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魔導剣術の誕生

 勇者の町建設計画が動き出して、3ヵ月が過ぎた。誠たちが、この世界に召喚されて、7ヵ月。勇者候補もフリット王国の人も、それなりに慣れてきた今日この頃である。

 この計画は順調に進んでいるが、最初の勢いは落ち着きを取り戻し、すべて人がそれぞれに自分の思惑で動き出す頃であろう。


 そんな状態でも、誠の鍛錬は続いている。魔術に関しては、訓練場にいる限り、基本4属性である火、水、土、風の小さな球体が、自由自在に誠の周りを飛び回っている。師匠の話では、この制御を高い水準で維持できなければ、他の属性である光、闇、氷、雷、時空などの属性を使うことができないらしい。先天スキルとして、生まれ持っていれば、基本4属性を使えなくても、これらの属性の魔術を使えるようになるようであるが、もちろん、誠には、そんな都合いいスキルはない。努力するしかないのだ。

 しかし、この段階までくると、今のエルフやドワーフ、魔族ですら、できないのではないかと思われる。そんな状態にあるので、魔導士団の人々も、誠がどこまでいくのか、ただ見守っているだけだ。

その魔導士団の人々は、誠の仮説によって、魔術に少し改善が見られ、そちらに集中しているので、誠に気を回す余裕がないとも言える。どちらにしても、誠に感謝していることに変わりはない。


 全力疾走の維持も、4種の魔術を制御したまま、2時間耐えることができようになったところで、剣術の鍛錬も始まっていた。

 師匠の剣術は、凄く単純であった。どんな体勢からでも、どんな向きへも、剣を全力で振れるようになることであるようだ。そのための柔軟であり、そのための下半身強化であったようだ。基本は8方向、縦、横、右斜め、左斜め、上から下へ、下から上へ、剣を振ることである。その剣の振り方は、騎士であるジュリアに教わったのだが、今は、その振りを体に馴染ませている段階である。


 普段は治癒院へ行くため、この場にはいない優子が、珍しく顔を出し、誠の鍛錬風景を見ていたのだが、


「横田くん、それ、横田くんに合ってないんじゃない」


 誠の鍛錬を否定し始めた。その言葉に、師匠は少しムッとしている。


「どういうことですか?」


「なんとなく、横田くんがやろうしていることは、わかるわ。たぶん、それ、強者の剣よ」


 誠には、まだ理解できないが、優子の言葉に、師匠は満足しているようだ。


「もう少しわかり易くお願いします」


「たぶん、それ、向かい合って戦うため剣術よね」


「剣術とはそういうものではないのですか」


「でも横田くんの運動能力は、この世界で言えば、一般人よりちょっとマシと言ったところでしょ。たぶん、この世界の戦士には、誰にも勝てないわよ」


「はい、納得できました。しかし、どうすれば、いいのでしょうか?」


「この世界に通用するのか、責任は持てないけど、考え方を変えれば、何か見つかるんじゃないかな。

 私が習っていた剣術は、戦場で生き残るための生存術みたいなところがあるの。理想は、相手に気付かれず、後ろから、急所を斬る、突く。これが理想ね。でも、なかなか実現は難しいわね。

 そこで、相手が1拍で攻撃できず、自分が1拍で攻撃できる場所に立つことが、大事なってくるの。わかり易く言うと、横田くんは関節が柔らかいけど、構えた状態から、体の横や後ろには、1拍では剣を振れないないでしょ。だから、相手のそういう場所に、動き続けることが大事になってくるの。

 これが、弱者の剣ね。こういう事を考えておかないと、横田くんが剣を抜いて戦う時点で、確実に死ぬわよ」


「まだ、僕は剣を振る段階にないということですね」


「剣を振れないと、剣術にならないから、振ることは大事なんだけど、剣を振れるからと言って戦えるわけではないということね。

 だいたい、横田くんは魔術が凄いんだから、魔術を鍛えればいいんじゃないの。離れたところから撃てば、安全よ。元の世界でも、銃に、剣では勝てないわ」


「なるほど、少し考えてみます」


 誠はそう言って、動きを止め、目を閉じて黙ってしまった。


(師匠?)


(ああ、……弱者の剣か。考えたこともなかったな。俺は強者だからな。しかし、その娘が言ってることは、理に適っている。少し待て。スピリット・ネットワークで検索してくる)


(はい。お願いします)


 誠が、閉じた目を開いたところで、優子が声をかけた。


「横田くん、どうしたの?」


「少し考えていました。まだ、決めていませんが、考えが纏まるまで、走ってきます」


 誠はそう言い残して、走り始めた。


(よし。お前の育成方針が決まった)


 少し走っていると、師匠から声がかかった。


(弱者の剣を使える人が居たのですか?)


(暗殺者が居た。そいつの話では、気配を消して、相手の自分の存在を隠すのが基本らしい。しかし、お前の気配は濃い。きっと、お前は、元の世界では、強者だったのだろう。だから、お前が気配を消すことは無理だ。

 そこで、俺は考えた。転移すれば問題ない。剣を振り被った状態で、相手の後ろへ転移し、剣を振り下ろす。どうだ、完璧だろ。だから、お前は、転移魔術を覚えろ)


(しかし、基本属性以外の属性は、お前には、まだ早いと言っていたのは、師匠ですよね)


(いや、あの時とは、状況が変わった。お前の剣術には、転移魔術が必要だ)


(それは、もう剣術じゃないですよね)


(では、魔導剣術と名付けよう)


(今、決めましたよね。それはいいのですが、私に転移魔術を覚えることができるのですか?)


