黒髪の聖女様と勇者の町
メアリー王女親衛隊である勇者候補たちが、初の実戦訓練を終えて、3ヶ月の時が過ぎた。勇者候補たちは、順調に職業レベルを上げているようだ。
そして、誠の部屋で、過ごすようになった古川優子も順調に成長している。彼女は、最初に誠の部屋に訪れたシスターであるカミラに師事し、治癒術を身に付けてからは、毎日、教会の治癒院へ通い、王都の住民たちの治癒を行っていたのだ。その結果、治癒術のスキルが生え、2次職である治癒術士へ転職を成し遂げることができていた。
さらに、王都の住民たちから『黒髪の聖女様』と噂されるほど、人気も出ている。そんな聖女様が、誠のハーレムメンバーの1人であるなど、住民たちは露ほども考えていないだろう。
誠と一緒の湯船に浸かった、その淫らな黒髪の聖女様は、
「ねぇ、今、変な事を考えていたでしょう?」
第6感も順調に成長しているようである。
「はい」
「はい、じゃないの!!」
どれだけ時が経とうと誠は平常運転のようだ。
「はい。転職、おめでとうございます」
「ありがとう。……違うの!! いや、違わないけど、もういいわ。……ところで横田くんは、転職しないの? なんか国で用意してくれるって言われているのでしょ?」
「はい。忘れてました」
当然、忘れていたわけではない。能力値を抑えるためのデバフに、まだ自信が持てないだけである。
「それ、噓でしょ」
どうも、誠と肌を重ねた女性たちの誠に対する直感が鋭くなっている。女性は、肌を重ねた相手の心が読めるということが実証されつつあるようだ。
「嘘ではありますが、気にしていないのは本当です」
「少しぐらい気にしなさいよ。毎日、あれだけ鍛錬しているのよ、強くなりたいとは思っているんでしょう。それに、私たちは、常に身の危険に晒されていると言ったのは、横田くんでしょ」
「なるほど、僕のことを心配してくれていたのですね」
「違うわよ……いや、違わないけど……」
優子はそう言って、赤面して俯いてしまった。
「心配はいりません。僕の周りには、3次職の方が、常に何人いると思っているのですか」
「それは、強くなると女性の数が減るから、弱いままでいるってこと?」
「それは、嫉妬ですか」
「違っ!! べ、べつに、私が横田くんの特別に……」
「言葉には、気を付けた方がいいですよ。この浴室に向かって、殺気が流れ込んで来そうです」
やはり、誠に関しては、みんな直感が鋭くなっているようだ。 『抜け駆けは許さない』 誠の部屋での暗黙のルールであるが、それに対する制裁は、苛烈なものになるであろうと予想される。
その夜、誠の部屋に宰相が訪れた。相手が宰相である。リビングや執務室というわけにもいかず、珍しく応接室で対応することになった。
「こんな夜分に、申し訳ありません」
宰相から言葉が始まった。
「閣下もお忙しいでしょう。お声をかけて頂ければ、いつでも参上致します」
「固い話であれば、そうして頂くところですが、今日は、雑談兼ご相談という形で参らさせて頂きました。お酒も持参致しました。良ければお付き合いをください」
「はい。お付き合いさせて頂きます」
誠の答えを合図に、入り口付近に控えていた執事が、ワゴンに乗せられている酒や料理を誠と宰相の間のテーブルに並べ始めた。
乾杯の後、軽く雑談は入ったものの、誠が相手では時間も稼げない。宰相は諦めて本題に入った。
「今すぐにと言う訳ではないのですが、勇者候補の実戦への投入を考えております。こちらで立てた計画は、見て頂いているとは思いますが、この計画は、勇者召喚の前に立てられたものです。見直しの必要性を感じているのですが、我々でだけでは、案が出尽くしている感が否めません。そこで、誠の知恵をお借りしたいと思い、今日、伺った訳です」
「なるほど。……基本的には、勇者候補次第ですので、あの計画自体は間違っていないと思います。これでは、話が終わってしますので、私が計画を組むならという形で話させて頂きます。かなり初期投資が必要になりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。酒の場の話であると、考えて頂いても構いません。国政批判も聞き流すつもりで参りました。よろしくお願いします」
「当然、国政批判などするつもりはありません。しかし、勇者に集る虫に関して、批判も口にするかもしれませんが、笑って広めて頂いても構いません」
「なかなか興味深いことを仰せられますが、何かお考えあるのですか?」
「あの計画でもそうなのですが、勇者が金のなる木であるとでも勘違いしている方が居られるようです。勇者候補は、高価ものを消費しますので、中には儲けている人はいるかもしれませんが、国全体で考えれば、存在するだけで赤字が嵩んでいるだけです。そのことについて、閣下がこの国で一番頭を悩ませているのではないでしょうか」
「まったく、その通りです。ご理解ありがとうございます。それに改善案をお持ちであると考えてもよろしいですか?」
「はい。しかし、このことに関しては、国全体で意識を変えてもらい、閣下はもちろんのこと、みなさんでも考えて頂きたいと思っています。私はそのきっかけを作るだけであると思っています。
では、始めます。まず、あの計画で気になったのが、移動距離の長さと移動回数の多さです。王都を中心に考えたいという心理はわかるのですが、王都へ帰り過ぎです。極端な話、計画が始まれば、魔王討伐が成功するまで、王都に戻さなくていいのではないかと考えています。政治的な利用を考えた場合、無理な話ですが、それ以外では、必要はないでしょう」
「そのとおりです。その話からすると、魔王討伐に向けて、勇者候補の拠点を移動させていくということですね」
「はい。さらに、最終拠点として、魔王が住む魔の領域の直近に前線基地を設けて頂きたい」
「前線基地ですか。国境にある砦とかと同じと考えていいですか?」
