深夜の会議6
健二の噂が城内と駆け巡った日の深夜、また、いつもの5人による会議が開かれていた。
いつもと違うのは、本日は、エリザからの報告から始まっていた。
「……報告は以上です。
私が、見るかぎり、誠殿は、この辺りは予測していたのでしょう。さらに、いい手駒に仕上がったくらいにしか思っていないのではないでしょうか」
「器が大きいと言えばいいのか、視野が広いと言えばいいのか、健二殿の報告を聞いて、慌てていた自分が情けないですね」
エリザからの報告を聞いた宰相の感想であるが、この場にいるメアリー以外も宰相と同感であろう。そのメアリーはと言えば、
「でも、健二さんは、今のところ、一番の勇者候補ですし、公爵家の娘と結婚するのは、如何なものかと思うのですが」
勇者と結婚するのは、自分であると思い込んでいるメアリーには、許せない事態である。
「これは、私の予測ですが、結婚には至らないと考えています。勇者と結婚となれば、確実にお家騒動へと発展します。現公爵であるクリストフ卿がご存命のうちは、強権を持って抑え込めるでしょう」
「では、確実にないということですね」
「そうとも言い切れません。今、話したように、クリストフ卿がご存命のうちはないとは思いますが、お家騒動の種であることには変わりません。今すぐにはなくても、いつ再発するかわからない状態になったというだけです。クリストフ卿は、誠殿の予測通り、健二殿の弱みを握って貸しを作れたくらいしかできないでしょう。できれば、国から譲歩を引き出したいと考えているかもしれませんが、こちら対応しなければ問題あるません。これから、健二殿は、いいように、クリストフ卿に使われるというところでしょうか」
「前に、宰相が言っていましたが、一貴族である公爵にそのようなことが許されるのですか?」
メアリーも、必死になれば、頭の回転が良くなっていく。
「クリストフ卿も、この程度の匙加減を間違えるようでは、あの公爵家で強権など持てるはずがありません。ですから、いいように使われると予測することができるのです」
「例えば、健二さんは、どのようなことに使われるのですか?」
「簡単なところで言えば、ことある事にパーティには呼ばれるでしょう。一番勇者に近い健二殿がパーティに参加するとなれば、大勢の人が集まります。それだけでも、かなり良い思いができるでしょう。
次に、何か問題が起きたときの武力または武威として使われるでしょう。健二殿を連れているだけで脅しになります。
他にも、健二殿への口利きとして、他の者に何か求めることもするでしょう。それだけでも、かなりの金品を要求できるでしょう。考えれば、尽きることはありません。
しかし、健二殿が勇者である、もしくは、勇者に一番近いから利用価値があるのです。ですから、あまり、彼を拘束しないでしょう。戦闘を繰り返して職業レベルを上げてもらわなければ、価値が下がってしまいます」
「それを防ぐことは、できないのですか?」
「始めは、私も考えていました。しかし、誠殿の見解を聞いて思い直しました。健二殿にすべて任せる方がいいのではないかと今は考えています」
「最近、宰相は、誠さんの意見ばかり取り入れていますよね。もう、誠さんに宰相を代わってもらったらどうですか?」
メアリーは、あまりにも、自分の思い通りにならず、つい憎まれ口を叩いてしまったのだが、
「能力だけを見れば、私もそう思います」
「えっ!!」
宰相があっさりと認めたため、メアリーは驚いて、声を詰まらせてしまった。
「もちろん、譲るつもりもさせるつもりもありません。宰相とはこの国ためにある文官の最高位です。たしかに、彼は、文官としての能力は一級品です。しかし、彼は一度もこの国のためを思ったことはないでしょう。彼は、自分のことしか考えていません。彼がこの国のために言動を繰り返しているように見えるのは、彼が自分のためになることと被っているものを優先的に行っているからです。そんな彼に宰相というこの国でも上位の権力を与えるわけにはいきません。
ですから、殿下も間違っても、彼にだけは権力を与えないでください。彼は、そのようなものは望んでいませんが、もし持てば、迷うことなく自分のため使うでしょう」
