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同居人と初仕事

 新しい部屋で、誠が昼食を済ませ、しばらくすると、人が集まり始めた。誠が宰相に求めた御香がすでに侍女の手によって焚かれている。元の部屋では、1人体制であった侍女が、今の部屋では、5人体制になっている。さらに、宰相、魔導士団長、ついでに、騎士団長が用意した補佐と監視のための事務官とそのお付きが2人、魔導士とそのお付きが2人、騎士とそのお付き2人、そのすべてが女性だ。計14名、さらに交代のために待機している侍女もいるだろう。これらの女性らと共にこの部屋で暮らすらしい。宰相たちは誠をどこへ進ませようしているのだろうか……


 これらの女性と挨拶を済ませたところで、行軍計画の担当である男性が書類を抱えてやってきた。完全に引いているのは、仕方がないだろう。

 挨拶を済ませ、席に着いたところで、話が進まない。


「勇者関係担当補佐官殿、なかなか緊張感のある職場ですね」


「私の官位は最下位です。そこまで畏まられる必要もないでしょう。あと、長いので、ここでは、補佐官で構いません。

 あと、私も戸惑っております。閣下の方々からの小さな嫌がらせかもしれないと少し疑っております。慣れてくださいとしか言えません」


「わかりました。補佐官が言うのであれば、それに従います。

 あと、今日、持ってくることができた資料は、初回の行軍計画だけです。さすがに原本をお持ちするわけにはいきません。今、写しを作成させていますので、明日以降、随時お持ちできるかと思います」


「今日は、それだけがあれば十分でしょう。さっそく、始めましょう。

 まずは、出発から到着までの流れを説明して頂けますか? 今日は、特に勇者候補に視点を当てて、説明して頂けますか」


「わかりました。では、…………」


 ここから、この担当者による長い説明が続いた。自分たちが必至で考えた計画である。完璧であるとは決して言えないが、それでもケチを付けられたいとは思わないだろう。


「なるほど。こちらの書物などを読んで予測はしていたのですが、勇者候補に対して、気を使って頂いていることはよく伝わってきました。それを生かして、さらに良いものに変えるためにも、ご助言させて頂きます」


 仕事となれば、誠もこの程度のことは言えるのだ。もちろん、ほとんど変更するつもりである。


「よろしくお願いします」


「まず、片道1日、現場で1日の計3日の計画ですが、このくらい離れないと訓練にはなりませんか?」


「王都からの距離を考えるとその辺りまでは、安全が確保されております。やはり遠いのでしょうか」


「距離は構わないのですが、初回から2泊3日の野宿は不満が出るでしょう。これは、初回の行軍前に、野宿の訓練も入れてもらう事で対応しましょうか」


「なるほど、そういった事も気を付けなければならないのですね。たしかに、この世界の者でも、貴族の方などは、2泊の野宿には、不満も出るでしょう。しかし、私どもでは、訓練内容に口を出すことは難しいですね」


「それはそうでしょう。訓練内容の変更に関しては、こちらから指示を出しておきしょう」


「ありがとうございます。

 最初、この話を聞かされたときは、正直なところ、どうなるのかと思ったのですが、補佐官がいるとより良い行軍計画になりそうで、期待が持てます。続けてお願いします」


「はい。それでは、先ほどの話では、用を足す話が出てこなかったのですが、どういった形になるのでしょうか?」


「ああ、……なるほど……」


「周りが女性ばかり話しづらいかもしれませんが、こんなことで気にしていては、ここでは働けません。お願いします」


「わかりました。脇で目隠しで覆って、済ませて頂く形になりますね」


「まぁ、そうなるでしょうね。……どなたか、今、生産系勇者候補がどの程度のものを作れるのか、ご存知の方は、おられませんか?」


 誠の質問に対して、応えてくれたのは、宰相が用意した事務官だ。


「今の段階では、成型はできていますが、実用には耐えられないと言ったところのようです」


「それは、武器、防具の話ですよね」


「その通りです」


「では、生産系の勇者候補たちに確認して頂きたいことがあります。馬車によって移動可能な仮設トイレを作れないか、確認をお願いします。作る際の注意点ですか、初回は、耐久性と軽量化を重視でお願いしますと伝えてください。これがうまく行けば、きっと売れるでしょう。その販売もそちらにお任せします」


「馬車によって移動可能な仮設トイレ、これで伝わるのでしょうか。意味はわかりますが、イメージが沸かないのですが」


「元の世界には、そういったものがありましたので、大丈夫でしょう。ただし、かなりの重量だったように記憶しております。重いと馬車の移動速度が落ちますので、耐久性と軽量化を重視でお願いしたのです。快適さは二の次です。次回に期待しましょう。改善はしてくれるでしょう」


「わかりました。しかし、これが上手くいくとかなり売れると思います。販売を私たちに任せて頂けるのですか?」


「ひな型さえできれば、製造もそちらでお願いします。苦労するのは、制作にかかわる勇者候補です。その勇者候補たちには、上手くいけば、何らかの報酬をお願いします。私は要りません。思いついたこと話しているだけです」


「ありがとうございます。しかし、伝えはしますが、実際のところ、勇者候補様がこんなものを作ってくれるのでしょうか?」


「使用目的を言えば、大丈夫でしょう。自分たちも使う可能性が高いのですから」


「たしかに、そうですね。わかりました。お伝えします」


「ついでに、その時、移動可能な浴槽も考えておくように伝えてください。水と湯沸かしは、勇者候補が魔術で行うと伝えてください。ようは排水と軽量化を考えろということです。これは、急ぎません。2泊ぐらいだったら、汗を拭きとるだけで我慢させましょう。これは、魔術を使うので、それほど売れそうにないですね」


「いえ、私が買います」


 ここで口を挟んできたのは、魔導士団長が用意した魔導士だ。


「では、1件予約ということで、お願いします」


「わかりました。これも必要なもののようですが、勇者候補様に湯沸かしなど、頼んでもよろしいのでしょうか」


「自分たちが風呂に入りたければ自分で沸かせと言えば、やると思いますよ」


「わかりました。併せて、お伝えします。他に何かありますか?」


「今は、これくらいで。また出てくるとは思いますが、その時は、お願いします」


「畏まりました」


 これで、生産系勇者候補への注文が終わった。


「移動式のトイレに、風呂ですか。考えもしなかったですね。さらに、販売まで我が国に任せて頂けるようで、ありがとうございます」


 こう言って頭を下げる行軍計画の担当者であるが、


「その分、こちらに予算を多めにもらいましょう。馬車でそれらを運ぶにも費用がかかります。最初は、多すぎる人件費を削ろうかと思ったのですが、その人たちにも生活があります。しばらく、見逃しましょう。余計な貴族や商人の儲け口になっているようでしたら、手を打ちます。伝えておいた方がいいと思うところがあるのなら、先に伝えておいてくだい」


「は、はい。」


 この担当者は焦りすぎである。誠は適当に話しているだけなのだ。そんなに焦ると、あると応えているようなものである。


「気にしないください。仕官では、口答えできないこともあるでしょう。心配しなくても、あなたに責任は及びません。伝えておけば、きっと感謝されることでしょう」


「お気遣いありがとうございます」


「まだ、明るいですし、続けていきましょうか…………」


 こうして、夕暮れまで、行軍計画の見直しの話が続いていった。



 ちなみに、この世界では、長距離移動や大量輸送では、馬車が主流である。魔道具による自動車のようなものが作れないわけではない。魔道具では、必要な出力と経費の問題で、馬車のほうが容易かつ安く済むので必要とされないのである。銃器類がないのも、同じような理由である。



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