40.元婚約者は、化け物の子に恐怖する
ヴィルの元婚約者、シリカル・ハッサーン。
彼女はヴィルを連れ戻しに帝都へ来たが、失敗に終わる。
帰ろうとしたそのとき、突如として陣痛が始まり、出産。
生まれてきた子供は、醜悪極まる見た目の、巨大な赤ん坊だった。
「ふうむ……これは……」
「呪医様……どう、なんでしょう?」
帝都には最高の医療スタッフがそろっている。
この呪医もまたそうだ。
世界で五指に入るほどの、高名な呪医である。
まじない専門の医者が、シリカルの子供(仮)を診察し、所見を述べる。
「どうやらこの子には、莫大な魔力が宿っておるようじゃ」
呪医はシリカルの子供を指さす。
2メートルの巨躯に、カエルのような醜い見た目をしている。
「莫大な……魔力、ですか?」
「うむ。通常ではあり得ないほどの魔力だ。しかし、己の体が、その多すぎる魔力を受け止められなかったのだろう。ゆえに、異形となったのじゃ」
水風船に無理矢理、水(魔力)をそそぎこんだ結果、膨張するのと同じようだ。
「じゃあ……この子は人間……なんですね?」
「うむ……が、人間よりもモンスターに近い体といえよう」
人間の体では、莫大な魔力を受け止められないから、器たる肉体を、魔法力の高い魔の物に変えたという。
「モンスター……なんとか、なんとか治らないのですか? 我が子がモンスターだなんて……」
シリカルは子供を見やる。
大きなカエルにしか見えない。
「ま゛……ま゛ぁ……」
子供が、甘えるようにそういう。
手を伸ばしてくる……だが、はっきり言って気色悪かった。
息子? 娘? を愛したいという気持ち以上に、嫌悪感を抱いてしまう。
それはしかたない、醜悪な見た目をしてるうえ、モンスターになってしまってるのだから。
「この子は呪われておる」
「呪い……?」
「ああ。魔力を増やす代償として、モンスターとなる呪いじゃ。とても、とても、強力な呪いで……わしでは解呪できん」
呪医の言葉にシリカルは絶望する。
「そんな……じゃ、じゃあ解呪できる人を呼んでください! こんな姿じゃ……子供が、かわいそうです……」
「……残念ながら、わしが解呪できないのなら、もうこの世の誰も、この呪いを解くことは不可能じゃ」
それほどまでに、この呪医はランクが高いということだろう。
この人でも無理なら、もうこの子の呪いは、とけない……。
「ま゛……ま゛ぁ……♡」
子供が手を伸ばしてくる。
カエルのように、体表から粘液が分泌されていた。
大きくて、異形で、ぬらぬらと濡れている腕……。
シリカルは、とっさにその腕を払ってしまった。
「ひっ!」
……それは仕方ない。
相手はどう見てもモンスターなのだ。
たとえ我が子だったとしても、この気持ち悪い見た目を、すぐに受け入れることは不可能。
「ま、まぁ……」
一方で子供は、母に拒絶されたことが悲しくて……。
「ままぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
赤子が通常ではあり得ないほどの、大声を出す。
「こ、これは魔法!? 音の魔法だと!? うぐがぁあああああああああああ!」
子供が発した鳴き声は、周囲にあるもの全てを内側から破壊する。
呪医や医者は耳から血を出して倒れる。
病室のものはバキンバキンと音を立てて壊れ、窓ガラスは破砕音とともに砕け散る。
「やめて! おねがい! やめて!」
「まぁああああああああまぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
病室、はては病院全体が、子供の放った鳴き声によってひび割れていく。
泣く、という行動がすでに、魔法となっていた。
そう、この子供は魔法の天才なのだ。
呪文を詠唱することなく、ただ泣くだけで、高等とされる音の魔法を使用して見せたのだから。
しかし、そうはいってもまだ子供。
母に拒まれた悲しみを、己の理性でセーブできない。
「まぁああああああああああまぁああああああああああああああああ!」
怖い……シリカルは純粋にそう思った。
怖い。こんな化け物みたいな見た目で、こんな、強大な魔法を使ってみせる我が子を……愛する自信が無かった。
「冒険者はまだか!?」「今呼びに行っている!」「はやくあの化け物を殺してくれぇ!」
……殺す。
誰を?
化け物?
