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魔術の鍛錬

 誠が新しい部屋に移って、3度目の朝を迎えていた。朝とは言っても、まだ日は昇っていない。いつもことだ。寝室を出て、リビングで侍女に着替えを手伝ってもらっていると、視線を感じる。その視線が日に日に増えているのだが、誠は気にしない。いつも朝は手を添わせるだけなのに、今日の侍女は口も添わせている。今のところ、寝室では視線を感じないが、それも時間の問題であろう。


 昨日で、初回の行軍計画の改善案については、一通り話し終わった。今は、その関係部署が対応に追われていることだろう。誠は、ただ報告を待つだけいい。かなりいい身分であるが、問題がなかったわけではない。

 初日に汚職について伝えたにも拘らず、あの担当者は、悩みはしていたようだが、用意できたすべての資料を誠に届けた。疚しい書類を抜いてくれれば、汚職に関わった貴族や商人を探す手間が省けたのに、使えない奴である。誠にとっては、汚職など、どうでもいいのだ。今回は、黒い貴族と商人を見つけたかっただけなのに、あの担当者は真面目で困ったものだ。

 ここで、担当者のフォローも入れておこう。普通なら担当者も疚しい資料は抜きたかったのだ。少ないながらも自分も賄賂をもらっていたのだから。しかし、部屋に居た立ち合い人が悪かった。この国の三役の秘蔵っ子たちであるエリートが3人も居たのだから、どうしようもない。賄賂をもらって罰せられる方が、今回、資料を抜いて罰せられるよりもマシだと考えたのである。まぁ、すべては、誠の匙加減であるのだが……。


 訓練場の使用許可が出ていたので、朝食の後、移動を開始したのだが……すれ違う人々からの痛い視線を感じる。それも仕方がない、侍女はエリザ1人だが、他の9人は一緒なのだ。美女を10人も侍らせて歩いているのだから仕方がない。これもきっと小さな嫌がらせだろう。


 訓練場と言われてついていったのだが、そこは魔導士団の魔術の実験場だった。たしかに魔術の鍛錬ができれば、文句はないのだが、監視の目がきつい。実験と称して多くのエリートが集まっているようだが、師匠に言わせれば、

 

(うむ、いい環境だ。この監視の目を掻い潜りつつ、己の能力を隠し、極限を超えて鍛えるのだ!!)


 言いたいことはわかるが、言っていることはわからない。


 愚痴を言っても仕方がない。時間は有限である。始めるしかないのだ。

 師匠の指示通り、全速力で走り始めた。師匠曰く、最低でも2時間は全速力で走り続けなければならないようだ。これでやっと、命の懸かった極限状態で全力で戦うのに20分持てばいい方らしい。この世界でも、最強クラスの守護霊を4体も引き連れている誠の命の懸かった状態とは、どのような状態なのか想像もできないが、師匠がそう言っているのだから、そうなのだろう。


 しかし、今の誠では、30分ほどしか持たなかった。身体に掛けているデバフが解けかかったのだ。これが解ければ、まだ頑張れそうだったが、解けると一気に身体能力が上がってしまう。今までの努力が無駄になるのだ。これも鍛錬のうちなのだろう。


(その魔力の揺らぎは、コントロールできているのか、かなりいい感じだぞ)


 走り疲れ、倒れこんだところで、師匠から声がかかった。


(いえ、できていません。今でも揺らぎを抑えることはできそうですが、こんなのものを操作して再現できそうにありません。師匠は、本当にこんなことができたのですか?)


(それは、俺に聞くな。俺は、生まれた時から天才だ。能力など隠す必要がなかったのだ)


(聞かなければ、良かった。できるように努力します)


(おう、頑張れ。……とりあえず、まぁ座れ。体力が回復するまで、魔術の鍛錬だ)


(はい)


(まず、右手の人差し指の先に、小さな炎を灯せ。そして、風で包んで球体にし、維持しろ。……さすがにこの辺りまでは、余裕そうだな。じゃ消せ。……消すのが遅いな。魔力を散らすんじゃなくて、水に変換しようとするんだ。その方が早いだろ。……じゃ、さっきの球体の状態で、炎を灯せ……消せ……おぉ危ない。気を付けろ。それ以上やると、水に変換してるのがバレるぞ。……ちょっと、怪しまれたか。まぁ大丈夫だろ。よし、しばらく灯したり消したり続けろ)


(はい)


(……よし、慣れたな。止め。……次だ。両手を開いて、前へ突き出せ。指は上向きだ。……いいか、よく聞け。左手中指。……いや、灯せよ)


(はい)


(よし、次に別の指に指示を出すから、消してから、次の指に灯せ。……行くぞ。右手親指。……左手小指……左手人差し指……左手薬指……右手小指……)


 このまましばらく続いていたが、


(うん、まぁまぁだな。この程度はできてもらわないと、俺の弟子は務まらん。さぁ、休憩は終了だ。走れ!!)


 師匠の命令通り、全力で走り始めたが、今回は10分ほどで力尽きた。


(10分ほどか、まぁ悪くはない。……さぁ魔術の鍛錬だ。座って両手を突き出せ。右手親指。……左手中指……)


この後も、全力疾走と魔術の地味な鍛錬は続いた。1時間後には、火属性が水属性に代わり。また、1時間後には、水属性が土属性に代わり。また、1時間後には、土属性が風属性に代わった。そして、開始から約5時間でこの鍛錬は終了した。


(流石は俺の弟子だ。…………しかし、お前、可笑しいだろ。なぜ、続けられる。周りが引いているではないか。もし、俺の姿が奴ら見えていたらどうする。俺が鬼畜だと思われるではないか)


(はい)


(いや、はいではない。そこは否定してくれ。傷つくだろ。……まぁいい。明日の鍛錬内容はもうわかっているな)


(はい。指の指定に属性の指定が加わるのですね)


(そうだ。イメージを固めておけ。……では、解散!!)


 解散と言われても、師匠は傍にずっといるのだ。きっと、師匠は解散と言いたかっただけであろう。



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