古川優子
恵美先生が部屋を離れたのを確認して、古川は、顔を上げて、日本語で話し始めた。
「相変わらずね、横田くん。前よりも酷くなってるんじゃない?」
「ああ、古川さん。スキルの大陸共通語に意識をしながら話してください。周りの方が日本語ではわかりません。古川さんなら、気付いていると思いますが、周りの方は、監視任務にもついています。面倒なので、こちらの言葉で話してください。……こちらが、今日から一緒に過ごすことになった古川優子さんです。こちらでは優子さんと呼ぶのが自然ですね。ホームシックの方と言えば、伝わりますか? もちろん、仮病です」
「「「えっ!!」」」
多くの驚きの声が重なった。そこには、古川の声も重なっていた。
「横田くん、気付いていたの?」
古川がスキルを使った言葉で尋ねてきた。
「気付いたのは、さっきです。僕は、ホームシックの生徒が女子生徒だとは聞いてはいたのですが、古川さんだとは知りませんでした。ホームシックの生徒いると聞いてから、調べたら、その生徒は、座学の1日目を受けた後、ほとんど部屋に閉じこもっていると聞いていたので、仮病であると疑っていました。そして、さっき、その生徒が古川さんだと知って、仮病であると確定しました」
「どうして、疑って、どうして、確定したの?」
「まず、一日目の座学を受けて、ある程度、この世界とこの国のことを確認してから、その後、一切訓練などに参加しないという選択が、1番賢い選択だからです。その生徒は戦闘に参加したくないと判断したと考えました。であれば、何もせずに、魔王が討伐されるのを待っているのが1番正しい選択だと僕は思います。中途半端が1番ダメです。あと、ホームシックだと言っておけば、誰も疑わないでしょう。僕は疑いましたが。
あと、古川さんは、1日目でホームシックになるような、弱い女ではありません。逆に、強い信念を持った女です。だから、確定しました」
「だいたい、当たっているわ。でも、私は弱い。今日、ここへ来るのも凄く迷ったし、今も凄く心が揺れているわ」
「その自分の弱みを、はっきりと言い切れるのが、強いということです。僕たちがこの国に召喚されて、1ヵ月が過ぎようとしています。この1ヵ月の間、古川さんは生活するのに困っていないはずです。しかし、何もしない1ヵ月は長いです。不安にもなります。そして、今日、新しい選択肢が生まれました。その選択をするのは、古川さんです。それを生かすのも殺すのも古川さんです。どうしたいですか? と聞くまでもないですね。生かしたいから、ここに残る選択をしたのです。では、何をしたいですか? 何をしたくないですか?」
誠の話を聞いて、暫く黙って考えていた優子が、ゆっくりと話し始めた。
「……漠然としてて、ごめんなさい。……まず、人を殺すようなことはしたくないです。魔物と言われても、見たことないのでわからないけど、人型や大きいサイズだと私には無理だと思います。そんな人を殺すための覚悟を私は持てません。それに、人を殺すよりも、人を生かすことがしたいです」
「漠然となどしていません。古川さんには、この世界の知識がないので、選択肢がないだけです。凄くわかり易かったです。……この部屋には、多くのこの世界の人がいます。ここには、この世界の多くの知識があります。古川さんの今の覚悟を聞いて、ふざけた答えを返す者など、この中にはいません」
「横田くん。なんか凄くかっこいいこと言ってるけど、何、その信頼関係。いったい、この中の何人に手を付けたの? 先生は、気付いていないみたいだったけど、凄いわよ。『お前も横田くんを狙っているのか』、みたいな視線がピリピリしてるのよ」
「えぇっと……まだ、手を付けていない人?」
誠は、周りも見渡し、少し考えてから、質問をした。その質問に対しては、2人が手を挙げた。
「いろいろとツッコミたいところがあるんだけど……今、手を付けてない人を聞いたわよね。それに、なんで手を付けてた人のことを覚えていないの。ちょっと、失礼じゃないの?」
優子の言葉に、みんなが頷いている。
「毎日、入れ替わり、立ち替わり、侍女やお付きの人は、増えたり減ったり代わったり、各部署からいろいろな女性が報告やお手伝いに来るし、途中で考えることを止めました」
「横田くんが忙しいのは、仕事のため? 女性のため?」
「鍛錬のためにも、忙しいです」
「鍛錬? 何の鍛錬?」
「あの……誠殿の女性関係を庇うつもりはないのですが、鍛錬に関しては、他の勇者候補よりもハードな毎日を過ごされています」
ここで、騎士のお姉さんからフォローが入った。
「あと、仕事も、量も質も、宰相閣下と変らないのではないでしょうか。もちろん、私も女性関係を庇うつもりはありません」
さらに、事務官のお姉さんからもフォローが入った。