「それよりも、もう1歩進んだ形で一種の町を作って頂きたいと考えています。その町の住民ですが、まず、勇者候補を含む魔の領域で戦闘を行う者たちである戦闘員とその家族です。次に、その戦闘員とその家族に対して世話する者と商売をする者。次に魔の領域から取れる資源や素材を加工する者。その加工したものを仕入れる者。それらに対して、娯楽を与える者。基本はこのあたりです。こんな町に住みたい者は住ませればいいと思います。この町の基本産業は、魔王が住む魔の領域から取れる資源と素材、そして、娯楽であると考えています」
「かなり期待の持てる話なのですが、娯楽は産業になるのですか?」
「意地でも発展させたいですね。この町の中心は戦闘員です。娯楽が発展すれば、この町を離れたくなくなります。そのためにも、元の世界の娯楽を再現したいと考えています。もちろん、再現するのは、生産系の勇者候補です。仮説トイレもかなり好評のようですから、期待が持てると考えております。あと、国内外からも加工品を仕入る新規の商人が来ることが予想できますので、販売できる娯楽は、販売してしまえばいいのではないでしょうか。
娯楽、特にギャンブルは、当然のこと、他の商店に関しても、初期投資の採算が採れるまでは、国営にて行います。その後の管理、運営は貴族なり商会に払い下げてもいいのではないでしょうか」
「素晴らしい構想ですね。もう少し詳しくお願いします」
「まず、この構想を成功させるために必要なのが道です。この町の予定地から王都まで、今は、馬車で半年かかります。遠過ぎです。道の整備が進めば、かなり時間を短縮できるでしょう。この構想を知れば、どこの貴族でも、人と金をいくらでも出してくれるでしょう。出し渋るところは、道を避けてやればいいです。そのおかげで通る隣の領地は喜ぶでしょう。実現後、その出し渋った領主は泣いて謝って来ることでしょう。整備された道は、決して無駄にはなりません。いくらでも、各領主に作らせればいいです。
あと、道に関しての問題は、各領地で自由に掛けられている関税ですね。この機会に、どこまで国で管理できるようになるか閣下次第であるというところでしょうか」
「きっちり私の宿題まで用意して頂いていますね。しかし、これは、ぜひとも使わせて頂きたい話です。それに整備された道ができれば、町の建設も容易かつ安価で済むだけでなく、建設後の町の活性にも役立つわけですか」
「はい、そのとおりです。あと、出資者を募る話なのですが、まず、町名を『勇者の町』とします。これは、冒険者ギルドからできるだけ多くの出資を募るためです。この話は、冒険者ギルドが喉から手が出るほど、参加したい話でしょう。だからこそ、向こうから頭を下げてくるまで様子を見ましょう。
あと、できれば他国からも出資を募りたいところですね。優先的に素材を卸すなど、理由を付けても無理でしょうか」
「他国に関しては賛同を得るために越えなければならない壁がたくさんありますが、考える余地はあります。しかし、誠殿は、始めに、かなりの初期投資が必要だと言っておられましたが、本当に初期だけなのですね。それに、勇者を使った経済の活性化がメインの話なのですね。この話を聞くと、本当に魔王討伐は必要なのかと考えさせられますね」
「そんなに簡単には、魔王討伐は無理でしょう。できるのであれば、勇者召喚など必要ないのですから」
「まったく、そのとおりです。誠殿を召喚してしまった我が国としては、申し訳ない話なのですが」
「閣下も知っての通り、私は、今のところ、この世界を満喫しております。そうでなくても、無理なら無理なりに生きていける人間です。ご心配なく」
「そう言って頂けると助かります。しかし、この構想は、完成されていると言っても過言でないと思うのですが、いつから、このような事を考えておられたのですか?」
「いつからと言われると初めからと答えます。私の構想では、この勇者の町は取っ掛かりです。これを利用して、国の発展まで繋げたいですね。魔術がカギになると考えています」
「そこまでお考えでした。しかし、誠殿なら大陸制覇まで考えていそうで怖いですが、魔術がカギというのは、どういう意味でしょうか」
「魔術だけではないのですが、この世界の職業の転職やスキル、魔術は、基本的に戦闘のためにありますよね。今の話で言えば、道や町の建設に、この力を転用できないかと考えています。これが実現できれば、かなりの時間と共に費用を減らすことができるでしょう。さらに、これを実現するためのカギは、勇者候補にあると考えています。自分たちの町を作れと言えば、手伝うのではないかと考えています。それを切っ掛けに、この世界の人の意識も変えることができかもしれないと考えています。私からの話は、以上です」
「そこまで、お考えでしたか。それにしても、本日は、興味深い話をありがとうございました。この国が、まだまだ発展できると再認識させて頂けました。こんな気持ちになれたのは、私が宰相になる前の話です。宰相になり、現実が見え、壁にぶちあたり、現状維持をするのが精一杯であった私が情けないですね」
「それに関しては、外から来た私だからこそ見えたこともあるでしょう。そして、私では見えていないこともあるでしょう。この構想を利用されるのも、されないのも、決めるのはこの国の人たちです。もし、利用される場合も、この国に合った形に変えるのは、この国の人たちです」
「そう言われると私たちが頑張るしかないですね。本日は、ありがとうございました。また、ご協力お願いします」
こう締めて、宰相は機嫌良く帰っていった。
誠にとっても、宰相は、いいタイミングで来てくれたのである。これの実現には時間がかかる。早く取っ掛かりをつくりたかったのだが、宰相に伝えることができて、少し肩の荷がおりたのである。しかし、誠の異世界快適生活への道はまだ始まったばかりである。




