新たなる門出
その日、日の出と共に、宰相と魔導士団長がエリザと他数名の侍女を引き連れ、誠の部屋を訪れた。年寄りの朝は、この世界でも早いということなのだろう。
軽く挨拶を済ませ、誠と宰相と魔道師団長が席に着いたところで、テーブルにはお茶が並べられ、宰相のお言葉から始まった。事後の匂いが残っているかもしれないが、男の1人暮らしなのだ。誠が気にするはずがない。
「このような部屋に、戸締め込めるような形になったことを、大変申し訳なく思っております。申し訳ございませんでした」
宰相が言葉と共に深く頭を下げたのに合わせて、魔導士師団長やエリザを含む侍女たちも深く頭を下げた。
「このような限られた場所であったとしても、宰相閣下や魔道師団長閣下のような方々が御髪をお下げになるべきではありません。それに、無位無官であり、勇者候補でもない、ただの迷い人である私には、謝罪の言葉すら不要でございます。できましたら、敬語もお止めになって頂きたく存じます」
「今回は、誠殿のお言葉に甘えさて頂きます。それに、言葉遣いですが、部下に対しても丁寧な言葉遣いを心掛けておりますので、少し崩させてもらいます。誠殿も、昨日、恵美殿とエリザと話されていたぐらいに崩して頂くとこちらも話やすいですね。謝罪も不要と言って頂きましたが、そういうわけにも参りません。何か部屋に欲しいものがあれば、ご用意致します」
「では、私もお言葉に甘えて、言葉を崩させてもらいます。あと、部屋に何か頂けるという話ですが、これから来客も増えることでしょう。御香など、香りを楽しむものがあれば、幸いです」
前言撤回、顔には出ていないが、やはり、少しは気にしていたようだ。
「わかりました。香りの好みもあるでしょう。数種類ご用意させて頂きます。
しかし、さすがですね。私たちが何をしに来て、何を求めるのか、もうおわかりようですね。話が早くて助かります」
「そうですね。逆に、わかってもらえなかったら、どうしようかと思っていました。まずは何から始めましょうか」
「まずは、こちらをお渡しします。誠殿のステータスカードです。ご自身のことを迷い人だと名乗る誠殿なら、お渡ししても大丈夫でしょう。ご自身の魔力を流して頂くと最新の情報に更新されます」
宰相はこう言って、誠にカードを手渡した。
「はい。……なるほど、こういうことだったのですね。囚われし者ですね。これを他の勇者候補に知られたくなかったわけですね。本心ではこう思っている者もいるかもしれませんが、神に選ばれたと思っていますからね。知られないほうがいいですね」
誠は、カードに魔力を流してから目を通した。まったく上がっていないのも怪しいので、能力値が少し上がった以外は知っている内容だった。能力値全体にデバフをかけているので、実際はもっと高いのだろう。あと、内容を知っていることがバレないように、始めて見たように装った。
「ご理解が早くて助かります。今の話ですと、私たちに捕らえられたと思っている人が、勇者候補の内、どのくらいいるのか、誠殿は予測しているのですね。良ければ、予測を聞かせてもらえませんか?」
「私も、最初は結構いると思っていたのですが、0の可能性もありますね。昨日、恵美先生と話しているときに、気付いたのですが、あの一番まともで思慮深そうな先生ですら、自分を特別だと思っていました。自分の身体能力が、元の世界にいた時よりも上がっていることを実感できたことが大きいのではないでしょうか。突然、力が上がると、万能感に包まれることがあるようなので、そういった状態になっているのかもいれないですね」
「0に近い数字だと考えてもいいということですね。ありがとうございます。
あと、忘れる前にお伝えしときます。カードの職業の転職についてですが、ご希望であれば、こちらで準備いたしますので、都合のいいときに侍女にお伝えください」
「わかりましたが……これまた、何が出るかわからないですね。魔力がわけのわからない数値になっていますね。1次職なのか、2次職なのか。はい、すみません。他に、カードについては、何かありませんか?」
「じゃ、ワシから」
ここで、魔導士団長が手をあげた。
「はい。閣下、どうぞ」