「わ、わかりました……」
メアリーは、良い意味でも悪い意味でも純粋なのである。この国のすべての人が自分たち王族ために尽くしていると思っているのだ。まさか今聞いた誠のような人間が、この城内で文官として働いているとは夢にも思っていなかったのである。そして、以前にも誠が魔王であっても信じられると思うほど、少し恐怖を感じていたのに、今さらに、その恐怖が増大してしまい、メアリーは、返事をした後は言葉を失ってしまった。
その様子を見ていた魔導士団長が宰相とメアリーに声をかけた。
「宰相、気持ちはわかるが、脅し過ぎだ。殿下もそこまで恐怖を感じることはありません。恐怖は、判断を鈍らせ、周りに伝染させてしまいます。上に立つものである殿下がそのような様子では、臣下たちは困ってしまいます。彼は、自分からこの国を敵に回すことはしません。ありえるのは、この国から彼を敵に回すことです。これだけを気を付けていれば、問題ありません。
しかし、ワシも彼が魔導士団長でもいいのではないかと思ったことがないと言えば、嘘になります。魔術の能力だけを見れば、問題ありません。あの基本4属性を自由に操る、魔力の操作能力は、人間はもちろん、エルフや魔族をも超えているのではないでしょうか。さらに今では、氷や雷まで使い始めております。どこまでいくのか見てみたいと思う気持ちもあります。
これらを思うと、まだ気が楽なのは、騎士団長くらいか」
魔導士団長はこう言って、騎士団長に話を振った。
「そうでもありませんよ。彼は、少し前から剣術の鍛錬を初めたようです。今は行き詰っているようですが、自分の剣術の完成形に疑問を持ち、考え方の修正を行っているようです。しかも、彼の鍛錬法は、素振り1つとっても、理に適っています。我々騎士は、力と速さと回数で素振りの型を作っているのですが、彼は、騎士のジュリアから剣の振り方を習うとひたすらゆっくりと正確な動きを繰り返して、体に馴染ませていました。納得がいっても。毎回、必ず、ゆっくりとした素振りから始めます。その後、だんだんと力と速さを上げながらも、ズレがないように細心の注意を払いながら全力まで持って行きます。これを取り入れている騎士も今は多いです。
さらに、あの疲労回復の魔術です。まだ完璧にできている騎士はおりませんが、若い見習い騎士から感覚を掴み始めているようです。
このように、俺も近いうちに自分の地位に危険を感じようになるかもしれません。そして、彼は。武人でもないのに、武人のことをよく理解しおります。不思議な男です」
二人の話を聞いた宰相は、劣等感を持つのは自分だけではないと少し気が楽になり、話し始めた。
「魔導士団長も脅すなと言いながら、騎士団長も少し煽っておられます。しかし、彼のことは、ここまででいいでしょう。
公爵家に対する対応ですが、こちらからは動かず、公爵家の動きを確認してからこちらの対応を考えるということでよろしいでしょうか」
これで、今日の会議も終わった。
後手で消極的な対応だ。しかし、言葉にはしなかったが、責任は健二にあって、自分たちにはないという強気な対応である。実際、少しでも国から譲歩を引き出したい公爵家としては、この対応が、1番ではないが、かなり困るものであろう。もちろん、1番は健二を消されることである。
この後の展開は、誠の予測通りにことが進んで、健二と公爵家との間に、繋がりができただけで済むことになった。宰相たちが誠の考えた通りに動いたのだから、当然である。これが、国側の謝罪から始まれば、目も当てられない状況になっていただろう。
しかし、勇者候補たちの間では、少し変化が見られるようになった。この事件が起きるまで、誠が居なければ、健二がクラスで1番なのは、誰もが認めていた。しかし、これをきっかけに、自分たちの意識も、国の対応も変わり、全員ではないが何人かが、自分たちでもリーダーになって、勇者になれるかもしれないと小さな欲が生まれたのだ。この小さな欲が今後どのような影響を及ぼすかは、今は、誰も知ることはできないであろう。




