女性問題と初体験の思い出
魔王討伐特務隊が王都から出陣して、10日ほど経ったある日、宰相の耳に届く前に、王城内をある噂が駆け巡っていた。長谷川健二が、婚姻前の公爵家の娘に手を出したと言うものである。実際のところ、噂を流しているのは、公爵家であろう。健二がまんまと公爵家の罠に嵌ったのである。
よくある話である。新しい拠点である領都に到着した日に歓待を受けた健二が、翌朝、起きてみるとベッドの横で公爵家の娘が泣いていたのである。使っていたシーツには、血が薄っすらと滲んでいた。酒に酔っていて、あまり覚えていないが、女を連れ込んだ記憶もないこともない。
そうやって呆然としているところに、使用人が入ってきて騒ぎ始めたのである。それでもう健二には、打つ手がなくなったのである。
実際のところは、健二が連れ込んだのではなく、別の女に健二が連れ込まれたのである。その後、それなりのことをして寝かされただけである。後は、朝に仕込まれてしまったのだ。
スピリット・ネットワークによって、その状況をリアルタイムで見ていたので、この事実を誠は知っている。しかし、スピリット・ネットワークでは、証拠にならない。誠には、どうしようもないということである。
夕食の席で、落ち着きのない様子のソフィアが誠に問いかけた。
「誠殿、これが、もし本当であれば、どうすればいいのでしょうか?」
「何か、問題でもあるのですか?」
「相手は、公爵家の娘です。一番マシな状況で婚姻でしょう。それ以外で何を言われるのか、私にはわかりません」
「私にも、それはわかりません。しかし、言われるのは、長谷川くんですよね。ソフィアさんが何か言われるわけではないですよね。それに、どうせ公爵家の娘とは言え、四女か、五女か、六女か、はたまた、急いで認知をした妾の子か、と言ったところでしょう。公爵家を継げるわけでもありません。今までと変わらず、長谷川くんは、勇者を目指して頑張るだけです。彼には、それしか価値がないのですから。ただし、彼が、公爵家に貸しを作ってしまったという事実は、新たに追加されますが。
私から見れば、公爵家の動きが見えやすくなるだけです。悪くないですね。ありがとう、長谷川くん」
『プッ』と吹き出す声が周りから漏れた。
「横田くん、なんか酷くない?」
ここで、優子から誠に声がかかった。
「古川さんは、公爵家を知らないのですか? この国で言えば、王家に次いで上から2番目の爵位を持つ家ですよ。もしかしたら、そこの娘と結婚できるのかもしれないのですよ。悪い話ではないでしょう」
「でも、望んだ結婚じゃないよね?」
「いや、望んで体を求めたのでしょう。長谷川くんに、やり逃げを勧めているのですか?」
「それを横田くんが言うのは、どうかと思うけど、たしかにそうね。……あれ、悪くないわね」
「僕は、生まれてから、一度も、自分から女性の体を求めたことはありません。常に女性から求められているのです」
「悔しいけど、そうなのよね。後、昔からその言葉を良く言うけど、横田くんにも、初めてはあったのよね。初めての時はどうだったの?」
周りで聴いている者たちも優子の言葉に頷きつつ、興味津々である。誰でもこういう話は好きなのであろう。忘れられた健二が少し憐れである。
「初めては、10歳くらいだったでしょうか。精通前でしたが、相手は、家で雇っていたお手伝いさんです。お手伝いさんに求められて、受け入れました」
「なるほどね。今もそうだけど、あの頃も大概美少年だったもんね。なんか納得してしまったわ」
「そんな古川さんは、……僕でした。すみません」
「煩いわね。わざと言ったでしょう。あの頃の私はどうかしてたのよ。……まぁ今もそうだけど」
優子が自分で言って、照れていると、
「それは、何歳のころの話なのですか?」
騎士であるジュリアの付き人の一人が優子に尋ねた。もちろん、誠以外全員が聴きたかったことである。
「中学1年になった頃だったから、12歳かな」
『おおぉぉ』と周りがどよめいている。
「12歳ですか、ちょっと早くないですか? 向こうの世界では、普通のことなのですか?」
同じ付き人が代表して質問を続けるようだ。
「なんか、これ、全部話さないといけない流れのような気がするんだけど」
「当たり前です。私たちに隠し事なんてありえません」