「閣下と呼ばれるのも悪くないな。いつも団長だからな。あぁ、すまん、好きに呼んでくれ。
それで、魔力量なのだが、異常なのはわかっているよな。なにか心当たりないか?」
「どうなんでしょう。ご存知であると思うですが、元の世界には、魔法はもちろん、魔術もありません。ですので、わかりません」
「誠殿は、魔法と魔術の違いについてわかっておるのか?」
「お借りした資料を読んだだけですが、魔法は、古代文明時代のもので、魔術は、今のものである。そして、魔法は魔術に比べて、威力がかなり高かったそうですね。逆に言えば、魔術は魔法の劣化版であると記述にありました。それから、魔導士団は、魔法の復活を主軸において研究をかさねているというぐらいですね。知っているのは」
「基礎知識としては十分だな。それで、なにか魔法について気付くことあれば、気に留めておいてくれ。そして、ワシに会ったときにでも、伝えくれ」
「はい。他には何かありませんか?」
「後は、スキルの霊能だな。報告は聞いているが、何か新たにわかったことはないか?」
「今、始めて、自分のスキルに霊能があって驚いているのですが、気付いたことはありません」
「何か気付けば、これも報告を頼む」
「はい。他には何かありませんか?」
「ワシからは以上だ。宰相、話を進めてくれ」
「わかりました。では、昨日、頂いた、ご提案についてなのですが、このまま使わせて頂こうと思っています。しかし、もう少し深くお話を頂きたく思うのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「先に日程から話させて頂きます。改善点があれば、助言頂けますか。まずは今日このあと…………」
ここから、昨日の提案の確認と日程の説明が続いた。
「まず、今日のことですから急ぎましょう。任命式の前にやって頂きたいことがあります。
提案の中にもあった話なのですが、レベルが上がっていない者たちが、焦って実戦訓練に出たいと言い出しているのを黙らせるために、国軍の兵士との模擬戦を行ってほしいとお願いしましたが、これを、任命式の前に、必ずやってください」
「この戦闘スキルのない、能力値平均50の兵士との模擬戦のことですね。必ず、やらせます。あと、理由もお聞かせ願えますか?」
「はい。必ず、彼らは負けて落ち込むでしょう。そのフォローを任命式で殿下にやって頂きたいのです。できれば、彼らが訓練を真剣に取り組むように仕向けてください。できますか?」
「はい、大丈夫です。シナリオさえ作れば、殿下は演じるのは得意です」
「演じるのは……ですか。困ったものですね。でも、勝手に動かないだけマシですか?」
「やはり、わかりますか。それに関して、いいわけで申し訳ないのですが。今までと違って、自分で考えるように教育中なのです。しかし、周りに吹き込む者がいるのもありますが、あまり良くない方向へ進みつつあります。その都度、修正していますが、上手くいくかどうか瀬戸際です。誠殿は特にお気をつけください」
「はい。距離を上手くおけるように気をつけます」
「これに、指示を出してもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
誠が言葉を言い終わった瞬間、侍女2人が部屋から出ていった。
「次に何をいたしましょう」
「はい。親衛隊の部隊編成、数的には、小隊編成になるのでしょうか。最初の編成を国で決めてください。勇者候補の意見を一切聞かなくていいです。中途半端は駄目です。強く言える者の意見だけが通ると、不平等として弱者だけに不満が溜まります。おそらく、この国にはない考え方かもしれません。
あと理由ですが、自由に決めさせると、初回の実戦訓練で全滅の隊が出ます。これを避けてください。平均にしようが、トップチームを1隊作ろうが自由で構いませんが、全滅する隊は作らないで下さい」
「わかりました。たしかに、理解し難い考え方ですが、これこそ、聞きたかったことでもあります」
「あと、ルールをしっかり決めます。1度決まった隊は、その編成で、必ず1度は、実戦鍛錬か実戦に参加する事。その条件を満たせば、隊の中で1人だけトレードができる。これは、勇者候補同士で話し合ってもかまわない。これをルールとします。
