第31話~墓前
バスの車内で、哀華は俺の腕に寄り添っていた。
「おい哀華。あんまりくっつくなよ」
「……拒否」
なおも俺は引き剥がそうとするが、まるでスッポンのように哀華は手を離さない。しばらくその攻防が続いた後、諦めて窓の外を見る。目的地までは、すぐそこのようだった。
「傷の具合は、もういいの?」
俺の肩に身体を預けながら、哀華は言った。
哀華からそんな気遣いをかけられるとは思ってもみなかったので、若干面食らいながらも俺は答えた。
「もう、大丈夫だよ」
「そう。何があっても、私はあなたを見捨てたりしないから」
そう言うと、哀華は腕に回す力をぐっとこめた。寄りかかってると言っていいくらいだったが、華奢な身体からは重みをまったく感じなかった。
季節は十月に移ろうとしていた。退院した後、クラスメイトからは顔の傷を好奇の目で見られるようになったが。一応、交通事故にあったということで全て押し通してきた。
標にやられたとは、言わなかった。クラスメイトにも、担任にも、哀華にも。
誰にも言うつもりはなかった。
「でも、進からデートに誘われるなんて、意外」
哀華は言った。
「まあ、たまにはいいだろ。哀華が気に入ってくれるかは、わかんねえけどな」
俺は笑いながら答えた。
「そう」
しかし哀華は、少しも笑うことはなかった。
そのままバスは田舎道を走り続けた。窓の隙間から、木々や畑のシルエットが代わる代わる見えてくる。
もうすぐで到着というところで、哀華に声をかけられた。
「今日はどこに行くの?」
「んーまだ秘密」
「教えて」
なおも食い下がってくる哀華に、俺は答えた。
「……見せたいものが、あるんだよ」
「見せたいもの?」
「そ。だから、黙ってついてきてくれ」
俺はお茶を濁すような返事だけして、それきり窓の外を眺めた。
哀華も俺の気持ちを察したのか、それ以上問いかけてくることはなかった。
窓の外では、五~六歳くらいの姉妹が仲良く追いかけっこをしている。
その光景を見た時、ふと哀華の親父さんの言葉を思い出した。
――私には二人の子供がいた。双子で、姉が恋華、妹を哀華という。それは仲のいい姉妹でね。
――哀華の死を知ってすぐ、恋華は気絶し病院に運ばれた。再び眼を覚ます頃にはあの子は“哀華”になっていたんだ。
そんな回想をしていると、運転手のアナウンスが聞こえてきた。そこで俺と哀華はバス停を降りた。俺達以外に乗ってた客は五人くらいだったが、他に降りる人間は誰もいなかった。目的地は、バス停からさらに十分ほど歩いた場所だ。
その場所は、敷き詰めたように緑が生い茂っていた。見晴らしのいい丘の上に建っているため、気が遠くなるほど広く感じるが。照明からの情報を頼りに、俺は哀華を目的の場所まで連れてきた。
「何、これ……」
いつもはほとんど見せない感情を、驚きで顔中こわばらせながら哀華は言った。
「拝んでやってくれ。お前の墓だ。いや、本当の哀華のな」
俺と哀華が立ってる墓標の表面には、「柊哀華」の名前があった。