付き人の言葉に、誠以外全員が頷いている。
「そんなルールあったかな。……まぁこのメンバーならいいわ。でも、絶対に他の人には内緒よ」
なんだか良く聞く言葉であるが、その言葉に、誠以外全員が頷いたのを確認した優子は続けて話し始めた。
「始めは、横田くんが、先輩の女の人としているところを見てしまったの。その時はびっくりして、すぐにその場所を離れてしまったんだけど、やっぱり気になって、ちょくちょく横田くんを見ていたら、今ほどじゃないけど、いろんな人としていたの。でも、先生とかともしているくせに、自分のルールがあるのか、同級生とはしていなかったの。その時、なぜか、同級生である自分はしてもらえないと考えてしまったの。そう考えてしまったら、なんか悔しくなって、必死にお願いしてしまったの。本当にどうかしてたは、あの頃の私は」
優子の話を聞いて、誠以外の全員が、『ぶっ』と、吹き出してしまった。
「貴重なお話、ありがとうございました。……しかし、このことで、誠殿にも、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
優子の話は、お礼を言って終わったが、付き人の質問は止まらない。全員の興味が尽きていないのだから、仕方がないだろう。
「はい」
「まず、誠殿は、優子殿に覗かれていることに気付いていたのですか?」
「当然です。この部屋でも、初日から何人かの方に覗かれていることには気付いています」
誠の言葉に何人かが、顔を赤くしている。
「なるほど。申し訳ありません。私も覗かせて頂いておりました。……それを思うと、私たちも優子殿と同じようなものであったということでもありますね。優子殿、笑ってしまって、申し訳ありません。
しかし、まだ質問は続けさせて頂きます。優子殿の話に、自分のルールがあるのか、同級生とはしていなかったとありましたが、そのあたりは、どうなのでしょうか? もし、そうなのであれば、どうして、優子殿を受け入れられたのでしょうか? お答え願えますか?」
「はい。同級生に手を付けないのは、自分の周りが騒がしくなるからです。静かな生活を望む私の生き方に反する行為になります。古川さんの場合、手を付けない方が自分の周りが騒がしくなりそうだったからです」
「うわぁ、……なんかいつも通り、ちょっとカッコイイことを言ってますが、物凄く自分本位ですよね。優子殿が少し可哀そうだと思いそうになりましたが、私たちも同じですね。流石です。それでこそ、私たちの誠殿です」
付き人の言葉に、誠以外の全員が頷いているが、これが可笑しいことに誰も気付いていないようだ。集団心理の恐ろしさとは、こう言ったものであろう。
低俗な話が一段落したところで、ソフィアが話を戻した。
「まだまだ続けたい話題ではあるのですが、少し話を戻してもいいでしょうか。
今回の対応で気を付けるべきことがあれば、誠殿にお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。まずは、長谷川くん、彼自身のことを知らなければならないでしょう。元の世界の日本という国は、平等を謳いながらも競争のある社会です。昔にあった身分制度の名残りや近年、競争に勝ち抜いた者など、上流階級と呼べる階層が存在します。彼の家は、昔からある由緒正しい家柄です。それに合わせ、後継ぎである彼に対して、その家の方々は、過度の期待と厳しい躾や教育なども行っていたようです。少し想像も入っていますが、そんな彼は、彼なりに必死に頑張っていたためなのか、取り巻きに煽てられてなのか、プライドが高くなってしまいました。それを誇るだけの実力が彼にあったとも言えます。
そのためもあり、社交の場での振る舞いに自信を持っていたはずです。元の世界でも、今回のような上流社会の社交の場に度々出席したこともあったのでしょう。しかし、元の世界では、成人は20歳です。飲酒は20歳まで禁止されています。そのため、元の世界では、社交の場でお酒を飲んだことがなかったはずです。
今回の失敗は、酒に飲まれたことにあるのでしょう。そうならないように、私は、何度もお酒を飲める場を設けておりました。その機会が生かされず、残念に思っています」
「なぜ、彼の事をそこまで詳しいのか疑問に思いますが、誠殿であれば仕方ないのでしょう。あと、最後の言葉は、彼をバカにしていますよね」
