深夜の会議4
初の勇者候補のための実戦訓練が終了した翌日の深夜、いつもの5人による会議が行われていた。
「今回の実戦訓練自体は、概ね、問題はなかったと報告を受けているのですが、……騎士団長、何か付け加えることは、ありませんか?」
宰相から騎士団長へ話が振られた。
「私も訓練に同行しましたが、報告するような問題は起きませんでした。あと、仮設トイレは、いいですね。数に限度がありましたので、上の者しか利用していませんが、評判は上々です。早く量産化されることが望まれていることでしょう。
あと、気になったのが、こちらに戻ってからです。勇者候補だけでなく、騎士や兵士まで、慰労会に参加させて頂いたのですが、出発時点での計画にはありませんでした。言われた通り、騎士や兵士には、今回は特別であると伝えてはあるのですが、予算など問題なかったのか、心配しております」
騎士団長は、いくら喜ばしいことでも、計画にないことをされては、予算がいくらあっても足りないと言っているのだ。
「この件に関しては、誠殿に一任しました。出発前日に、勇者候補から要望が入ったようです。その正当性を誠殿が認められ実現したので、当初の計画に付け加えられる形になりました。それを承認したのは、私です。当然、彼が捻出した予算から行われたことです。それほど、彼が削減した経費が大きかったということです。」
「それほど、経費が削減されていたのですか、どちらかというと普段よりも快適であったのですが」
「彼が手を付けたのは、今回の物資の購入先である商会です。当初、彼の予定では、少し様子を見ようとしていたそうですが、軽く脅すと動き活発になったので、行けると判断し、怪しい商会はすべて変更したと報告を受けています。
それに繋がるのが、昨日の貴族のパーティでの襲撃事件です」
「なるほど。なぜ、誠殿が警備計画の見直しを行っていたのか、疑問に思っていたのです。あの子爵が、変更後の商会を取り仕切っていたのですね」
「そういうことです。あの古狸どもの報復も見事に失敗に終わったのですが、誠殿の警備計画で、何か……」
「おい、宰相!! お前も、その伝統と格式のある貴族様の一人だろうが」
宰相の言葉を遮って、魔導士団長が言葉を投げつけてきた。
「私は、あの者たちのような汚職がらみの利権を貪るようなことは致しておりません」
「そんなことは、わかっておる。お前も、そこを突付けと言っておるのだ」
「申し訳ない。私一人であれば行えるのですが、私の家名は、私には重すぎます」
宰相は、自分1人の行動で、自家を没落させるわけにはいかないと嘆いているのだ。宰相の言う古狸どもは、それだけの力を持っているということでもある。
「しかし、大丈夫なのか。この問題を彼一人に任せても」
「報告を聞く限り、彼は、正義の味方でも、潔癖でもありません。関係各所から金品を平気な顔をして受けて取っております。そして、彼は、自分が思うように改革を進めますが、そのおかげで、利益を得たものは、賄賂が上手く働いたと考えるでしょう。不利益を被ったものは、賄賂が足りなかったと考えるでしょう。悪い意味で、この国の伝統と格式に則っているように、傍からは見えるのではないでしょうか」
「なるほどな、恐い奴だな。それに、勇者関連と言えば、新規事業とも言えんこともない。彼が新しい利権を作っているようにも見えるか」
「その通りです。彼は上手くやっているようです。そこに関係もあって、彼の警備計画が気になるのですが、どうですか?」
ここで、騎士団長に話が戻った。
「どうかと聞かれても、目新しいものは確認できていません。彼が、行ったことは、警備に薄いところを作り、犯人にそこを襲撃させたという単純な罠です。ただし、事前に担当兵士の実力を確認し、効率良く配置しています。期間も短かったようですし、予算も決まっています。その中で、最善を尽くしたのでしょう」
「後から聞くと単純なんですが、やられた方は堪らないでしょうね。当然、実行犯に、主犯に繋がる手掛かりはありませんよね」
「はい、今のところ、全くありません。見つかることもないでしょう」
この話は、一段落といったところで、メアリー王女から声が上がった。
「あの、彼に、その新しくできた利権を渡してしまっていいのですか?」
王女には、新しい取り巻きができたようだ。今回は、古狸どもの代弁者を演じるようである。
そんなことは、百も承知の宰相は、
「渡すもなにも、彼には、利権は発生していません。そう傍から見えるだけです」
「でも、金品を受け取っているのですよね」
「金品とは言っても、これは挨拶の品です。聞いても、彼も含め誰も賄賂だと答えないでしょう。
賄賂いうのは、今回の場合、彼の改革よって、訓練の参加者、もしくは、国庫が不利益を被り、その利益を、彼に金品を送った者に付け替えると、その金品は賄賂となります。
しかし、予算を削減することによって、国庫を潤し、訓練への参加者に、普段よりも快適であると感じさせる計画を立てたのです。
全く問題ありません。汚職でもなければ、賄賂でもありません。利権も発生しておりません。ただし、以前からあった汚職と賄賂がなくなっただけです。すばらしい結果です」
「そうなのね。彼は良いことをしたのね」
「その通りです。彼は、この国にとって良いことしました。しかし、以前から、汚職に塗れた者にとっては、邪魔者でしかないでしょう」
「そうなのですね……」
メアリー王女は、納得したのか、していないか、わからないが、そう呟いて、黙ってしまった。
「殿下に納得して頂いたところで、今後のメアリー王女親衛隊の育成計画についてですが、以前は少し滞っていましたが、今では予定通り進んでおります。このまま、予定通り進めていきたいと考えていますが、皆様、よろしいでしょうか」
宰相は、メアリーが納得しきっていないのを感じて、早々に締めにかかったのだが、
「えっ、もう終わりなの?」
締めきれなかった……。
「殿下。何か問題でもございましたでしょうか」
「問題というか、……彼が女性に溺れて、仕事をしていないと聞いたのですが……」
「彼とは、誠殿のことでしょうか?」
「はい、そうです」
「殿下が、誰に聞いたのかは、敢えて確認しません。しかし、こう言っては少し問題があるかもしれませんが、彼が、行っている仕事量は、宰相である私を超えているかもしれません。決して、質で負けているとは思っておりませんが。
さらに、そこに、魔術に関する新しい仮説を提言し、その検証にも協力して頂いております。
あと、彼個人のことですが、日々の鍛錬も、しっかりと続けておられます。
その噂の女性に関しては、私たち3人の信用ある部下を、監視と補佐のために用意した者たちです。あとは、関係各所から仕事の補佐のために回している者たちです。彼が部屋に連れ込んでいる女性ではありません。
今、ご説明したように、はたして、彼が、女性に溺れているような時間はあるのでしょうか? 仮に女性に溺れていたとしても、仕事をきっちりしてくれているのですから、問題ありませんよね」
「そうね。仕事をしてくれているなら、問題ないわね」
「はい。……では、今日は、ここまでに致したいと思います。皆様、お疲れ様でした」
今日も、メアリーからの攻撃を避けきることができたが、そのうち痛い攻撃を受けそうだと予測しながら、宰相は部屋を後にした。
実際のところ、今回のメアリーの取り巻きは、宰相にとって、相手が悪い。その伝統と格式のある古狸たちが、誠への攻撃を断念したら、その矛先が向くのは、宰相たちであるのだから。




