35.元婚約者は、七福塵から呪いのアイテムをもらう
さて、ヴィル・クラフトの元婚約者、シリカル・ハッサーンは、帝国にいるという、ヴィルの元へ向かうことにした
彼女の目的は、ヴィルに戻ってきてもらい、崩壊寸前の商会を立て直すため。
「ふぅ……」
彼女が乗っているのは、【魔法列車】という、近年帝国が作り出した、魔法で動く列車だ。
今まで移動手段と言えば馬車が主流だった。
しかし技術力に優れる帝国の優秀な魔道具師が、魔法で動く乗り物を開発。
とくにこの魔法列車は、まだ本数は少ないうえ、行き先も限られているものの、短時間で目的地につけるということで、人気があった。
「ヴィル……」
彼女が座っているのは、4人がけのボックス席だ。
正面には小さな子供と、母親らしき存在。
そして、シリカルの隣には、妙な男が眠っている。
毛布で体を覆い、頭にはターバンを巻いていた。
「うぇーん! うぇーん! おかーさーん! りかたん人形壊れちゃったよー!」
正面に座っていた小さな女の子が急に泣きだした。
手元を見ると、首の取れた人形を持っている。どうやら遊んでいるうちに、壊してしまったと思われる。
「おかーさーん! なおしてよー!」
「困ったわ……お裁縫道具もないし」
「うえーーーん!」
母親と目が合う。
「すみません、お裁縫の道具とかって……」
「……ごめんなさい」
「ないですよね。はあ……困った……」
と、そのときだった。
「裁縫道具なんて、いらねえなぁ」
毛布をかぶっていた男が、右手を差し出す。
「! その手は……」
シリカルは、男の手の甲に、目が行く。
【太陽の紋章】が描かれていた。
それが、なにか、シリカルは知ってる。誰よりも、知ってる。
「壊れちまったもんは、こうすりゃ直る……」
彼が女の子の壊れた人形に触れる。
すると、不思議なことが起きた。
壊れた人形があっという間に、元通りになったのだ。
男が何をしたようにも見えなかった。
ただ、触れた。それだけで元通りになったのだ。
「りかたんがなおったー! すごい! お兄さん魔法使い?」
すると毛布男は「くくく」と笑う。
「違う違う、おれはそんなもんじゃあねえよ」
「じゃあ、おもちゃ屋さん?」
「くっくっく、ま、似たようなもんかもなぁ」
少女の母親が、毛布男に頭を下げる。
「ありがとうございます、たすかりました」
「いやいや、気にしなさんな。おれはただ、不幸ってやつを、どうにもほっとけないタチでねえ……」
なるほど、困っている人物をほっとけない、なかなか人のできた人物なのだ。
……と、シリカルは【勘違い】した。
親子との会話が終わる。
その瞬間、シリカルは彼に話しかける。
「失礼ですが、あなた、高名な鍛冶師かなにかでしょうか?」
するとターバンで顔が見えないものの、「へえ……」と男が感心したようにつぶやく。
「よくわかったねぇ、お嬢ちゃん、なんでわかったんだい?」
「その右手。手の甲の、太陽の紋章……。それは、黄金の手、ですよね?」
ヴィルと同じ手を持つ存在だ。
黄金の手。
シリカルは調べたのだ、ヴィルがいなくなった後に、ヴィルがいかにすごいかってことを。
彼には特別な力があったのだ。
特に、彼の右手には、【黄金の手】と呼ばれる特殊な物作りの才能があったのだ。
ヴィルと同等の力を持つ、野良の職人。
そんな都合のいい存在がいるのなら、ぜひスカウトしておきたい。
ヴィルに断られたときの、いわば保険として。
「うちは商会をやっております。うちで働きませんか?」
すると彼はじっ、とシリカルを見て言う。
「ハッサーン商会……おやおや、ハッサーンって言えば、今とんでもない不幸に見舞われてるって耳にしたが……?」
「!?」
ハッサーン商会と、名乗らなかった。
言えば、断られるかもしれないと思ったからだ。
