38.元婚約者は土下座する、がもう遅い
ヴィルが女の子の持っていた人形、およびその母親を治療した一方そのころ。
彼がいる病院の、別の場所にて。
ヴィルの元婚約者シリカル・ハッサーンもまた、帝都病院に検査入院していた。
りかたん人形を持っていた女の子と同じ魔法列車に、シリカルも乗車していたのだ。
魔神ロウリィの背中に乗り、乗客たちは全員がこの帝都病院に来ている状態である。
さて、そんなシリカルは、奇跡を目撃していた。
「す、すごいわ……ヴィル! なんてすごいの!」
シリカルは、ヴィルたちがいる病室を、ドアからこっそりと覗いていた。
彼女は先ほど、受付ロビーにて、検査の結果を待っていたのだ。
そこへ、ヴィルが(獣人の少女とともに)勢いよく、病院にかけつけてきたのが見えた。
これは僥倖だ! とシリカルはヴィルの後を追った。
そして、彼が起こした奇跡を、こうして目の当たりにしたのである。
「死者の蘇生に、ただの人形に命を吹き込むなんて……神業だわ!」
そこへ……。
「すごい!」「奇跡だ!」「信じられない!」
シリカルは視線を、病室から廊下へと向かう。
立ち並ぶ病室からは、次々と歓声が上がっているではないか。
シリカルはヴィルのいる病室をいったん離れて、近くの病室の様子をうかがう。
ベッドサイドに男の子が立ち、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
その隣で母親が泣いていた。
「まま見て! 足が動くよ!」
「ああ、坊や! 動けるようになるなんて! 奇跡だわ!」
彼女は、その他の病室も見て回る。
「治療不可能とされていた、難病が治っただと!?」
「余命3か月と宣告されたのに、もう退院してもいいって言われたわ!」
「見える! 外の景色が見えるぞ!」
……このように、帝都病院に入院していた患者たちに、次々と幸運が降り注いでいたのだ。
治らないはずの病気がなおったり、失った部位が元通りになったりしている。
病院内で奇跡が起きていた。
医者は困惑する。それはそうだ。入院患者が全員、快復してみせたのだから。
「神でも降臨したのだろうか……?」
医者は困惑しながらつぶやく。
その様子を見て、シリカルはしたり顔でうなずいた。
(みんな、ヴィルのおかげだってことに気づいていない……! 本当にヴィルはすごいわ、こんなの本当に神の奇跡じゃないの!)
シリカルは廊下を歩いて、ヴィルのもとへ向かう。
彼女の足取りは非常に軽い。
(やっぱり私が見抜いていた通り、ヴィルはすさまじい職人だったんだわ! この奇跡を見て、確信を得た!)
……まあ、じゃあ最初から婚約破棄や、浮気などするなって話ではある。
シリカルは自分がヴィルにしたひどいことは棚上げして、これからのことを考える。
(ヴィルが戻ってくれば、全部解決だわ。彼を頼っていた客が戻ってくるだろうし、あの奇跡のアイテムをうれば、それこそ大きな利益を得られる! 病気をすべて治すアイテムなんて、まさに夢のアイテムじゃない! さぞ高値で売れるわ! さっそく量産の手立てを……)
シリカルは、やはりヴィルの本質を見抜いていなかった。
さきほど見抜いたとかのたまっていたくせにである。
シリカルはわかっていなかった。
ヴィルは商人ではなく、職人であること。
儲けよりも使った人の笑顔を、何より大事にしてるのだと。
……悲しいことに、シリカルは根っからの商人だった。だから、理解できなかったのだ。
さて。
シリカルはりかたん人形を持つ女の子の、病室へと戻ってきた。
「ヴィル!」
「! おまえ……シリカル」
中にはヴィル・クラフトと、そして獣人の少女が立っている。
獣人はシリカルを見るなり、警戒するように、しっぽと耳を立てる。
「会いたかったわ、ヴィル! あなたに、謝りたいことがあったの」
「はぁ……?」
ヴィルが、いらだってるように見えた。
まるで、【ほかにやるべき大切なことがある】ってときに、邪魔されたような。
しかしシリカルは自分のことしか考えておらず、ヴィルには彼の事情があるってことに気づいていなかった。
「あなたを追い出すような真似をして、本当にごめんなさい! 私が、全部悪かったわ!」
シリカルは今日までのことを振り返りながら言う。
ヴィルが出て行ったあと、いろんな不幸に見舞われた。
物が売れなくなった。
得意先から注文キャンセルされた。
残った弟のセッチンは腕の未熟な職人だった。
セッチンのせいで訴訟を起こされた。
そして今、ハッサーン商会は崩壊の危機に瀕している……。
シリカルは今の窮状を、情感を交えながら、ヴィルに伝えた。
彼は黙って聞いてはいた。
しかしだんだんといら立っていることに……彼女は気づいていなかった。
「本当にごめんなさいヴィル。私が悪かったわ。ねえ……もう一度、私のもとに帰ってきて……」
「断る」
シリカルが最後まで言い終わる前に、ヴィルがはっきり言ったのだ。
……聞き間違い? いや、彼は確かに言った。
断ると。
その目には、確かないら立ちと、そして不快感をあらわにしていた。
(な、なんで? なんでそんな不愉快そうな顔してるの……ちゃんと間違いを認めてあげたのに!)
