第24話~監禁④
「兄さん、お腹空いてませんか?」
あれからしばらく身体を性的に弄られ、グロッキーになってた俺に標は話しかけた。そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったので、俺はただ黙って標を見つめ返した。
「お昼ごはんにしません?」
標はそう言った。ふと上を見ると窓の隙間からは眩しいほど陽射しが差し込んでいる。そのことから今は正午くらいだと分かった。それにしても、「お昼ごはん」か。この異様な状況下でのん気に昼飯とは。呆れるというより肩すかしすぎて、逆に拍子抜けですらある。しかしそれを指摘すると後が怖いので、突っ込むのは止めておいた。
「ひ、昼? 俺別にいいよ」
そう返事をしたことをすぐに後悔した。なぜなら標の顔は、眼を吊り上げ、まるで般若のような表情に変貌していたからだ。
「兄さん? 今何と?」
「い、いえ。いりますです、はい」
俺はすぐに前言撤回した。まあ小腹が空いていたのも事実なので、ここらで食事休憩も悪くはない。
「はいな♪ 今作ってきますから、ちょっと待っててくださいね。楽しみにしてくださいね? 私のお昼ごはん」
標は、天使のような微笑を浮かべると部屋を出て行った。バタン、とドアが閉まる音がする。今のうちとばかりに、俺は室内を観測した。ドアは一つしかない。他に唯一出入りできる場所といったら窓だ。逃げるとしたら窓をぶち破るしかない。しかし、そんなことをしても本当の意味でこの問題が解決できるとは思わなかった。そもそも手足を縛られたままでは、窓枠に手をかけることすら出来ないのだ。ならばお袋が見つけ出してくれることを祈るか。照明は……あんまり期待できそうにないし。
「お待たせしましたー」
しばらくすると、標が手料理をトレイに乗せてやってくる。チンジャオロース、白米、味噌汁といった中華セットだ。中々旨そうじゃないか。俺は一瞥するとそう評価した。というより、料理が下手な標にしては上出来すぎるくらいだった。
「あれ……? お前、腕怪我してるじゃないか」
見ると、標は左腕に包帯を巻きつけていた。出血が激しいのか、包帯からは血が滲み出ていた。料理の最中に手でも切ったんだろうか。
「ああ、これですか? 何でもないですよ。うふふふ……」
「本当に大丈夫か? 痛くはないのか……?」
「はいな。兄さんはなーんにも心配しなくていいんですよ。うふふ。うふふ……」
標は不気味に笑うと、俺の身体を抱き起こした。そして箸で肉をつかむと、俺の口元まで運んできた。どうやら、あーんをしろということらしい。手首を縛られてるから仕方ないといえば仕方ないが。俺は精一杯の抵抗をした。
「せめて、この縄ほどいてくんね? 食べずらいんだけど」
「駄目です」
標は即答した。だろうとは思ってたけどな。期待がないのだから落胆もない。観念して俺は赤ちゃんのように、標の差し出す料理を口に含んだ。
「うっ……」
口にいれた瞬間、思わず吐き出しそうになってしまった。本当に火を通してるのかと疑うくらい生臭いのだ。見たところ、料理自体に不審な所は何も無い。しかし、噛めば噛むほど酸味が強くなる。まるでレバーをそのまま食べているような血生臭さだ。
血――? まさか――――
俺は標の腕に巻かれた包帯をチラリと見て言った。
「標……まさかお前。その怪我……」
標は自身の傷跡を見ながら答える。
「うふふ。その通りですよ、兄さん。私のお味はいかがですか?」
その答えを聞いた瞬間、猛烈な吐き気を催した。
「うっく……あ、う、げええええええ……」
思わず、俺は今食べた肉片を全て吐き出してしまった。
ただでさえ不味いのに、人間の血の味だと思うとより気持ち悪くなる。
「うえええええええ……」
そのまま嘔吐していると、少しは胃も落ち着いてきた。
「あ……これは、その……」
ふと標を見ると、彼女は俺が吐き出した肉塊をただ一点に凝視していた。
箸を持つ手がハッキリ分かるくらいぶるぶる震えている。
そして――――
「わっ、私が心を込めて作った、りょ、料理、が。わ、私の料理っ。手作りのっ……」
標は壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返していた。
「し、標?」
「ああぁぁぁあぁあああぁぁ……!」
標はそう叫ぶと俺の頭を掴み、床にガンガンと叩きつけた。




