お兄様襲来
今日は休日。
玲那は自室でゆっくりくつろいでいたが、如月家の使用人はいつもより忙しそうに動き回っていた。
お兄様が久しぶりに帰国されるため、いつも以上に念入りに掃除したり部屋の飾りつけをしたり食事に出される高級食材が次々厨房に運びこまれたり、とにかく忙しそう。
しばらくして、あちこち行き交っていた使用人の足音が玲那の部屋の前で止まり扉がノックされる。
「玲那お嬢様、玲人お坊ちゃまがお帰りになられました」
昔からお世話になっている年齢不詳の美人メイドさんがお兄様の帰宅を伝える。
「わかりました。今行きますね」
無駄に広い我が家。玲那は自室の2階から室内を歩いて玄関に向かう。
窓から飛び降りた方が最短距離で行けて楽なんだけど、それをやると使用人に怪我が怖いからやめてくれと泣きつかれるので控える。
玄関の大きくて絢爛豪華な扉が左右に開かれ、お兄様らしき人が執事に荷物を預けていた。
外の日差しが扉から差し込み、暖かな陽気に包まれながらこちらを見たお兄様は眩しかった。
「ただいま、玲那」
玲那とお揃いの色素が薄い栗色の髪。ふんわりとした髪質で長すぎず短すぎない髪形が、整った顔立ちをよりいっそう引き立てている。
甘く蜂蜜のようにとろけた笑顔で白シャツに薄い色のスラックスを穿いたその姿は、どこぞの王子様と言われても納得できる。本場イギリスでの生活で貴族のような気品に磨きが掛かったようだ。
お兄様の神々しさに一瞬固まるも、すぐに近くまで駆け寄り長旅を労う。
「お帰りなさい、お兄様。移動で疲れたでしょう。すぐにお茶を入れてもらうからお部屋でお休みになってて? 落ち着いたらお話ししたいことがたくさんあるの!」
イギリスとの時差や移動で疲れているだろうお兄様。ゆっくり休暇をとってもらいたいけど、1週間しかこちらに滞在できないのだから帰ってしまう前に学園の今後について相談したい。
お茶の準備をしに厨房へ向かおうとした玲那の両肩をやんわりとお兄様の手が摑まえる。
「玲那、久しぶりなんだからもっと近くで顔をみせてくれないか」
肩を掴んでいた手がゆっくり頬へのび、玲那の頬を優しく包み込んだ。
「うふふっ、私の顔なんて毎日液晶越しにみてるじゃない」
お兄様の手に自分の両手も重ねてみる。以前は手の大きさにそれほど違いなんてなかったのに、今では玲那の手がすっぽり覆い隠れてしまうほど大きくなったお兄様の手。すこし会わないだけで身長もずいぶん差がついたものだ。携帯でやり取りしてた時はあまり気づかなかったけど、男の子の成長期って凄い。
覗きこむように玲那を見るお兄様と、至近距離でお互いの顔を見つめあう。
近すぎるって? 如月家は親戚含めみんなスキンシップ過剰なためこんなものは慣れっこだ。
ハグにキス。家族間じゃ挨拶として当たり前である。
「実物と液晶越しじゃ全然違うよ……うん、また綺麗になったね」
玲那の額に優しく触れるだけのキスが落とされる。
「確かに、お兄様も実物だと3割増しで神々しいオーラが出てるわ」
お返しに玲那もキスをする。
「神々しいのは玲那のほうだけどね? さあ部屋へ行こうか」
「はい、お兄様」
離れたところからシャッターを激写しまくるメイドと執事はいつもの事なので無視し、お兄様とふたりお互いに穏やかな笑みをうかべつつ歩みを進めた。
◇◇◇
お兄様の部屋でティータイム。お互いの近況について談笑していた所に、来訪者の知らせを受ける。
「失礼いたします。玲那お嬢様、聖治様がおいでになられました」
「え、聖治が? 今日は会う約束なんてしてなかったけど、何か急用かしら」
いつもは家に来るとき連絡くれるんだけど、どうした聖治。
「お兄様、ごめんなさい。聖治に会って来るね。またあとでゆっくりお茶しましょう」
「いや、せっかく来てくれたんだ。僕も聖治に会いたいからここに連れてきて」
