42.弟は捕まり、妻に見捨てられ、そして……闇落ち
ヴィル・クラフトの弟、セッチンは、詐欺の容疑と無許可営業の罪で、騎士団に逮捕された。
数日間、牢屋のなかでわめき続けた。
そして……。
「セッチン……」
「! シリカル……」
セッチンの妻、シリカル・ハッサーンが、疲れ切った様子で面会へとやってきたのだ。
牢屋越しに対面する二人。
セッチンは焦った。
今回の件で、勝手にハッサーン商会の名前を使って営業をしてしまったのだから。
「あなた……なんて馬鹿なことをしたのっ!!!!!」
案の定、シリカルから叱られてしまう。
「どうして、これから再起をはかろうってときに……どうして……こんな……」
「ち、ちがうんだシリカル! 聞いてくれ! ぼくの言い分を聞いてくれよぉ!」
セッチンは切々と訴える。
きっと彼女は誤解している。なんで勝手にこんなことをしたのだと。
違うのだ。
ただ自分は、身勝手な金儲けがしたかったんじゃない。
「ぼくはただ……君のために、君に喜んでもらいたくて……だから……」
「その結果、大量の偽物を、無許可で売ろうとしたの?」
「そう! そうだよ! ねえ、君……お金好きだろ? なあ?」
パシンッ……!
「……………………え?」
セッチンは今自分がなにをされたのか、理解していなかった。
だが徐々に、シリカルにぶたれたのだという事実を、理解した。
どうしてぶたれたのだ?
どうして……そんな……怒ってるんだ?
「ふざけないで……!!!! 私は……私は……お金儲けがしたくて、商会をやってたんじゃない!!!!」
……意味がわからなかった。
金儲けがしたくないのなら、なぜ商会なんてやっていたのだ。
そんな気持ちが顔に出てたのか、シリカルはセッチンの顔を見て……。
心底、軽蔑したような目を向けてきた。
……いやだ。そんな目をしないでくれ……!
「私は……私は、家を……商会を守りたかっただけよ。受け継いだ店を、大きくしたかっただけ……」
「? ??? ?????」
商会を大きくしたい?
それは、金儲けと……何が違うんだ?
わからない、全然理解できない……。
「そう……あなた、本当に……本当に、何も、わかってくれてなかったのね」
……シリカルの目には失望の色が浮かんでいる、【ように見えた】。
言いようのない焦りがこみ上げてくる。
「しばらく牢屋で反省してて」
「そ、んな……そんな! 助けてくれよ! 助けてよぉお!」
がしゃっ、とセッチンが牢屋の格子を掴んで訴える。
「なあ保釈金を払ってくれよぉ! なあ!」
「……そんなお金、うちにはもう無いわよ」
「どうして!?」
「ハッサーンは……もうおしまいだから」
おしまい……?
どういうことだ……?
一人理解できないようすのセッチン。
シリカルは、幼い子供に言い聞かせるように言う。
「……セッチン。商売において一番大事な物って知ってる?」
「か、金……?」
「ううん。信用よ」
そう、商売においてこれほどまでに大事な物はない。
なくしては、ならないものは、ない。
「あなたは……ハッサーンの名前で、偽物を売りつけようとした。悪い評判は、王都じゅうに広まった。その結果……もう誰も、うちの商品を、買って……くれなくなったわ……」
シリカルが顔を上げる。
その目には明確な敵意と、憎悪の感情が込められていた。
あの美しかったシリカルの顔が、まるで幽鬼のごとく恐ろしいものになっていた。
セッチンは思わず恐怖で声が出なくなる。
「……あんたの、」
しかし途中で、シリカルいいとどまる。
あんたのせいだ、絶対そう言おうとしたはずだ。
だが途中になって言うのをやめたのだ。
……それはシリカルの愛があるゆえに、だ。
なんだかんだ言ってシリカルは、夫であるセッチンを愛してるのだ。
どれだけこいつが馬鹿だったとしても。
愛する子供の父であり、夫であるセッチンに。
責任を転嫁し、恨み言を言うことが……できなかった。
……しかしセッチンは、馬鹿だったから、そんなシリカルの愛情に気づかなかった。
彼女がなんで、あんたのせいだって言ってこなかったのか?
