深夜の会議5
魔王討伐特務隊の出発を見送った後、いつもの5人が深夜の会議をしていた。
「皆様、申し訳ありません。私の見通しが甘かったようです」
宰相の謝罪から始まった。
「これは、宰相1人の責任ではない。宰相もわかっておるだろう。領都が最善であることは、今も変わっておらん。問題は、貴族に対する防衛策を打っておらんかったことだ。誠殿もそんなことは百も承知で言っておるのだろう。でなければ、彼は、領都に決議される前に手を打っておる」
魔導士団長からフォローが入った。
「勇者候補も含め、すべてが上手く回り過ぎて、過信しておりました。しかし、このタイミングで、彼が言い出したことに意味があるのでしょう」
宰相は、魔導士団長の言葉を受け、話を前に進め始めた。
「本当に、1人を選んで、33人を処分するのですか? 元々、彼は、勇者候補の命を守る言動を取っていましたよね。同じ異世界人ですし、彼は、本気で言っているわけではないですよね?」
古狸たちの傀儡であるメアリーは、これを確認せずにはいられない。
「彼が勇者候補の命を守る言動を取っていたのは、使えるうちは安易に殺すなと言っていただけです。彼は、自分以外の命に執着はありません。
たしかに、今すぐ殺せと言っているわけではないではないでしょう。使えなくなれば、殺せと言っているように思われます」
宰相は、誠の言葉を上手く利用している。誠も宰相にこれくらいのことをやってもらわないと困るのだが。
「使えないとは、具体的にどういったことなのですか?」
どうしてもこのことを回避したいメアリーは質問を続ける。
「立場によって変わります。私たちの場合、勇者候補にはこの国ために行動してもらわなければなりません。ゆえに、一個人や一貴族、他国など、この国以外のために行動を起こすと使えないと言えるでしょう。
しかし、誠殿の場合は、彼の命を守るための盾としての利用価値がなくなれば、使えないと判断するでしょう」
「では、彼の命の保証さえすれば、気にしない可能性があるということですか?」
「どうやって命の保証をするのですか? 彼は常にあらゆる者の反感をかっています。それは、彼自身が一番良くわかっているのでしょう。彼は、魔術の鍛錬のために訓練場に行くことはあっても、それ以外では、部屋からほとんど出たことがありません。この世界に召喚されてから9ヵ月、彼は一度も王都の町に出ていません。はっきりと申し上げますが、王族の方々よりも徹底しています」
「彼は、なぜ、そこまでするのでしょう?」
「彼は、自分の危険性ついて、誰よりも知っているからでしょう」
「誰よりも知っているとは、どういうことですか? 彼は常に監視されているのですよね。彼に入る情報はすべて検閲され、彼の言動もすべて確認されているのですよね」
「彼は部屋から出ませんから、そう言った部分では、かなり楽な人間です。しかし、彼は同じ情報を見ても、人と見えているものが違います。そして、自分の言動が人やこの世界にどのような影響を与えるのか、常に予測しています。その予測までは、誰にも見えません。以前にも良いましたが、謀略家とはそういうものです」
「じゃ彼をコントロールすることは、不可能ではないですか?」
「そんなこと始めから、誰もしようと思っていません。いえ、できないだけです」
「えっ!!」
メアリーは、自分が考えもしなかった答えを聞いて、驚いて止まってしまった。
「彼にお願いしたのは、勇者候補のコントロールをすることです。彼に、私たちの思い通りに動いてくださいとはお願いしていません」
「なぜ、しないのですか?」
メアリーは、何とか話を否定しようするが、宰相の説明がたんたんと進む。
「しても意味がないからです。彼に、私たちの思い通りに動いてくださいと言えば、『はい』、もしくは、『しています』と答えます。実際に、私たちから見るかぎり、彼は私たちの思い通りに行動しています。しかし、本当にそうであるのかは、彼しか知りえません、彼はそういう人間なのです」
「そんな彼を、この王城内に置いていいのですか?」
「殿下の仰せになりたいことはわかります。しかし、もう遅いです。彼は、城内にいる文官、武官からの信頼は、城内で一番厚いでしょう。彼が今、居なくなれば、王城内だけでなく、国内の政務がしばらくの間、機能しなくなるでしょう」
「そんなことになっていたのですね。……でも先ほど、宰相は、彼はあらゆる者から反感をかっていると言っていましたよね?」
「はい、たしかにそう申しました。しかし、彼はあらゆる者から好感もかっています。だからこそ、反感をかうのです」
「じゃ、どうすればいいのですか?」
「どうすることもできません。さらに彼は国内の商会を掌握しにかかっています。彼の今までの言動から考えれば、国内だけで終わることはないでしょう。彼が、今日、この話をした言うことは、もう目途はついていると言うことでしょう」
「どうして、今まで気づけなかったのですか?」
「余剰資金を金利も含め回収できるところに貸し付けることは、余剰資金のある人間なら誰でもやっていることだから、です。そして、彼は、国が定めた金利で貸し付けていますので、何も言えません。
しかし、彼が、他の者と違うところは、彼と取引のある商会に横の繋がりを持たせ、人や物の融通をさせているところです。彼は、グループ形成という言葉を使っていましたが、この世界では行われておりません。異世界では当たり前のことなのでしょう」
「なんとかならないのですか? 今日、来ていた商会を潰すとかできないのでしょうか?」
メアリーは、誠に、なんとも言えない恐怖を感じ、物騒ことを言い始めた。
「気持ちはわかりますが、もう手遅れでしょう。今日、来ていたミザリー商店のような商会は、国内に分散されており、さらに、資金も店舗ではなく、国内の融資先に貸し付けとして分散されていることでしょう。彼は、一つの商会を潰されても、痛くも痒くもないでしょう。
よく考えられています。彼の資産は、今現在も、ものすごい勢いで増え続けていることでしょう」
「そんなのどうやって止めればいいのですか?」
「おそらく、彼が死んでも止まりません。彼は、そういう流れを作っただけで、紙に書かれた数字を見ていただけなのでしょう。だから、こちらが予測できないほどの資産を持っているにも拘らず、白金貨を見たことがなかったのでしょう」
「なんか、彼が魔王であると言われても、信じてしまいそうです」
「はい。私も同感です。できることなら、誰も、彼に敵対しないで欲しいですね。……では、彼については、この辺りでよろしいでしょうか。話を戻したいと思います」
この後は、勇者候補のこの国の社交に対する注意事項が話されるのに留まった。もちろん、今まで、まったく行われていなかったわけではない。まだ、安心できる水準に達していなかっただけである。だからこそ、問題なのだが。ここにいる、すべての者が思ったのは、誠なら、社交の場に出ても、問題にならなかったであろうということである。




