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恵美の再来

 誠が、訓練場に通うようになって、1週間が過ぎた。

新たに起こったことと言えば、夜の寝室にも視線を感じるようになった。夜の寝室に乱入するものが現れた。入浴中に乱入するものが現れた。朝に限らず、着替え中に乱入するものが現れた。室内での鍛錬中に催すものが現れた。間諜ではない侍女が増えた。秘蔵っ子3人の付き人が増えた。訓練場への移動中に侍る女性が増えた。行軍計画改善の進渉具合の報告者が女性に代わった。いろいろな部署からいろいろな女性が手伝いに来るようになった。


 誠は忙しいが、充実した魔力制御の鍛錬生活を送っている。


(おい、もしかして、今、魔力の揺らぎはコントロールできているのか?)


 今日も全力で走り、限界を迎え倒れこんだところで、師匠から声がかかった。


(ええ、なんとかそれらしくできるようになりました)


(お前、可笑しいだろ……俺も生身の体があれば試してみたい。俺はなぜ死んでしまったのだ)


(……)


(おい、なんか言えよ)


(はい)


(もういい。……しかし、お前、やり過ぎだろう。たしかに魔力制御のいい鍛錬になっているのかもしれんが、そのうち、女に刺されるぞ)


(それは、大丈夫でしょう。私は生まれてから、1度も自分から女性を求めたことはありません。すべて女性から求められて、行為に及んでいます)


(お前は、男に刺されろ)


(私はそのような趣味を持ち合わせておりません)


(そんな意味で言ったわけではない。しかし、そんな意味でも刺されてしまえ)


(師匠が呪っても無駄です。師匠は現世に干渉できません。それに例え呪えたとしても、私には守護霊がいます。やるだけ無駄です)


(お前……なかなか俺の扱いをわかってきたではないか、流石は俺の弟子だ)


(ところで、師匠。……今の鍛錬、かなり注目を集めていますが、大丈夫なんですか)


(今更だろう、諦めろ。あと、お前のあの仮説な。あれがいい感じに影響している。多少は無理があっても、あの仮説で通してしまえ。あれも一概には間違ってはおらん。イメージが固まるとそれに引っ張られる。ここは正しい。これを矯正するには、自分の無意識に勝たなければならないのだ。しかし、一番大事なのは、魔力制御だ。基本が大切だということだな)


(そうだったのですね。私の仮説が間違っていなくて良かったです。皆さんが頑張っておられることは無駄ではないのですね)


 師匠と会話をしながらも、今、誠の周囲を2つの小さな炎の球体が魔力制御によって縦横無尽に飛び回っている。今のこの世界では、1つなら制御できる者もいるが、2つとなる少なくとも人間にはいない。エルフやドワーフ、魔族にしかできる者がいないだろう。




 昼食後、執務室で1人目の来客との対応を終え、その方と入れ替わるようにして、明日に実戦訓練の初日を控えた恵美先生と女子生徒の1人がこの部屋を訪れた。


「何だか、立派な部屋ね。今、来てた方も貴族よね?」


 恵美が席に着いて話し始めたが、部屋から漂う雰囲気に気後れしているようだ。その横で、女子生徒は、長い前髪で表情を隠して俯いていた。きっと、例の生徒だろう。


「はい」


「横田くんが、この国から役職を貰って仕事をしていると、聞いていたんだけど、一気に立派になったのね」


「僕の官位は、下級仕官のなかでも一番下です。本来、この国の在り方で言えば、上級仕官である先生とこのような対面に座って話をするなど、許されないのです。それでは、仕事にならないということで、役職で箔を付けて頂いているだけです。仕事がなくなれば、いつでも役職は消えてなくなります」


「でも、横田くんの仕事ってなくなるものなの?」


「僕の仕事は、この国と勇者候補を繋ぐのが仕事になります。前にも少し話しましたが、この国の在り方と日本の在り方には、少なからず差があります。しかし、時間と共に互いに理解し合い、少なくとも考え方に差がなくなれば、僕の仕事はなくなります」


「私たちがこの国に馴染むと、横田くんの仕事が無くなってしまうってことよね。私たちが馴染まない方がいいの?」


「そんなことはありません。早く馴染んで頂かないと僕の仕事が減りません。仕事が多いので、補佐や助手の方をたくさん付けて頂いているのです。それに合わせて、侍女の方も増え、この分不相応な部屋を与えられているのです。僕にとっては、前のこじんまりとした部屋で十分なのですが」


「ごめんなさい。私たちが迷惑をかけているのね。大変な仕事なのね?」


「大変と言っても、僕の仕事は、今ある計画に改善を提案するだけです。本当に大変なのは、改善を要求された関係部署の方々です。そのなかで、生産系勇者候補にも仕事をお願いしました」


「そうそう、それも言いに来たの。あの子たちも喜んでいたわ。横田くんから仕事を貰うまで、毎日、言われたとおりやっているだけで、飽きていたみたい。自分たちで考えて作りだせるのは、やりがいがあると言っていたわね。それに、商品化できれば、報酬が出るみたいで、さらに気合いが入ったみたい。