最初は、不満が全体に出るでしょう。しかし、次に、少しだけ自由を与えます。これである程度、不満が解消できるはずです。もちろん、これも全滅を防ぐためです。
ルールさえ、しっかり決めて守らせれば、彼らは従います」
「わかりました。これも徹底させましょう」
「どれだけ、気をつけても死人は出るでしょう。その場合は、兵士や騎士を補充することで対応してください。ちなみに、これは親衛隊のときのルールです。特務隊になれば、その状況に合わせてルールを変えます」
「良さそうですね。しかし、誠殿は死人を許容するのですね」
「はい。私たちの国が可笑しいのです。私たちの世界にも、戦場はあります。そして、戦場に立てば、人は死にます。彼らが立つのは戦場です。これが答えです」
「そちらの戦場は、もちろん、人間対人間ですよね?」
「はい。閣下の仰せになりたいことはわかります。魔物ではなく、人を殺す忌避感についてですね」
「そのとおりです。他国との戦闘は無理でしょうか?」
「勇者候補に対して策を用意せずに、戦場に立たせても100%無理ですね」
「では、策を労すればいけるということですよね?」
「今、私が考えている策で、50%を割るぐらいですね。そんなものに多大な費用かけてやる価値がないですね」
「ちなみに、その策は聞かせていただけますか?」
「今のままでは使えない策なので構いません。少し複雑なので、勇者候補視点のシナリオで説明します。
国境沿いの村に魔物の被害がでます。その魔物の討伐に勇者候補が行きます。その魔物の討伐に成功します。勇者候補は村人に喜ばれます。勇者候補が帰る途中に助けた村が隣国に襲われたと聞かされます。勇者候補はその村へ戻ります。その村は略奪され、村人は虐殺されていました。さらに、女、子供は隣国へ連れ去られていました。勇者候補は、女、子供を助けるために、村人の仇打ちのために、隣国へ向かうかもしれません」
「なるほど、これを勇者候補に気付かせず、すべてこちらで演出するわけですね」
「はい。状況次第ですが、1度だけ使える手ですね。2度目はないです。
しかし、この1回が大きいのです。もし、ここで、圧倒的な力で、国境の大きな砦でも、殲滅すれば、勇者候補の存在が多くの他国に対して、かなり強力な抑止力として働くでしょう。今のままでは、勇者候補は、他国との侵略戦や防衛戦には、出てこないと思われてしまいます。それだけは、避けたいですね」
「初めから、勇者候補には対人戦を期待せず、他国への抑止力として使うということですね」
「はい、そうです。
勇者候補に、対他国戦で1度大きな戦果を挙げさせた後、どこかのパーティで辺境拍の方々と親交を深めてもらいます。そして、その様子を内外の者に見せつければ、何かあれば、辺境伯が勇者候補を呼ぶかもしれないと思わせることができるかもしれません。この話を持って行けば、辺境伯の方々は、喜んで協力してくれるでしょう。もちろん、すべてを話す必要はありません。勇者候補と仲良くしとけば、他国に対して、抑止力が働くぞと伝えるだけでいいです」
「なかなか興味深い戦略計画ですが、1度の大きな戦果を挙げることが出来れば話ですね」
「はい。どちらにしても、勇者候補には、早く強くなってもらわないと話が進みません。しかし、それだけに、まだ、時間があるとも言えます。閣下には、勇者候補に1度限りの大きな戦果を挙げさせる策を時間があるうちに用意して頂きたいと考えています」
「誠殿のおかげで私にも少し時間できそうです。その策は私どもで進めさせて頂きます」
「はい、お願いします。……次に、間もなく始まる実践訓練を行うための行軍計画の見直しをお任せ頂きたいと考えています」
「誠殿は、そこに懸念があるとお考えなのですね」
「はい。魔物との戦闘に関しては、あまり心配しておりません。しかし、その戦場への行き来で、必ず、勇者候補から問題が発生するでしょう」
「例えば、どのような問題でしょう?」
「私は行軍計画を知りませんので、細かなところはわかりませんが、勇者候補から必ず不満が出るでしょう。その不満をできるだけ抑えるための準備だと考えてください」