「承知いたしました、こちらに連れてまいります」
メイドさんが下がってすぐ、高速でカツカツ靴の音を鳴らし慌てたように聖治が入ってきた。
部屋に入ってくるなり聖治はお兄様に向かって挨拶する。
「お久しぶりです、玲人さん……お元気そうで何よりです」
「久しぶりだね、聖治」
お互いに顔を見合って、目だけで会話している。
そういえば、昔から聖治はお兄様を苦手としていた。そして、苦手としているくせに玲那とお兄様が一緒にいると間に入ってきて兄様に突っかかっていた。王子様な美青年×インテリなイケメンですね。ムフフ。
「ちょっと玲那、こっち来て」
聖治に促され部屋から出てすぐの廊下の壁に詰め寄られる。
「なんで玲人さんが帰国することを前もって教えてくれなかったの! 西園寺に「そういえば……如月のお兄さん、どんな人? 今日から、帰ってくる、らしい?」って言われて吃驚したよ!」
もの凄く憤慨している様子の聖治。そんなにお兄様に会いたかったのか。だが、聖治はお兄様の話題を出すとすぐ不機嫌になるじゃない。できるだけ話題に出さないようにしてたら伝え忘れてたんだよね、すまぬ。だが何故西園寺はお兄様の帰国を知っているんだ。不思議。
「ごめんなさい、聖治がそんなにお兄様に会いたがってたなんて思わなくて」
「会いたくなんてなかったよ」
吐き捨てるように言った言葉は照れているからなのだろうか。でも表情は本気で嫌そうだ。
「今度からは怜人さんが帰国する前に教えてくれ、絶対」
「うん、わかった。次からはすぐに教える。聖治も座ってお茶にしよう? お兄様がお土産にくれたアールグレイの紅茶、とっても美味しいの」
「……ああ」
聖治は大きくため息をすると、表情を引き締め部屋にもどり席につく。
「聖治、虫よけは頑張ってるかな?」
笑顔でお兄様が聖治に話かける。
虫よけ? 何の話?
「頑張ってはいます。でも、無自覚に櫁をばらまく性質は変わらないどころか年々パワーアップしていて……正直、現状は僕の手に負えないほど虫は群がっています」
「ふふふ、それはそうだよ。僕の花は極上の櫁を持っているからね。一度味をしってしまったらもうそれなしではいられない。麻薬のような櫁だからね」
「手の中に囲って誰の目からも見えない様にできれば楽なんですが」
「そんなことしたら僕は君を許さないよ? 日陰で静かに生きるなんてこの子に我慢できるわけない。この子はたくさんの日光を浴びて、広い豊かな環境で育まれるべきだ」
「……分かっています」
「君が役割を全うできないというなら今すぐ僕のもとに返してもらって構わない。一時的に君の元に預ける形にはなっているけど、それは世間体を気にしてのものだ。君の家との契約はこちらからいつでも破棄できるからね」
「家は関係ありません。家の為に一緒にいるわけじゃない。例え破棄されたとしても僕は手放さないし、貴方のもとに返すことは永遠にありません」
「それくらいの気持ちでいてくれないと君を信頼して預けておけないよ」
なんか2人で見つめ合ったままバチバチやりあってる。
お兄様が聖治に花を贈って大事に育ててるかって話?
何で聖治に花? ガーデニングの趣味なんてあった? 聞いたことないけど。
「聖治、お兄様からお花貰ったの?」
2人はお互いから目線を外し、苦笑いしながら玲那をみる。
「玲那は昔からこの手の話には勘が働かないよね」
「他の人のことなら鋭く察するくせに、自分のこととなると鈍くなるのはどうにかならないのか」
何故か呆れられたけど、まあいいや。
「それよりも、せっかく聖治も来てくれたし学園での活動についてお兄様も交えて意見を聞きたいわ!」
生徒会所属の聖治がいてくれたら学園の現状についてより詳しく話会えるしちょうどよかった。
たくさんお話しましょう!