私たちにも報酬とか出るのかな。3次職になると爵位が貰えると聞いているんだけど、そういうのじゃなくて、危険手当てとかでもいいのよ。モチベーションを上げるための何かあれば、みんな、頑張ろうって気になると思うのよね」


「言われてみるとそういうのも必要かもしれないですね。今は、まだ訓練段階なので、官位に対する年金と普段の待遇で十分だと思っていたのですが、……明日、出発ですよね。帰ってくるまでに何か用意できないか、考えてみます」


「横田くんの仕事ってこういう事だったのね。これからも要望を出してもいいのかな」


「当たり前の話なのですが、その要望が正当なものであれば、それが叶うように動きます。しかし、それが正当なものでなければ、改善を要求します。それでも無理なら諦めてもらいます」


「それは当然よね。ところで、横田くんはこういった仕事をしているけど、この仕事に対する報酬とかどうなってるの?」


「初めに聞かれましたが断りました。できるのかどうかやってみないとわかりません。結果が出てから報酬を要求しようと考えています。と言っても、必要なものは大概のものを用意してもらえます。それに、金品に関しては、こういう仕事ですから、関係各所から常時送られてきます」


「それって、賄賂ではないの?」


「違います。頂き物です。汚職というのでしょうか。正当な理由もなく、どこかの利益を、金品を貰った方に移し替えるようなことをすれば、賄賂になるでしょう。形として優遇になっても、そこに正当な理由があれば、ただの贈り物です。それに、今はまだ僕に何かを期待しているわけではありません。ただのご挨拶です。これで優遇してくれるのなら、次は期待してくださいよ。という話です。先生だって、生徒の親からお中元やお歳暮が届くのではないですか。それで成績を優遇したりはしないでしょう」


「言われえてみると、そうね。私も、始めは困ったけど、すぐに慣れてしまったわね」


「それに、慣れるのはどうかと思います。少なくも、僕は仕事する上で、できる範囲で優先順位を上げたりはしています。……今、この部屋にいる方々は、各部署の上位にいる方々です。今の話を上手く伝えて頂けると、また僕の仕事は少し楽になります」


 誠は、そう言って周りの女性陣と見廻した。その女性陣たちは、少し笑っている。


「なんか、言ってることは正しいんだけど、横田くんって、黒いよね」


「僕のことを、クリーンで白い人間だと思っている人など、居ないと思うのですが」


 恵美を除いて、周りの女性陣は頷いている。もちろん、恵美の隣の女子生徒も頷いている。


「えっ、みんな。どうして、横田は凄い優等生で……あれっ? ちがうの? 

 でも、そんな横田くんにお願いがあって来たの。なんか変な噂が流れていて、ちょっと心配だったんだけど、やっぱり心配なのかな? あの噂って本当なの?」


 少し顔を赤くした恵美は、周りを見廻しながら、そう尋ねてきた。


「あの噂って何ですか?」 


「よ、横田くんが、城内で、ハ、ハ、ハーレムを築いているって……」


「漫画や小説の主人公じゃあるまいし、そんな話が、現実に存在するはずがないです」


 完全に顔を真っ赤にした恵美は気付いていないが、他の全員が首を横に振っている。


「そ、そうよね。私は横田くんを信じていたの。それに、16歳だし、そういうのは……」


 恵美の言葉は最後を迎える前に消えてしまったが、


「もちろんです。僕は節度を持って生活しております」


 恵美以外の全員がもう限界を迎えそうになっているところで話が戻った。


「そんな横田くんにお願いがあるの。この子なんだけど、知っているわよね?」


「古川さんですね。さすがに、クラスメートの名前ぐらいは、僕も覚えています」


「そういうことじゃなくて、明日から私たち、実戦訓練に出掛けるけど、古川さんはこの城に残るの。ここまで言えば、わかるかな?」


「そういう事ですね。お預かりすれば、よろしいですか? 僕には、あまり自由がありませんので、一緒いるためには、そうしてもらうしかないのですが」


「そこまでは、考えてなかったの。ちょっと気にかけてあげて欲しかったの」


「侍女の方を使ってならできるのですが、僕自身がとなると、なかなか体が空かないので難しいのです。……古川さん、この部屋で過ごしてみませんか。気分転換には、いいかもしれないですよ」


 誠は話を古川に振ってみた。もちろん、体が空かないのは比喩表現でなく、直喩表現である。


「はい。ここで過ごしたいです」


 古川は、小さな声でそう応えた。それに対して恵美は、


「じゃ、古川さんもこう言ってるし、お願いしてもいいかな」


「古川さんは、小学生の頃から、知っている仲ですし、問題ありません」


「そうだったの? もしかして幼馴染とかだったの?」


「家が近いだけだと思います。話した記憶はあまりありません」


 誠には、話した記憶はないが、体の記憶はある。


「そうなのね。でも、全く知らないよりはいいよね。じゃ、改めてお願いね」


「はい、ご心配なく。先生もお気を付けて行ってきてください」


「ありがとう。じゃ、私は、これで行くわね。また来るから、古川さんも、横田くんも、何かあったら、私に言ってね」


 そう言って、恵美は部屋から出て行った。



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