「それは、ぜひとも誠殿にお願いしたい案件ですね。それで、こちらは何を用意すれは、よろしいでしょうか?」
「まずは、私の部屋を代えてください。ここは、他の勇者候補から近いようですので、離れた場所を用意して頂けると助かります。多くの方が、この部屋を出入りしていると、勇者候補の中から、余計なことを考える者が出てくるでしょう。
次が、今ある行軍計画とその担当者、そして、物資の購入先である商会の一覧をご用意ください。私がするのは、あくまでも助言です。少なくとも、表向きはその担当者が行軍計画を練ったということにしてください。
次が、過去の行軍計画です。新兵や見習い騎士の初の実戦訓練での行軍計画はもちろんのこと、できれば、辺境軍や貴族領軍のものも欲しいですね。さらに、私には、時間がありますので、今のうちに、他国との侵略や防衛のものも、確認しておきたいところです。あとは、それらの訓練成果と戦闘実績の記録もあれば、助かります。
今、わかっているのは、これぐらいですね。あと、これは急ぎではないのですが、実際に経験されている騎士や兵士の方とお話しさせて頂きたいです。もちろん、事前に何を確認したいのかお伝えしますので、それにあった方をご用意頂ければと考えております」
誠が、本当にやりたいことは、行軍計画の見直しではない。これらの情報を使って、私利私欲のために勇者候補を使いたい者や排除したい者を炙りだしたいのだ。それに、スピリット・ネットワークを使って、それらを発見できても証拠がなければ手が打てない。そのための情報収集でもあるのだ。
このような者たちにとって、どちらにしても誠の存在は邪魔になるだろう。出来る限り、影で動き、早めに手を打っておきたいのだ。もちろん、口に出さないのは、宰相を含め、この部屋にいる者も疑っているからだ。本人にその気がなくても、どこと繋がっているかわからない。どこまでも慎重になっても無駄にはならないだろう。
「今、お求めになられたものの中には、私の権限だけでできないものもあります。そのため、関係各所との調整をする必要がありますので、少し時間を頂きたい。しかし、私の権限だけで、できるものに関しては、早急に手配致します」
「それで、十分です。ありがとうございます。私からは、今のところ以上です。まだ、これから見つかるものもあるでしょう。見つかり次第、その都度、ご報告させて頂きます」
「それは、助かります。よろしくお願いいたします。
では、最後に今回の報酬についてですが、誠殿は、力量不足のために、メアリー王女親衛隊への参加は見合わせるという形でよろしいでしょうか? 誠殿は、この国からの座学と実技訓練を受けておられませんので、文句を言ってくる者は少ないでしょう」
「そうですね。理由は必要ですね。それで構いません」
「それと、訓練場についてですが、ご用意する方向で動いております。次にご用意する部屋から訓練場への移動のこともありますので、場所の選定をするのに時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい、それで十分です」
「あと、誠殿が無位無官であることも、こちらにとって都合の悪いことです。何かご希望があれば、ご助言頂きたいのですが」
「そうですね。このまま、お客様状態では、自分の意志で城内を移動することもできませんから、下級仕官から始めさせて頂きたいですね。それで、ご都合が悪ければ、役職で、勇者関係担当補佐官とでも名付けておいて頂ければ、問題はないでしょう」
「なるほど、官位でなく、役職で地位を作るわけですか。これは、こちらにとっても都合がいいですね。わかりました、それでいきましょう。
では、本日は以上で、終了とさせて頂きます。お時間を頂きありがとうございました」
「こちらこそ、ご足労頂きありがとうございました」
これで、宰相との本日の会合は終了した。その後、暫くしてから誠の新しい部屋が用意され、そこへの引っ越しとなった。引っ越しとは言っても、誠の持ち物は、この世界へ来た時の学生制服のみなのだが……。