「じゃ私も。誠殿は、魔術の新しい仮説を立てられて、今、魔導士団が全力で検証しているところです。もちろん、私も女性関係を庇うつもりはありません」
ダメ押しで、魔導士のおねえさんからもフォローが入った。
「……仕事も、鍛錬も、研究もちゃんとやっているのは、わかったわ。あと、皆さんから、愛されているのも、よくわかったわ。……ただし、私も、ここに居ていいのか、心配になってきたわ」
「心配はないでしょう。なぜなら、元の世界にいるころに手を付けているのですから」
『おおぉぉ』と周りからどよめきが起こった。
「な、なに、恥ずかしいこと、言ってくれてるのよ」
「皆さんと仲良くできそうで、良かったじゃないですか。リビングに移って、皆さんと歓談してみては、如何ですか? この部屋には、お菓子ならいっぱいありますよ」
「そのお菓子って、さっき、話してた賄賂よね?」
「違います。頂き物と差し入れです。……僕は、そろそろ、日課の鍛錬を始めます」
その後、女性陣による、お菓子パーティが開催された。誠は、言葉通り鍛錬をしながら明日の仕事を考えていた。
夕食の席で、誠は、何か言いたそうにしている優子に話しかけた。
「古川さん。何かやりたいことでも見つかりましたか?」
「ええ、皆さんに相談して考えたんだけど、私のスキルにないけど、治癒術を覚えようかと思っているの」
「よさそうですね。古川さんなら、この世界にはない、治癒術を使えるかもしれませんよ」
「誠殿、どういう意味ですか?」
ここで、魔導士のお姉さんが口を挟んできた。
「彼女の家は、家業として、剣術道場を営んでします。道場ですから、人を壊す技術を教えているのですが、同時に、壊された体を治す技術も持っています。元の世界では、骨接ぎと呼ばれる技術です。その知識を、明確なイメージに変換できれば、この世界の治癒術を超えることができると考えています」
「たしかに、その通りです。特別な知識があれば、より明確なイメージを作ることができます。ではこれを、他の魔術にも、適用できますか?」
「私が、検証した限り、基本4属性に関しては、無理でした。例えば、水を作る方法ですが、私の知識では、2通りあります。氷を解かす方法と大気中の水蒸気を集める方法、の2通りです。氷は試していませんが、大気中の水蒸気を集めるイメージをしても、水は作れませんでした。魔術の水は、魔力が変換されて、現象として現れています。私には、その変換の仕組みを理解できませんでした。これは、他の3属性に関しても同じです。
しかし、私は、魔術で体の疲労を回復させているはずです。でなければ、私の体は壊れているでしょう。それぐらいの事を行っている自覚はあります」
「これも納得できます。私どもは、誠殿の体が特別なのか、または、霊能の力だと考えていたのですが、誠殿の持つ知識が魔術に影響している可能性があるということですね」
「では、私もその知識があれば、誠殿のような鍛錬が行えるということですか? であれば、ぜひともご教授願いたいです」
ここで、割り込んで来たのが、騎士のお姉さんだ。彼女は騎士である。鍛錬のこととなると、黙っていられない。それ以上に、戦闘可能時間が大幅に伸びる可能性もあるのだから。
「私の知識を教えるのは、構わないのですが、おそらく、古川さんの方が詳しいです。私も彼女の話を聞いてみたいですね。……どうですか、古川さん?」
黙って話を聞いていた優子だが、少し考えてから、誠に自分の不安をうち明けた。
「横田くんの話していることは、理解できたわ。でも、私、柔道整復師の国家資格を持っていないわよ」
「でも、知識はあるでしょ。柔道整復師だけでなく、道場なら整形外科並みの知識がありますよね」
「そうだけど、そういうことじゃないの。資格がないから、やってもいいのか、判断できないの」
「はい。自信がないということですね。今、僕たちが求めているものは、資格ではありません。知識です。資格試験のために知識を詰め込んだような人は、ここでは必要ありません。必要なのは、実践に通用する知識を持つ人です。古川さんには、可能性があると言っているだけです。もし、間違った知識でも、誰かを傷つけるわけでもありません。ただ、魔術が発動しないだけです」
「そういうことなら、私の知っていることは、すべて話すわ。これで、少しは、私が皆さんの役に立てるのよね」
「もちろんです。皆さん、古川さんの話に、興味津々です」
ここから、質疑応答を交えながら優子からの説明が続いた。その優子の知識だが、誠の予測を、いい意味で超えていた。彼女は、元の世界にいる頃から、人を傷つけるよりも、人を治す方に、意識が向いていたのだろう。
結論だが、早急に、教会から専門家に来てもらうことになった。最後に、
「横田くん、シスターはダメよ」
優子の言葉で締められた。




