第26話~監禁⑥
「ほ、ほのか!? どうしてここに?」
「すーくん大丈夫!? 何で縛られてるの!?」
ガバッと起き上がるやいなや、俺とほのかは同時に質問をぶつけあった。しかし、どうしてここに? というのは愚問だったな。わざわざ窓から侵入してきたということは、俺を助けにきてくれたんだろう。考えてみれば、ほのかは俺の幼馴染なのだ。標との秘密の場所を知っていても、何ら不思議ではない。てっきり照明が助けにきてくれたと思ったのに、全くの盲点だった。
「こ、これはだな。海よりも深い事情があって。でもさ、よく俺がこの場所に監禁されてるって分かったな?」
「ああああのね。今日標ちゃんが学校こなかったでしょ? それで、すーくんが途中で授業抜け出したって聞いたから、もしかして二人で会ってるんじゃないかって思ったの。そそそれでね、二人きりで会うならここしかないって思い出してきたんだ」
ほのかはテンパりながらもいきさつを説明した。その様子はひどく頼りないものに見えて仕方なかったが、こうして勇気を振り絞って助けにきてくれたことは嬉しかった。
「それにしても、どうしてすーくんの手足が縄で縛られているの? も、もしかして、標ちゃんがこんなことをしたの?」
気遣うようなほのかの言葉にハッとなる。
「そうだったな。詳しい話は後でするから、とりあえずこの縄をほどいてくれるか? 標が戻ってきちまうから。まずは足から頼む」
「う、うん」
俺がそう言うと、ほのかはおろおろしながらも俺の足元にかがみながら縄をほどこうとする。しかしよっぽど強く結ばれていたのか、そう簡単にほどけそうにはなかった。
「ねえ、答えて? どうしてすーくんがこんな所に閉じ込められてるの? 本当に標ちゃんがやったの?」
そう聞かれ、目線を落とすと上目遣いのほのかと眼が合ってしまった。今まで見たこともない怒りを宿した眼だ。よく考えたら、ほのかは俺を助けにきてくれたわけだし、そもそも俺達の大事な幼馴染なのだ。成り行きを知る権利は大いにあるわけだ。
俺は観念して、これまでの事情を全てほのかに説明した。
「そ……んな。ほ、本当なの?」
「本当だ」
俺が短く答えると、ほのかは下を向いてわなわなと震えだした。おいおい手を休めないでくれよと心配になったが、すぐにほのかは作業に戻る。
「あたし、標ちゃんが許せない」
不意に、ほのかが呟く。
「……え?」
「許せないの、標ちゃんが」
そう言うほのかの顔は、いつもの可愛らしい瞳ではなく怒りに満ち溢れていた。天然でフワフワしたほのかしか知らない俺にとっては、ゾッとするような目つきだった。
「すーくん、あたしとの約束、おぼえてる?」
しかし、そう感じたのも束の間で、いつものような気弱なほのかに戻っている。それにしても約束? この前も確かそんなことを言っていたが、ハッキリ言って覚えてない。そんな俺の様子を見て推測したのか、落胆したようにほのかが言う。
「ああ、やっぱりおぼえてないんだね。でも、その時のすーくんの言葉で、あたし救われたんだよ」
「す、救われたって?」
「うん。本当に感謝してる」
理由は分からないが、とにかくほのかは俺に相当な恩義を感じているようだ。そのほのかはそれ以上喋ろうとせず、一心不乱に縄をほどこうとしている。
「うんしょ……もう、ちょっと……だよ……」
やがて、きつく縛られていた縄の結び目が柔らかにほどけた。俺はすぐさま立ち上がろうとしたが、長時間縛られて血流が止まっていた為か、尻餅をついてしまった。ほのかはそんな俺に手を差し伸べながら言う。
「すーくん、早く逃げよう。あたしと一緒に!」
「いや、俺はまだここにいる」
断られるとは思ってなかったのか、ほのかは顔中に疑問符を浮かべている。
「どうして!? このままじゃすーくん、標ちゃんに何されるかわかんないよ!」
「ああ、そうだな」
俺はほのかの言葉を肯定した。
「ここから逃げ出そうとしたことがバレたら、殺されるかもしれん。ハッキリ言って今の標は異常だ。でもさ、それでもあいつは俺の妹なんだよ。問題を解決しないまま逃げ出したところで、根本は何も変わらないんだ。家にいたら嫌でも顔を合わせるしな。ま、そんなわけでここを出る時はあいつも一緒だ」
まるで初めて聞く言語のように、ポカンとした様子でほのかは俺の言葉を聞いていた。そりゃあそうだろう。自分でもよく分からない論理だし、ほのかの言ってることの方が遥かに正論だ。だが、それでも逃げ出したくはなかった。バカならバカなりに、どこまでも突っ走りたかった。
「で、でも、すーくん――」
途中まで何かを言いかけて、ほのかは口をつぐんだ。俺の後ろに眼を向けたまま、ハッキリと眼に怯えの色を浮かべている。一体何を見たのか。可能性は一つしかないのだが、頼むからゴキブリか何かであれよと祈りながら、恐る恐る扉の方を振り返る。
「嫌な気配を感じて戻ってきてみれば……案の定、ゴキブリが入り込んでいたようですね」
「しる……べ――――!?」
想像通り、俺の背後に立っていたのは標だった。そのことに驚いたわけではない。
俺が驚愕したのは、彼女の手には銀色に光るナイフが握られていたからだ。