こう、悪く解釈した。
「ぼ、ぼくを……ぼくを見捨てる気かい!? ぼ、ぼくが使えないから、クビにするつもりなのかよぉ!? なぁ!!!!!!!!!」
セッチンはシリカルの心の中なんて、まったく見えていなかった。
彼女から使えないやつって思われてから、切り捨てられてしまうのだと。
「お願いだよシリカル! ぼくを、ぼくを見捨てないで! ぼくは……ぼくはただ君の、君のために……!!!!!!」
「もういいから。もう……そこにいて。あなたは、もう……本当に、何もしないで。お願いだから……」
疲れ果てて、20歳は老けたように、なっていた。
そのまま出て行く。
「いやだ……いやだぁあああああああああああああああああ!」
セッチンは泣きわめく。
彼女が離れていく。彼女に見捨てられた。
もう……多くの人から拒絶された。
父、兄、王都の人たち、取引先の人たち……。
彼らは皆、セッチンから離れていく。
そして、愛する妻さえも……。
「どうして……どうしてだよぉおおお~…………」
情けなく涙を流しながら、セッチンはうずくまる。
「どうして……どうしてこんなんことになるんだよぉおお……」
職人としての信用は完全に失われ、妻からも見放された。
そして、愛する妻は自分を捨てた(と思ってる)。
本当は、セッチンをここから出すためのお金を、なんとかして工面するために、離れていっただけなのに。
けれどシリカルから捨てられたと、そう思い込んでいる。
「どうして……どうして……ぼくはこんなにも……」
「それは、おまえさんに才能がないからだね」
背後から、見知らぬ男の声がした。
振り返ると、全身を布で覆った、怪しい人物がいた。
今までそんなやつはいなかったのに。
というか、牢屋のなかに、どうやって侵入してきたのか?
困惑するセッチンをよそに、男(仮)は近づいてきて、セッチンの右手を見やる。
「うんうん、いい感じに呪物が君になじんでる」
「じゅぶつ……?」
「そのスタンプのことだよ。おれがあげたやつ」
「! じゃ、じゃあ……あんたが……! いつぞやの!」
いつだったか、セッチンにこの偽装のスタンプを渡してきた、張本人だ。
「あんたなにもの……?」
「ま、ただの天才職人さ」
自分を天才と、臆面無く言い張ってきた。
まあたしかに、外見を本物そっくりに変えるアイテムなんて作れる時点で天才の分類と言える。
「おまえさんの疑問に答えてあげるよ、セッチン・クラフト」
男が近づいてきてささやく。
「おまえに、物作りの才能が、これっぽっちもないからさ」
「!?」
……わかっていたことだ。
買い手からも、父からも、そう言われたのだ。
「才能……才能……」
「そう。才能。あんたには物を作るうえで必要なそれが、ひとっかけらもない」
「う、うぅうううううううううううううううううう!」
悔しかった、悲しかった。
まがりなりにもクリエイターの家に生まれた存在だからか、彼にも作り手としての矜持が少しはあったのだ。
同じく作り手であるこの男から、才能が無いと断じられ……。
セッチンは、悲しくて涙を流すしか無かった。
「人の才能が妬ましいかい?」
「妬ましい……ほしい……ほしい……才能が……」
男が、口元をゆがませた。
まるで……そう、悪魔のように。
「じゃあ、才能を奪っちまえばいい」
「さいのうを……うばう?」
「ああ。こんな与太話を知ってるかい? あるところに、絵の才能のない男がいた。彼は凄い絵師……つまり、神絵師にあこがれた。でも神絵師になれない、才能が無いから。その男はどうしたと思う?」
わからなかった。
正解は……と男は続ける。
「神絵師の腕を切って、食べちまったのさ。そして……その力を己の物に変えた」
「! 才能を……奪った……」
「そのとおり。ほしけりゃ奪えばいいんだ。なぁ……セッチン・クラフト」
男がセッチンの右手と同化している、呪いのアイテムに触れる。
アイテムからより一層、黒い靄が発生する。
「う、ぐ、があぁああああああああああああああああああああああ!」
黒い靄はセッチンを包み込んでいく。
『ぼく……ぼくは……ぼくはぁあああああああああああああああああああ!』
体が膨張し、異形の物へと変化していく。
体中から、腕が生えたのだ。
その手は老若男女、様々な手をしてる。
『ぼくは……手を奪う! 才能を奪って、自分の物にするぅう!』
牢屋の外から悲鳴が聞こえる。
男はにぃっと笑う。
「外にはたくさんの、才能のあるやつらがのさばってるぜ? そいつら全員、才能の無いおまえを馬鹿にしてるんだ」
『なんだとぉおおお!?』
「ふざけんなだよな。じゃあ奪っちまえ。残らず全員」
『うぉおおおおおおおおおおおおおお! ぼ、ぼくは奪う! 才能ある奴らから! 才能をぉおおおおおおおおおおおお!』
セッチンは体中の腕をあやつり、一本のぶっとい腕へと変えた。
複数のヒモで編んで、細工を作るように。
巨腕を振るって牢屋を破壊し、彼は外へと飛び出ていった。
「ひひっ! さぁて……お手並み拝見といかせてもらおうか。八宝斎の」
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