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第14話~屋敷

 インターフォンを鳴らしてから、邸宅に入る。堀が高く目立っていて、他の家々を圧倒するかのようだった。屋敷の周りには真っ赤なバラが咲いていて、雑草など一つも生えていない。俺ん家なんか比べ物にならないほど壮言な雰囲気を醸し出していた。


 門の前で軽く深呼吸する。情けないことに膝が震えていた。お父様って言ったっけ。なんて挨拶すればいいんだ? くそ、何か考えてくればよかった。


「――進。どうしたの?」


 横から哀華に声をかけられた。俺はハッと我にかえる。


「い、いや。俺っち、ちょっと大事な用を思い出しちゃったなーなんて。帰ってもいいか?」


「駄目」


 言い訳して逃げようと思ったが、即座に却下されてしまった。ていうか嘘つくのに馴れてないから、バレバレだっただけか。


 その時、ケータイが鳴った。画面を見ると、照明の名前が表示されていた。

 俺はケータイを耳に当て小さく喋った。


「もしもし、照明か。今ちょっと立て込んでるから、後にしてくれないか」


 ――進。そこに柊はいるのか?


 いつものふざけた態度からは想像もつかない、低い声が聞こえてくる。


「ああ、いるけど。なんなら代わるか?」


――今すぐ柊から離れるんだ!


 耳をつんざくような声が聞こえてくる。

 あいつがこんな声を上げるなんて、初めてのことだ。


「はあ? 何言ってんだよ。離れるも何も、今哀華ん家だぜ」


 ――だったら尚更だ。理由をつけて、すぐ逃げろ!


「どうしてだよ。理由を言ってくれなきゃわかんねえよ」


 ――柊哀華。あいつは、アイツは――


 そこで通話は切れた。いや、哀華が電源を切ったのだった。


「何話してるの? 進」


 声が冷たかった。いや、いつも冷たいけど今は特に。


「い、いや。なんか照明から用があったみたいで」


「私以外の人と、会話しないで」


 そしてケータイを素早く取り上げた。


「いきましょ? 早く」


「あ、ああ……」


 家に帰る頃には返してくれるんだろうな? と思いつつ俺は屋敷へと足を踏み入れた。

 


 大きな玄関に入ると、エプロンをつけた五十代くらいの女性が迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、哀華お嬢様――あら、そちらは?」


 深々と頭を下げ終えると、女性は俺を見て言った。


「あ、俺哀華のクラスメートで、新道進っていいます。今日は何かお招きに預かっちゃって」


 当たり障りのない挨拶をしたつもりだった。しかし相手の女性は、カッと眼を見開いて俺のことを見つめていた。


「あ、あなたが……新道進……」


「マリさん。そういうことだから。お父様はいらっしゃるの?」


 哀華が言った。自分の家の家政婦相手とは思えない冷たい言い方だった。


「ああ、はいはい。いらっしゃいます。すぐにご案内します」


 マリさんはヘコヘコしながら、部屋へと歩き出した。

 哀華が無言で後に続くのを見て、俺も慌ててついていった。


 ――たく、なんなんだよ。この妙な雰囲気はよ……



「おお、哀華。彼が新道君かね」


「ええ、お父様。お忙しいところ大変申し訳ありません」


 マリさんに通され、大広間にやってくると、年配の男が出てきた。

 濃紺のガウンを一枚羽織っている。

 目元の涼しさが何となく哀華に似ている、と思った。


「どうも、お邪魔しちゃって……すぐ帰るんで、気にしないでください」


 ペコペコと頭を下げた。物分りのよさそうな人だが、金持ちってのはどうも苦手だ。


「帰っちゃ嫌」


 哀華が俺の肘に腕を絡めてきた。


「ずっとここにいればいい」


「ちょ、おま、何を」


「ハッハッハ。見せ付けてくれるじゃないか。仲良くしてるところ大変申し訳ないんだが、哀華――少し席を外してくれんか」


「どうして? 私も」


 哀華が言いかけた時、親父さんが割って入った。


「男同士二人で話をさせてほしい。そんなに時間はかけないから、部屋で待っていたまえ」


「進」


 哀華が嘆願の眼を向けてきた。


「親父さんもそう言ってることだし、ちょっと待っててくれよ。哀華」


「……早くしてね」


 哀華は渋々ながらも頷き、自室へと戻っていった。


「それで、話というのだが」


 哀華がいなくなったのを見計らって、親父さんが俺に話しかけた。


「君は、あの子と付き合ってるのかね?」


 親父さんは俺をキッと見て言った。俺は若干気後れしながらも、

 「そうです。今日からですけど」

 とだけ何とか言った。

 

「やっとお嬢様の願いが叶う時がきたんですねえ」 


 さっきの女性――マリさんが、ティーカップを持って入ってきた。

 見るといかにも高級そうなお茶がゆっくり湯気を立てている。


「嫌ですわ。年を取ると涙腺が弱くなって」


 マリさんが赤くなった眼をこする。


「そうだな。あの子のあんな顔は、しばらく見ていない、な」


 そこで親父さんは俺を見て言った。

 

「もう分かっていると思うが、私は哀華の父親だ。こちらは二十年家政婦を務めてくれてるマリさん」


「はあ」


「母親は数ヶ月前になくした。あの子は私たちの大事な一人娘なんだ」


「一人娘? お姉さんがいるんじゃなかったんですか?」


 その時、親父さんと後ろにいるマリさんが、驚愕の表情を見せた。

 

「君……どこで、それを?」


「どこでって……哀華本人からですよ」


 親父さんは黙った。俺はゆっくり言葉を選んで聞いてみた。


「あの、みんな何か隠してるんじゃないですか? マリさんだって俺の名前聞いた時、驚いてましたよね。俺のこと、前から知ってたんじゃないですか?」


「あ、ああ、あ……」


 後ろでマリさんがガクガクと震えている。不良でもない一介の高校生にびびんなよ、と思ってしまう。親父さんを見ると、薄く笑っていた。


「なるほどな。だから哀華は君に惹かれたのか。ならば、あの子は最後に救われたのかもしれんな」


「最後? 救われたって、どういうことなんですか」

 

 親父さんから笑みが消えた。

 そして、少し悲しそうな顔で俺を見て言った。


「言葉通りだよ。死んだ哀華も、少しは救われたということさ」

 

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