「悪いが俺は忙しいんだ」
「い、忙しい……まさか! もうほかの商会からスカウトを受けているの!? だめよ! どこの馬の骨かわからない商会よりも、ハッサーン商会のほうがいいに決まってるわ!」
シリカルはここでも、勘違いしていた。
ヴィルが断ったのは、他からのスカウトがあったからだと。
ヴィルをわたすものか。
莫大な利益をもたらす、まさしく、黄金の手の持ち主を、誰にも渡したくなかった。
「ねえヴィル? 私に怒ってるのね? 愛していたのに裏切られて、怒ってるんでしょう? そうなんでしょう?」
「まあそれもある」
それ、も?
「ど、どういうこと?」
「おまえには関係ない」
……なんと、冷たい拒絶だろうか。
かつて自分に優しくしてくれていたヴィルは、もういないように感じた。
彼の心が完全に、シリカルから離れている気がした。
……どこかで、甘えがあったのかもしれない。
ヴィルがシリカルに対して、まだ未練を覚えているのかと。
自分の心は、まあセッチンのものだからなびくことはないけれども。
「そ、そんな……私には関係ないって……冷たいじゃない。いちおう、婚約者だったのに……」
同情を誘うような言い方に、ついに、獣人がぶちぎれた。
「しつこいんですよ! あなた!」
狼のようなしっぽが、ぶわ、と竹ぼうきのように膨らむ。
彼女から発せられた怒気に、シリカルは思わずしりもちをついてしまう。
「ヴィル様を裏切っておいて、今更帰ってこい? ふざけるのもたいがいになさい!」
「な、なによ……あんたには関係ないでしょ?」
そうだ、無関係の女だ。
しかし獣人から発せられるあまりの殺気に、恐怖してしまう。
「関係なくはありません。私はヴィル様に命を救ってもらったもの。彼のおそばにいて、彼のことを、一番よく理解してるつもりです」
「!」
つまりは、恋人的な存在だろうか。
「な、なによそれ。もうほかに女造ってたの!? ずるいわ! うらぎりよ!」
「何が裏切りですか。あなたからヴィル様を裏切ったんじゃないですか! もう彼はあなたとは無関係。自分から手を切った、そうでしょ?」
……そのとおりだった。
そのとおりすぎて、何も言い返せない。
「とにかく、ヴィル様には崇高なる使命がございます。あなた様にかけてる時間はないのです。帰ってください」
獣人の言葉に、ヴィルがしっかりとうなずいた。
「悪いな、帰るつもりはない」
……シリカルは知らない。
ヴィルの言う使命とは、おのれの技術を高めるだけでなく、呪いのアイテムを配っていた犯人を捕まえるというもの。
シリカルの商会を救うなんて、ちっぽけなことにかまけている時間はないのだ。
「そんな、お、おねがいよ! ねえ、あなた、ハッサーンがなくなってもいいの!?」
「関係ない。ハッサーン商会はおまえの商会だろう? なんとかするのはおまえだ。なんとかできないならお前の責任だ。俺は関係ない」
「で、でも! でもぉ!」
「それに、お前が言ったんだろ? 商会が大きくなったのは、自分の手柄だ。俺は関係ないって」
「あ……」
そうだ、言った。
彼をふるときに、言った。
商会がでかくなったのは自分の手柄で、ヴィルは無関係だと。
商会とヴィルに、関係がないと、自分から……言ってしまったのだ。
つまりハッサーンの窮状をつかって、同情を引き、連れ戻すことは不可能。
だって、関係ないのだから。
「あ、ああ、あああああ! ごめんなさい! ごめんなさいヴィル!」
シリカルはなりふり構わずに、頭をさげる。
その場に膝をついて、土下座しながら謝る。
「今までいろいろ酷いこと言ってすみませんでした! 商会がおおきくなったのも! 私の名声も! 全部全部あなた様がいたからでした! 愚かなのは私でした! 私が悪かったです! だから許して! お願い! ゆるしてぇ!」
土下座しながら何度も何度も謝る。
しかし……彼は言った。一言だけ。
「もうおせえよ」
……シリカルは目の前が真っ暗になった。
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