商会名を伏せて交渉してる時点で、経営者失格なのだが……まあそれはさておき。
問題なのは、どうして、この男はシリカルの商会を、ハッサーンだと言い当てられたのか。
「悪いねお嬢さん、おれは組織に所属するつもりはないのさ。旅の途中でね」
「旅……?」
「ああ。おれは、【あるもの】を作るために旅をしているのさ。ずっと、ずぅうっとね」
……どうやら彼も、ヴィル同様にクオリティを追求するタイプのようだ。
スカウトしても無駄だろう。
「しかしハッサーン商会か……ふふ、そうかそうか。さぞ、おまえさんは苦労してるのだろうねえ」
「……はい。もう、どうしようもないくらいに困ってまして……お腹には、子供もいるのに」
スカウトが無理とあきらめたので、世間話をするシリカル。
「そうかそうか、子供がいるのかい。それはいい。子供はいいね、人間が作る作品のなかじゃ、なかなか興味深い一品だ」
「は、はあ……作品……?」
彼は毛布の中から何かを取り出す。
お菓子の袋のようなものだ。
「おれはおまえさんの不幸がほっとけないぜ。組織に入ることはできないが、これをおまえさんにはあげよう」
袋を受け取ってガサガサと振る。
封を開けて中を見ると、あめ玉が入っていた。
「あめ玉……?」
「食べると気持ちが楽になる、あめ玉さ」
不思議に思いながら、もらったものを突っ返すわけにもいかず、一口食べる。
……その瞬間、とても幸せな気分に包まれた。
今まで悩んでいたことから、解放される。
夢の中にいるかのような心地よさだ。
「気に入ってくれたようで何よりだよ。さて、おれは途中で下車させてもらうね」
シリカルはぬるま湯の中に使ってるかのような心地よさに包まれているからか、当然の疑問に気づけない。
さっきの女の子のお母さんが尋ねてくる。
「あの……途中下車っていいましても、これ終点の帝都までとまりませんよ?」
すると男が優しい声音で言う。
「ああ、大丈夫。心配してくれてありがとう。じゃあね、お嬢ちゃん、人形を大切にね」
「うん! バイバーイ!」
そんなやりとりも気にならないほどに、シリカルはぼうっとしている。
気持ちいい、この感覚にずっと包まれていたい。
まぶたが落ちる。
何もかもがどうでもいい。
何も考えなくていい。
そのときだ。
「おいおいおい危ないぞ!」「なんかゆれてないか!?」「きゃー!」
ききーっ!
がっしゃーーーーーーん!
……シリカルを乗せた魔法列車が、横転したのだ。
整備したばかりの列車で、事故などあり得ない。
しかも、列車の車輪が全部外れていたそうだ。
こんな事故は、あり得ない。
そんな様子を、さっきの毛布をかぶった男が見つめている。
「いいねえ、最高だぁ……」
列車が横転したことでてんやわんやしているなか、男は列車に近づく。
窓から中を見やる。
さっきの少女が、頭から血を流して死んでいた。
母親と、そして隣に座ってシリカルも目を覚ましていない。
しかし……呼吸はしてるので、まだ生きてはいるだろう。
「ふふ……気に入ってくれたかい?」
男が少女に手を伸ばす。
少女に直してやった人形からは、黒い靄が発生していた。
そう……これは呪いのアイテム、呪具。
その男は触れただけで、ただの人形を、呪いのアイテムに変えたのだ。
ヴィルと同じ黄金の手を持ちながら、触れただけで呪いのアイテムを作る……。
この男こそ……。
「このおれ、【七福塵】の作る、呪いのアイテムを」
【★読者の皆様へ お願いがあります】
ブクマ、評価はモチベーション維持向上につながります!
現時点でも構いませんので、
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れてください!
よろしくお願いします!