「知っているのは、彼の事だけではありません。話しかけられた事や周りで話されている事は、大概すべて憶えております。こんな事は言うまでもなく、情報収集の基本ですよね。あと、彼をバカしていると言われましたが、実際に、彼はバカでしょう。公爵家に弱みを握られるなど、普通の神経をしていれば、この国で生きていけません。骨の髄まで吸い尽くされることでしょう。しかし、彼は、この国で生きていくしかない。救いようのないバカであることは、子供でもわかります」
「たしかに、情報収集の基本かもしれませんが、誠殿はどこかの諜報員かなにかだったのですか? あと、彼がバカであることは、痛いほど理解できました。我々も、なぜ彼をリーダーに据えたのか、考え直さなければならないでしょう」
「私が情報収集をするのは、事前に起こりうる問題を避けるためです。何度も言っているような気がしますが、私が静かな生活を送るためです。
そして、なぜ彼をリーダーに据えたのか、考え直さなければならない。これが対応の答えです。まだ、利用価値があるでしょう。殺すには惜しい人です」
「同じ世界の人間である彼にもう少し優しくしてあげて欲しいと思う自分と、そんな事をする誠殿は、誠殿ではないと思う自分がいて複雑な気分です。
しかし、もう少し詳しくお願いできないでしょうか」
「前者に関してはコメントを避けさせて頂きましょう。
後者についてですが、彼にリーダーの資質があることは間違いではないでしょう。しかし、果たして、この国に合ったリーダーとしての教育を行っていたのでしょうか。すべてとは、申しませんが、任せていたのではないですか。それだけでは、足りません。
ゆえに、リーダーとしての再教育を彼に施す。もしくは、新たな者にリーダーとしての教育を施す。がいいのではないでしょうか。さらに付け加えるのなら、魔王討伐特務隊の部隊で考えると7人のリーダーがいるはずです。その者たち全員にリーダーとしての教育を施すべきです。この国の怠慢です。
ちなみに、私は、この国のリーダーとは、どういったものか知りません。3役の方を見てると個性がありますので、いろいろあるのではないでしょうか」
「なるほど。教育が足りないということもありますが、1人に決めるのは、まだ早いと言っておられるのですね。ありがとうございます。それと、1つだけ確実なのは、誠殿は、この国から見ても、リーダーとして申し分ないと言えます。
さらに付け足すようで申し訳ないのですが、ちょうど、話がでましたので、健二殿以外の勇者候補の社交の場における対応もお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「一人一人話すと時間がいくらあっても足りませんので、その他大勢として、話させて頂きます。
残りの彼らは、いい意味で臆病です。これが、日本人の気質であると言われるとその通りなのですが、社交の場に慣れさせると調子に乗る可能性が出てきます。そうなれば、問題を起こす可能性が跳ね上がります。常に緊張感を維持させることができれば、大きな問題を起こすことはないでしょう。
あとは、男の勇者候補による女性問題でしょう。これは、長谷川くんも同じです。彼ならもう1度くらいやるかもしれないですね」
「なるほど、その通りなのかもしれません。口では冒険者になりたいと申していた者たちも、この城から一度も逃げようとしたことがありません。緊張感を持たせるために、できる限りことを致したいと思います。
あと、女性問題ですが、誠殿と比べて、健二殿を含む男性の勇者候補たちは、女性に対して真摯であると報告を受けているのですが、その辺りは如何でしょうか?」
「少し言葉に棘を感じますが、概ねその通りです。この国と違って、日本という国は、男女の間においても平等を謳っておりますが、女性が上位なところが多々あります。そのために、女性に対して真摯な行動を取ることを美徳としています。娼館への対応を見てもらえればわかると思いますが、こちらがお膳立てしているにも拘わらず、参加しない者もいます。これは、女性を神聖化している者もいますが、娼婦である彼女らは、本人が望む望まないは別にして、商売で体と売っているにも拘らず、欲望があるのに周りから不徳であると思われるのを嫌い参加しない者もいます。実際、古川さんも、娼館へ通う男を汚らわしいと感じているのではないでしょうか。如何ですか?」
