あまり、勝手なことは言えません」


「そうなのですね……」


 ソフィアは、返事を返しながらも、何か考えているようだ。


「ソフィアさんが、考えているのは徐爵の話ですよね。最初に3次職になった者だけが、王城の謁見の間で、国王陛下から授爵できることになっていて、残りの者は、略式で行われるので、見栄えのいい長谷川くんでやりたいということですよね」


「はい、そのとおりです。……何か、いい案があるのですか?」


「この国の、特に王城で働いている方には、ご理解ができないかもしれませんが、勇者候補の多くが国王陛下から授爵できることに拘りはないでしょう。野村くんなら、代わりの品でも送っておけば、納得するのではないでしょうか」


「本当ですか?」


「すべての者に当てはまるわけではなりません。中には、名誉の大切さと価値の高さを知っている者もいます。長谷川くんは、この部類の人間でしょう。これを知っていても、求めない者もいます。これは、この国にも居られるでしょう。少なくとも、野村くんは、陛下から授爵できることに、それほど執着はないと思います。心配ならそれに応じた物を送れば、いいのではないでしょうか」


「ご提案、ありがとうございます」


 この後は、全員が機嫌良く食事を続けた。この国の国民にとって、国王陛下に拝謁し、陛下自ら徐爵して頂けることは、なによりも、大切なことなのであろう。



 この騒動の2月後、王城の謁見の間で授爵の儀が行われることになった。当初の予定では、拠点がいくつか進み、他の勇者候補からの反対もなかったため、長谷川くんだけを呼び戻すはずであったのだが、周りからの反対により、一度、勇者候補全員が王都に戻ることになった。どの勇者候補でもいいから顔を繋ぎない者が後を絶たないのだろう。クリストフ卿に健二との繋がりがなければ、黙らせることができたかもしれない。これも健二の不始末による弊害であろう。


 徐爵の儀が行われた数日後、恵美が誠の部屋を訪れていた。


「横田くんは、この世界にいても、元の世界とまったく変わらないわね。古川さんも変わらず、元気かしら」


 疲れを滲ませた様子で恵美が話し始めた。


「古川さんは、元気なのではないでしょうか。夜になれば、帰って来きますよ」


「でも夜は、予定が埋まっているのよね……」


「社交のパーティですか、それも仕事の内ですよね。まだ、慣れませんか」


「長谷川くんの事もあって、いろいろ詳しく教えてもらえるようになったから、慣れたつもりだったんだけど、王都は違うわね。拠点で行われるパーティは、どちらかと言えば、私たちに合わせてくれるけど、こっちは、私たちを取り込むために、必至というか狡猾というか、気が抜けないわね。横田くんは、大丈夫なの?」


「僕は、そういう会に、参加したことはありません」


「えっ、呼ばれることはないの?」


「もちろん、毎日、何件も誘いはあります。1度でも参加していると断る理由を見つけるのは大変ですが、1度も参加していなければ、それほど強く言われることはありません。仕事以外で何か言いたいことがあれば、いつでも来てくださいと言っておけば、来る方もいれば、来ない方もいるといった感じでしょうか」


「でも、身分の上の方から呼ばれた場合は、どうするの?」


「当然、仕事であれば行きしますが、仕事の話が終われば帰ります」


 実際のところは、今では、宰相ですら、仕事の話以外のときは、誠の部屋へ訪れるようになっているので、他の者が誠を呼びつけにくくなっているだけだ。宰相にとっては、他の者に話を聞かれたくないだけなのだが、誠にとっては、いい感じに周りが勘違いしてくれているのである。


「それで、許されるの?」


「主催者側の実利の話をすれば、僕のことを良く思っていない人が多いので、僕が顔を出すとその場の空気が悪くなります。そのくらいのことがわからない人は、この王都では、生きていけません」


「そうなのね。って、横田くんは何をしたの?」


「簡単に言えば、既得権益者の利権を潰しています」


「なるほどね。それも、横田くんの仕事なのね」


「本来、そこまでは求められていなかったと思うのですが、仕事をする上で、邪魔なので潰すことにしました」


「そんな簡単にできることなの?」


「この国は、社会構造が日本よりも単純ですので、手順さえ踏めば、できることはあります。もちろん、できないことの方が多いです」


「やっぱり、凄いのね。これじゃ、無理かな……」


 ここまで話を聞いた恵美は、こう呟いて黙ってしまった。


「そろそろ職業レベルの差がついて来ましたから、誰か文官をやりたい人が出てきましたか?」


「やっぱり、わかっていたのね。そこまで、はっきりと言ってる子は、まだいないとけど、上位の子らに、ついていけないと思っている子はいるわね。それで、私がそういった道もあるんじゃないかと思っただけなの」


「先生たちは、少なくとも、この国の武官ですので、本人がやりたいと言っても、今更、簡単には通らないのは、先生もわかっていますよね」


「それは、わかっているわ」


「文官ではありませんが、考えていたことはあります。本人たちにもプライドがあるでしょうから、上手く伝えてもらいたいのですが、1軍と2軍に分けるという形があります。初めからそれをすると、2軍の人が危険ですので、避けていたのですが、そろそろ考えてもいい時期に来ているのかもしれません。話をするタイミングは先生にお任せします。全体の意志が統一できれば、この案は通るでしょう」