(できる。もう基礎段階は終わっている。しかし、お前の成長が早過ぎて、悔しいから教えてなかっただけだ)


(覚えることができるなら、構いませんが、無駄ではなかったのですよね)


(当然だ。基礎は、いくらやっても足りん。お前は死ぬまでやれ。いや、死んでからもやれ)


(はい、お願いします)


(お前、流しただろ。まぁいい。お前は、転移をしたことはあるか?)


(ありません。勇者召喚は違いますよね)


(ああ、違う。あれは、召喚だ)


(簡単に言えば、基本4属性と同じだ。転移したときの感覚を再現できれば、転移魔術が使える。しかし、今の時代では、転移を行えるものはいない。そのため、転移魔術陣を使う。それを使って、転移を繰り返せば、転移の感覚が身に付く。あとは、イメージだけで再現できれば、完成だ。

 そして、転移魔術陣は、基本4属性を使って描かれている。なので、お前でも描くことができる。今から転移魔術陣を伝えるから、お前が描け)


(……師匠、これは、無理です。複雑過ぎます)


(当然だ。転移魔術陣は、高度な陣だ。しかし、これでも、俺が、簡略化したのだぞ。昔は、もっと複雑だったのだ。仕方がないな。氷から始めるか。氷は、水と火だ。陣を伝えるぞ。描け)


(はい)


 こうして、誠の魔術陣の鍛錬が始まった。誠の魔導剣術への道も、まだまだ遠いようだ。




 誠が剣術に行き詰っている間も、この世界は、動き続けている。王城の会議の場では、新たな問題に、参加者が熱くなっていた。


「ですから、最初の拠点は、魔の領域に一番近い村で、いいではありませんか」

 

「お前こそ、何を言っているのだ。親衛隊の方々に、そんな村でお過ごし頂くわけにはいかないだろう。ここは、領都で、お体を休めて頂くのがいいに決まっているだろう」


「ですから、まだ時間があるので、今から村を整備すればいいと言っているのです」


「そんな予算はどこにあるのだ」


「それ言うなら、移動時間と距離のことを考えれば、そちらの方が、経費がかかるのは、目に見えています」


「お二人とも、熱くなり過ぎです。ここは、間をとって、どちらにも交通の便がいい、この町は如何でしょうか?」


 勇者候補の最初の拠点を選ぶのに、それぞれの者がそれぞれの思惑を持って熱くなっている。まだまだ、勇者は金のなる木だと思っている人は多いようだ。

 例えば、村の場合。村には、新たな施設が作られるだろう。それを作るためには、労役という税の名のもとに、村人が強制的に働かされ、その施設の維持費も勇者候補が去った後には、村で賄うことはできないだろう。

 次に、領都の場合。勇者候補が来るとなると、領主主導で歓待しなければならない。そこで、他の領主に負けるわけにはいかない。そうなると莫大な費用がかかるだろう。それによって得られるのは、あるのか、ないのか、わからない、勇者候補との繋がりと名誉のみである。

 他の町でも同じだ。どれをとっても長い目で見れば、赤字しか残らないのに、どうして、皆、拠点になることを求めるのだろうか。誠がこの会議を見れば呆れるだろう。実際、スピリット・ネットワークを使っていつでも見ることはできるのだが、興味がないので、見ていないだけだ。

 しかし、宰相にとってはいい流れだ。拠点を取り合ってくれて、上手く運べば、その者たちからの持ち出しを多く引き出す事ができる。それによって計画の予算を削減できるのだ。悪い話ではない。道の整備も順調に進んでいる。この調子でいけば、計画の前倒しも可能なってくる。宰相にとっては、何もかもが上手く回っている。そんな状況であった。



 宰相が上手く回している影で、自分たちの思惑ために動いている者たちもいる。


「おい、恵美はどうなっている。取り込みは進んでいるのだろうな。あの女、歳は入っているが、見た目は悪くない。ワシが直々に教育を施してやろう」


「閣下、もう暫くお待ちください。他国侵略への参加を匂わせ、不安を煽っているところです。このままいけば、恵美殿だけでなく、それに賛同する勇者候補も一緒に引き抜くことができるでしょう」


「ほぅ、たしか、他の者は16か17だったか。なかなかいいのではないか。ついでに、ワシが面倒を見てやろう」


 中には、こんなバカもいる。他の勇者候補が女であるとは誰も言っていない。まぁこの閣下なら、男でも行けそうだが……。



 そして、他国では、


「どうしたのだ。何か問題でもあるのか。順調であると報告は受けているのだが」


「なんとも気持ち悪い感じがするのです。フリット王国に、忍び込ませている内通者や諜報部員からの情報が操作されているような気がします。もちろん、情報が正しいことは確認済みです。しかし、上手く行き過ぎているというか、誰かの手の上で踊らされているような気がするのです」


「それは、考えすぎではないのか。あの国にそんなことが出来る者がいるとは思えん。勇者の力に、その者の智謀が合わされば、我が国では、もう手は出せないではないか」


「いえ、今のところ。情報が操作されているであろう場所は、王城内のみです。間もなく、勇者たちが拠点を移すようなので、そこで、もう一度、手を打ち直すというのはどうでしょうか?」


「私たちに失敗は許されん。お前の感覚を信じて、策を組み直すのがいいだろう」


「はい、ありがとうございます。指示を出し直しておきます」


 このように、誠の情報操作に気付きそうな者もいる。なかなか侮れない敵も混じっているようだ。


 玉石混交。こんな敵を相手に誠は戦い続けているのだ。これもすべては、自分の異世界快適生活のためである。



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