そのとき、ヴィルの言葉が、脳裏によぎった。
『たとえ作ったやつらがクソだとしても……生み出される子供に、罪はねえよ』
……そうだ。
ヴィルの、言う通りだ。
「この子に……罪は……ない……。この子は……この子は……」
シリカルはふらつきながら、我が子に近づく。
最初は気持ち悪いと思ってた、カエルのような体を……優しく抱きしめてあげた。
「ごめんね、怖がらせて……」
「ま゛……ま゛……」
音魔法が解除される。
母に抱きしめられたことで、気分が静まったのだろう。
「ごめんね……きもちわるいなんていって……ごめんね……生んだのは、私なのに……こんな姿で生んでしまって……ごめんねぇ……」
子供がどんな姿をしてようが、この子は自分が生んだ子供なのだ。
気持ち悪いとか、言うべきじゃなかった。
「まま……」
赤ん坊の暴走が完全に止まる。
シリカルも……この子を自分の子だと認識できた。
「ありがとう、ヴィル……」
ヴィルの言葉がなかったら、多分無理だったろう。
彼にまた、救われた……。と、そのときだ。
「こっちです! ここにカエルのモンスターが!」
がちゃがちゃ、と足音を立てながら冒険者たちが入ってくる。
シリカルの子供を見て、ぎょっ、と目を剥いた。
「総員! 攻撃!」
「や、やめて! やめてよぉ!」
冒険者達は問答無用で攻撃してきた。
魔法を放ってくる。
シリカルは子供をかばおうとして……。
「きゃぁあああああああああああああ!」
冒険者の放った火の魔法を体に受けて、その場に倒れる。
肌が焼けて、強烈な痛みを感じる……。
「ああああああああああああああああああ!」
「ま、まぁああああああああああああああああ!!!!!!」
再び子供が暴走。
母を攻撃されたことで、今度はその強い魔法の力を、人間に向ける。
憎悪の感情とともに。
「まあああああああああああまぁああああああああああああああ!」
先ほどよりも強力な音魔法。
爆撃でも起きたのか、と錯覚するレベルの衝撃が走る。
崩れ落ちる病院。
もうだめだと想われた……そのときだ。
カツーン……!
病室が、一瞬で元通りになった。
それだけじゃない、全身火だるまになっていたシリカルも……。
そして、カエルのように醜い姿だった、シリカルの子供も……。
すべて、一瞬で、元通りになったのだ。
「な、何が起きた……?」
「全部が元通りだと……!」
「ばかな……誰が、いったい……?」
驚く冒険者たちを、ぺんっ、と手で叩く人物が一人。
「おまえら、子供になにやってんだよ」
「ヴィル!!!!!」
倒れ伏すシリカルが見たのは、病室の入り口に立つ、ヴィル・クラフトだった。
その手にはハンマーが握られている。
多分、彼が全てを元通りにしたのだ。
「きゃっきゃ、ままぁ……♡」
「! あ、赤ん坊が……! 人間の姿に!?」
慌ててベッドの上へ移動する。
2メートルのカエルだった子供が、通常の、人間の姿になっているのだ。
目が、人間の瞳孔をしてない(カエルっぽい)ものの、肌の色も、体のサイズも、全て人間のようだ。
しかし……。
「こ、これはどういうことじゃぁ!?」
呪医が、赤ん坊を見て驚愕する。
「信じられん! あの強力な呪いをとくどころか、体が! あの膨大な魔力量を内側にとどめ、コントロールできる体に作り変わってるじゃとぉ!?」
高名な呪医ですら、解除不可能だと言われた呪いを解いただけでなく、体を作り替えてみせた。
「まさに……神業。こんなの……人間には不可能……」
呪医がヴィルに尊敬のまなざしを向ける。
彼は息をついて、さっさと病室を出て行こうとする。
「ま、待って! 待ってヴィル待って!!!!」
赤ん坊を抱いたまま、シリカルはヴィルの後を追いかける。
「ありがとう……!」
最初に口を突いたのは、そんな感謝の言葉だった。
「子供を……守ってくれてありがとう! 全部を、直してくれて……ありがとう!」
もう昔のように、戻ってきてほしいとか、そんなことは想っていなかった。
シリカルはただ、直してくれたヴィルに、深く感謝していた。
彼はぼりぼり、と頭をかいた後に言う。
「別におまえのためじゃねーよ」
彼は言っていた。
作られたものに罪はないと。
彼はシリカルを許したのでは無い、作られし哀れな命を、救いたかったのだ。
呪いを祝福に変えて、その子供が、生きていけるように……。
シリカルは子供を抱えたまま、深く深く頭を下げる。
彼がいなくなって見えなくなっても、まだ頭を下げていた。
「本当に……ありがとう、ヴィル。ごめんなさい……私が、愚かな女で……ごめんなさい……」
ゆるしてもらおうとは、もう思わない。
彼女はヴィルに、もう返しきれないほどのものをもらったから。
これ以上彼に何かしてもらうわけにはいかなかった。
「ままぁ……?」
赤ん坊が不思議そうに見上げてくる。
呪医がいうには、この子にはすごい才能があるとのこと。
でも、才能の有無なんて関係ない。
作った以上、責任を持って……彼女は育てる。
「帰りましょう、おうちに。パパが……セッチンが待ってるわ」
もうヴィルに頼るのはやめよう。
ハッサーンが潰れても、死ぬわけじゃない。
商会がなくなっても、まだ自分には愛する子供と夫がいる。
やりなおすんだ、人生を。
そしてこの子を……しっかり育てていくんだと……そう、思うのだった。
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