「横田くんは、よく考えていてくれたのね。たしかに、初めから分けると、危なかったわね。みんなの様子を見ながら、話し合ってみるわ。ありがとう」


 恵美はこう言って、来た時よりも足取りは軽く帰っていった。


 誠がこの話を持ち出したのは、当然、勇者候補の他国との戦闘が近づいているからだ。誰かの策で、勇者候補たちを分裂させるよりは、こちらから動いたほうが、混乱は少なくて済むのではないかと考えたからである。



 徐爵の儀があってから、約3か月後、宰相の策が発動され、魔王討伐特務隊の1軍によって、隣国の国境の砦が落と              された。誠の案によって分けられた1軍は、20名で、全員が3次職である。圧倒的であったようだ。

実際は、勇者候補たちが、宰相に騙されて、助けた村を隣国に襲われたと信じこまされ、報復と村人の救助のために、隣国の国境の砦に攻め込んだのだ。

 しかし、そんな話は、一切流れていない。王都の住民は、魔王討伐特務隊の戦果に、喜びで大いに沸いている。これを煽っているのも宰相たちであろう。


 王都が祝賀のムードに包まれた日に、誠が風呂に入っていると、淫らな黒髪の女神様が入って来た。その優子は、周りの雰囲気を潰さないために、誠と2人で話すために入って来たのだが……。


「なんか、わからないこともないけど、しっくり来ないのよね。横田くん、何か知ってるんじゃないの?」


 相変わらず、鋭い優子である。


「知っていることはありますが、事実は変わりません。彼らが、敵国の砦を落としたことは、間違いないことでしょう」


「そうよね。戦場に立たない私がとやかく言える話ではないわね。でも、その敵国という考え方も、上手く理解できないんだけど、仲良くはできないものなの?」


「元の世界でも、これは同じだと思うのですが、隣り合わせの国は、一時的に協力関係は築けても、潜在的には敵国です。もし永続的に仲良くできるなら、国を分ける必要がないですよね。なんらかの相反するものがあるのでしょう。

 あとは、いつの時代でも、どこでも、国民には、不満というものが尽きることはありません。指導者たちは、国民の不満が自分たちに向かないように、仮想敵国というのを作り、不満の原因が敵国にあると煽ります。国民にとってわかり易いのは、隣国ですよね」


「なるほどね。……でも、その国民の不満が尽きることがないというのも、わかるんだけど、みんなが幸せになれる、何かいい方法はないのかな?」


「元の世界には、それを考えてやった人はいます。日本人は毛嫌いする人が多いですが、社会主義なんかが、それを実現しようとした考え方だと思います。富や生産物を国が分配するために、生産手段を国営化することで、国民の貧富の差をなくして、不満を減らすというやり方ですね。国民すべてが、真面目に働いて、国が国民の不満がでないように分配できれば、上手くいったでしょう。しかし、最初は上手く行っても、時間が経てば、国も民も腐敗が進んでしまうようです」


「社会主義って、言葉ぐらいしか知らなかったけど、そういう考え方だったのね。それで、対になる資本主義が、自由競争で、頑張った人が認められる社会だけど、貧富の差が大きなって、国民の不満が溜まるのね。……上手くいかないものなのね」


「はい。僕は、指導者さえ人格者であれば、この国のように君主国家も悪くないと思います」


「君主国家って、王様がいる国よね? それがいいの?」


「王様が絶対なのですから、王様がいい人ならいい国になります。でも、いい人でも甘い人では、他国からも、臣下や国民からも食い物にされますし、悪い人なら悪い国なります。こんな極端にならないように、この国で言えば、宰相や魔導士団長や騎士団長の3役がいるのでしょう。この世界で、数千年続いている国です。なんらかの優れたものがあるのは、間違いないでしょう」


「そうよね。数千年続いているのよね。……本当なのかしら?」


「千年近くは続いていると思います。でも、今も簒奪を目論む人がいるくらいですから、過去には成功させた人がいるかもしれません。歴史も一緒に奪ってしまえば、千年もすれば、エルフ族ですら記憶から消えるでしょう」


「簒奪って、革命みたいなものよね。そんな人がこの国にいるの?」


「前に話しましたよね。この国が混乱することを求めている人がそうです。その目的は、簒奪以外にはないと思います」


「そういうことだったのね。……あと、エルフ族の寿命って千年もあるの?」


「長くて300年くらいらしいです。若い時にお年寄りから話を聞けば、300年遡れますよね。そのお年寄りが若い時に、お年寄りに話を聞けば、もう300年遡れますよね。信憑性のある話は、3代くらいが限界でしょう。今、生きている300歳くらいのエルフが何も言わないということは、最低でも900年くらいは、高い確率で、国が続いているではないかと考えています」


「それに信憑性があるのか、微妙だけど、言ってることはわかるわ。……今日は、ずっとモヤモヤして、なんか、スッキリしないのよねぇ。……横田くん、スッキリさせて」


「はい」


 今日も、優子は、淫らな黒髪の女神様であった。



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