第13話~仮定
学校の話なんかを数分して、俺と照明は喫茶店を後にした。
照明はまっすぐ帰ると言ってそのまま別れたが、さて俺はどうしようか。
時間を確認すると十七時半。家に帰ってもお袋は飯なんて作ってないだろうから、とりあえずそこら辺ぶらぶらするか。
目的もなく歩き回り、ある公園の前を通りがかったときだった。見慣れた顔が俺を呼び止めた。
風に揺れるフリルのついたスカート、黒を基調としたゴシック・ドレスだっけ? を着た哀華だった。
「哀華……」
「今帰るところ?」
「ああ」
「じゃあ、少しお話しましょう」
そう言ってベンチの前に歩き出した。
こうして後ろから見ると、とても同年代とは思えない。栄養失調と見まがうほどに痩せていて、背丈も小学生のそれといっても過言じゃない。
「妹さんは、いないの?」
俺が横に腰掛けると哀華は言った。
俺は苦笑しながら言う。
「兄妹だからってずっと一緒にいるわけじゃないよ」
「……」
無表情すぎて、話を聞いてるのかどうか微妙だったが、ちゃんと聞いてたようで哀華が口を開いた。
「あなたたち、本当の兄妹じゃないの?」
「どっからそれを?」
「いいから」
「兄妹だよ。血が繋がってないだけで」
「だから、あんなに仲がいいの?」
「そりゃあ分からないな。それに、喧嘩なんてしょっちゅうしてるぞ」
厳密には、標が俺を好きすぎて暴走してしまうのが難点なんだが。
「哀華は、兄弟とかいないのか?」
「私には……姉がいた」
「いた……。そうか、不謹慎だったな」
「いい。そんなつもりじゃないって、わかってるから」
「あ……」
哀華は少しだけ嬉しそうに言った。その可愛らしさに、一瞬見とれてしまいそうになる。
「笑った顔……」
「……?」
「笑った顔、可愛いぜ。クラスのみんなにも、見せてあげればいいのにな」
「な、何言ってるの……」
珍しく、哀華が焦ったような声を出した。
「いや、お前っていい奴なのにさ。勿体ないじゃん。無表情にしてるの」
「私は、別に……このままでいい」
「そんなんじゃ、疲れるだけだぜ。嬉しいときは笑って、悲しいときだけ泣けよ。そうした方が、哀華の大切な人も喜ぶと思うよ」
「…………」
俺がそう言うと、哀華は無言で俯いた。だが、心なしか悪い気はしてないようだった。
「あは。なあ、ところでさ。話ってなんだ?」
「進」
「ん? ……おわ!」
哀華が胸元に抱きついてきた。
「お、おい……どうしたんだよ」
哀華は俺にしがみついたまま言った。
「もっと早く……あなたと……」
「哀華……」
そっと肩を抱くが、哀華は震えていた。
「うっ……うっ」
「どうしたんよ哀華。俺、何か悪いこと言ったか?」
「…………」
何も答えず、哀華は俺の胸で泣き続けている。
俺は、その小さな肩を包むように抱いた。
「落ち着いたか?」
しばらくして泣き止んだ哀華に言った。哀華はコクリとうなずいて、俺から少し離れた。
「ごめんなさい……迷惑、だった?」
そういって、上目遣いに俺の顔をうかがった。それは今まで見たことのない、素の哀華なんだなって思った。
「そんなことねえって。滅多に見れない素の哀華も見れたしな!」
そう言うと、哀華の頬が少しだけ赤くなった。
「進だから……見せた」
「クラスの連中だって、いい奴ばかりだぜ。照明はアホだけど、全然悪い奴じゃないしな」
「私は……進さえいれば、それでいいから」
やばい……少し潤んだ眼で見つめてきてるよ。とてつもなく可愛い。
「ゴ、ゴホン! それで、話ってのは、一体なんなんだ?」
「返事……考えてくれた?」
「ああ、それな。昨日からずっと考えてたんだけどよ」
「ええ」
「前にも言ったけど、俺は哀華のことを何も知らない。けど、お前って結構いい奴だなって思い始めてる」
「じゃあ、付き合ってくれる?」
「まあ……そうだな。試しにお互いのことを知るってのも、悪くないんじゃないか?」
正直なところだった。俺は哀華のことを嫌いじゃない。よく分からないところもあるが、それもひっくるめて、哀華と付き合ってもいいかと思った。
「進」
哀華は大きな瞳で、じっと俺を見つめた。
「付き合ってくれるのね? 私と」
「ああ。哀華と付き合うよ」
「嬉しい。愛してるわ、進」
そういって笑った哀華の顔は、とても幼く見えた。
「これからはずっと一緒よ? 離れたりしないわ。だって私たち『恋人同士』なんですもの」
「まあ、試しだがな」
俺は確認するように言った。
「あと付き合うって言っても、標の前でだけは……。なるべく普通にしといてもらえるか?」
「それは嫌」
哀華が速効で首を横に振る。
「あの女はただの身内。私たちの間に入る権利なんてない。それに――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は哀華の言葉をさえぎった。
「お前は標のことをよく思ってないかもしれないけど、これだけは俺の言うとおりにしてくれ」
「どうして? 私たち恋人同士なのに」
「兄貴、だから」
「……?」
「俺はあいつの、兄貴だから」
「兄妹だから、付き合ってること内緒にするの?」
哀華が鋭く尋ねてくる。
「気にしなければいいのよ。向こうもそのうち諦めるわ」
「そんな簡単なもんじゃない。こればっかは俺の好きにさせてもらう」
「進。私たち、恋人同士なのよね?」
「ああ。お前のこと、好きになる努力はするよ。そのために、お前のことをもっと知りたい。だから、俺の事情も察してほしいんだ」
「色々事情があるようね。でも」
哀華の眼が一瞬不気味に光った……ような気がする。
「浮気はしないでね。したら殺すから」
「じょ、冗談だろ?」
「そう思うなら、試してみる?」
白い歯を覗かせ、哀華が冷酷な笑みを浮かべた。
「や、止めときますです。はい」
もしかしてこいつ、嫉妬深さは標といい勝負なんじゃないか?
「ま、まあ。どう付き合っていくかはこれから話し合おうぜ」
「わかったわ。恋人になれたことだし、まず私の家に行きましょう」
スッと立ち上がりながら哀華はそう言った。
「哀華の家? で、でもよ」
「付き合ってるんだから、当然でしょ? それに、今日はお父様もいるから、挨拶だけでもしていって」
「親父? あ、ああ。そうだよな。挨拶な、挨拶」
「もしかして、変なこと想像した?」
「す、するわけねえだろ! そんなもん!」
「私はいいのに。進になら何をされたって」
哀華が軽く爆弾発言をささやく。
ていうかお父様って。もしかして哀華の家ってお金持ち?
そんなことを考えながら、哀華に手を引っ張られ歩くこと数十分。着いた先は――とんでもなく大きな屋敷だった。




