39.元婚約者は彼を捨てたことを後悔し、化物を産む
ヴィル・クラフトの元婚約者、シリカル・ハッサーンは、目を覚ます。
「う……ここは……?」
「目ぇさめたか?」
横たわる自分の隣に、良く見知った顔があった。
「ヴィル……」
彼がため息をつきながら、こちらを見下ろしている。
「ここは……?」
「帝都病院。おまえあのあと、気絶したんだよ」
「気絶……」
ヴィルに土下座して謝ったが、許してもらえなかった。
それがショックすぎて、彼女の意識はブラックアウトしたのである。
「なんで……?」
「あん?」
「なんで、あなたがここに……? ほっとけばいいのに……」
そうだ、こんなくそ女のことなんて、放っておけばいいのに、彼はそばにいてくれたのだ。
ヴィルがため息交じりに言う。
「別に、おまえのためじゃないよ。おなかの子のためだよ」
「あ……」
シリカルの腹のなかには、セッチンとの間に作った、子供がいる。
「たとえ作ったやつらがクソだとしても……生み出される子供に、罪はねえよ」
……ああ、なんて。
なんて心の広い人だろうか。
そんな人に対して、シリカルは酷いことをしてしまったのだ。
「……ごめん、なさい」
「だから……謝罪なんていらん。俺はあんたらを許してない」
「そう……よね……」
そうだ。
ヴィルを裏切って、セッチンと子供を作った過去は変わらない。
彼から店を奪い、店を追い出した事実は……変わらない。
「あんた金は?」
「…………」
「ねえのか。まじかよ。俺に断られたらどうやって、王都に帰るつもりだったんだよ?」
ヴィルが断るとはまったく思っていなかったのだ。
謝れば戻ってくれるって、心から思っていたのである。
どこまでも甘い女だった。
ヴィルはそんなシリカルの浅ましい考えなどお見通しらしい。
彼は懐から、革袋を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは……?」
「帰りの電車賃だ。魔法列車に乗って帰れ。馬車だと母体に悪いし」
「…………」
……シリカルは嘆く。ああ、ほんとうに、ほんとうに、自分は馬鹿だった。
彼を、どうして手放してしまったのだろう。
どうして、傷つけてしまったのだろ。
彼がこんなに優しいことは、知っていたはずなのに……。
「じゃあな。シリカル。もうおまえとは金輪際あわん」
「…………」
「検査したら、赤ちゃんは問題なく育ってるってよ。検査代と入院費は払っておいた。これきりだ。じゃあな」
ヴィルはそう言って病室を出て行った。
……胸の中に、大きな穴が空いたような気がした。
「ヴィル……う、ううぅうううううう!」
自分は、完全にヴィルから見捨てられてしまった。
実力もあり、人格者でもある……彼に。
窮状を打破することのできる、最後の頼みの綱が……今。
手から……こぼれ落ちてしまった……。
「ああ! どうして! どうして私は! あんな……あんな愚かなことを……!」
シリカルは、ヴィルの努力を認めてあげなかったことを、後悔した。
彼に酷い扱いをしてしまったことを、嘆いた。
そして……店を追い出すようなマネをしたことを、強く強く悔いていた。
「もどりたい……むかしに……」
セッチンとの関係を、隠すことなんてしなければよかった。
優しいヴィルなら、弟のほうを好きになったと、ちゃんと謝って説明すれば、許してくれていたはずだ。
彼の努力を認めず、彼が誰のために頑張っているか理解せず、理不尽に追放してしまった……。
つまり。
全部……自分が、悪かった。
「ごめん……セッチン……ごめん……赤ちゃん……私……もう駄目だわ」
ヴィルとの関係修復に、失敗してしまった。
もうこれで、完全に希望は断たれた。
「店は……もうおしまい……。商会も……破産して……家族が露頭に迷うことに……う……うう……」
お腹をかかえた……そのときだった。
「う、うう?」
なんだか、妙に腹が痛かった。
どくんどくん! と腹の奥で何かが脈打っている。
「な、なに……い、いぎゃぁあああああああああああああああああああ!」
そのとき、突如としてシリカルの腹が、ぼこぉお……と膨れ上がったのだ。
まるで風船でも膨らませたかのごとく、大きく大きく膨らんでいく。
「痛い痛い痛い痛い恐い恐い恐い恐い! なにこれぇええええええええ!?」
わからない。でも、腹が急に膨れ上がるなんて異常だ。
シリカルは、思い出す。
ここへ来る途中の列車の中で……謎の男から、あやしげなあめ玉をもらっていた。
「まさか……あのアメが、あ、あがぁあああああああああああああ!」
その通り。
あのあめ玉は、呪いのアイテムを製造する男……七福塵がつくりしアイテムなのだ。
あの呪は、シリカルの体に変化をもたらした。
すなわち……。
「あああお腹が痛い! 破裂する! う、生まれるぅうううううううう! あああああああああ!」
腹の上に、赤い魔法陣が展開する。
そこから、這い出てきたのは……。
2メートルはあろう、巨大な赤ん坊だった。
べちゃっ、と粘液まみれのそれが、ゆかに落ちると同時に、腹の痛みも膨らみもとまった。
「え……? え……。え……?」
何が起きてるのかさっぱりわからない。
その、2メートルを超える赤ん坊は……明らかに異常だ。
肌が、黒い。
ぬらぬらとしていて、まるでカエルのようだ。
「ま……まあ……」
シリカルは理解した。
この、デカく、不気味な存在が……。
自分の産んだ、子供なのだと。
「いや……」
あり得ない。
まだ出産する時期じゃ無い。
そもそもこんな……人間じゃ無い。
ただの……。
「ば、ばけものおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
泣きっ面に蜂とはこのことか。
メンタルがボロボロになっているところに、この仕打ち。
愛の結晶たる赤ん坊が、見るもおぞましい姿で現れたことに……。
シリカルは耐えられなくなり、恐怖の悲鳴を上げるしか無かったのだった。
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