「えっ、私!! 娼館って、風俗のことよね。たしかに、そのことには、否定はできないわ。だからこそ、横田くんが、彼らに、娼婦を斡旋するようなことまでしていたことに、びっくりしているわ」
優子は、誠に話をいきなり振られ驚いたものの、自分の考えを素直に答えた。
「これが、一般的な日本の女性の考え方です。そして、私が、彼らに、娼婦を斡旋しているのは、女性問題の対応のこともありますが、この城内で性犯罪でも起こされたら、困るのは私含むそれ以外の者たちです。それで待遇が悪くなったら堪らないですよね」
「たしかに、その通りなんだけど、日本ではそこまで心配するほどではなかったわよね。私が可笑しいの?」
優子は、自分の考えを話しているのに、周りの反応が悪いことに気付き、最後には不安になってしまった。
「いろいろ可笑しいです。まず、ここは日本ではありません。それに彼らは、元の世界ではなかった高い身体能力とスキルを持ち、万能感に包まれている可能性が極めて高いです。暴走する可能性が日本にいた時よりもかなり上がっています。さらに、古川さんは、男子高校生の性欲をわかっていません。
今の話に加えてもっと大きな問題もあります。古川さんも含めてほとんどの勇者候補が気付いていませんが、この国は、かなり男性上位の国です。言ってみれば、身分が同等以下の場合、男性が無理やり女性を襲ったとしても、女性は泣き寝入りになることが多いです。
逆に言えば、これを知らないのが問題です。そこに付け込まれるとどこの誰ともわからない者に引っかかって、結婚させられることもあるかもしれません。これを知っていれば、簡単に跳ね除けることができるにも拘わらずに、です。
しかし、このことで気を付けなければならないのが、自分よりも身分が上の女性に手を付けた場合です。この場合は、相手の言いなりになるしかありません。長谷川くんがこの状態です。
ちなみに、この城内にいる女性は、侍女の方も含めて、貴族の子女であることが多いので、大概の方が勇者候補たちよりも身分が上です」
「なるほど、凄く良くわかったわ。私は、かなり危なかったのね。あと、横田くんはいいの? でも、倫理観の高い元の世界でも同じだったわね」
優子はそう言って、周りを見渡した。
「古川さんが危ないのは間違いありません。しかし、この国の宰相閣下を始め勇者関連に携わっている人は、女性の勇者候補に対して、かなり気を使ってくれています。これは僕が助言したわけではなく、始めからです。ですから、同級生も含めてそれ以外の男性には、気を付けてください。
あと、僕に関してですが、元の世界でも、この世界でも、人は常に倫理観に縛られているわけではありません。時には、倫理観から踏み外してみたくなってしまうものなのです。僕の場合は、所謂、火遊びと呼ばれるものです。古川さんならわかるでしょう」
「いつも通り、悔しいけど、言い返せないわ」
優子の言葉に、誠が以外の全員が頷いている。実際のところ、ちょっと本気の者も居たが、誠にこう言われると、言い返せないのである。これも集団心理の一種であろう。
「話を戻します。男性の勇者候補たちは、女性に対して、真摯であると報告を受けているようですが、今、話したように、彼らは、この世界の倫理観について知らないのです。何かのきっかけで崩れる可能性があると考えておいてください。そうなると、問題は起きるでしょう。これも、しっかりとこの世界の倫理観についても教育しておくべきでしょう。
正直なところ、こんなことをわざわざ、改めて私が言うことでしょうか。良く言えば、私たちのことを信用してくださっているように思いますが、過大評価はいけません。この国では15歳から成人ですが、私たちの国では、20歳から成人です。私たちは、自分でもどこかで子供であると無意識に甘えています。この辺りが大きなズレなのかもしれません」
「なぜか、宰相閣下よりも大人に感じる誠殿のどこが子供として甘えているのか気にはなりますが、言われていることには凄く納得できました。ありがとうございました」
ソフィアが最後に締めたが、誠以外の全員がまた頷いていた。




