26.無自覚に歴史的発明をする
俺は地下に広がる隠しダンジョンから、地上へと戻ってきた。
「ヴィル様!」
獣人ポロが俺に飛びついてきた!
そのまま押し倒される俺。
ぶんぶんぶん! と彼女が狼の尻尾を振りまくる。
俺と久しぶりに会えたのがうれしかったのだろう。
と思ったら、彼女の瞳が涙で濡れていた。
「なかなか帰ってこなかったので、とても心配しておりました……」
「? いや、1時間も経ってないだろ?」
ぶんぶん! と彼女が首をふるって言う。
「ヴィル様が地下に入ってから、10日が経過しております」
「は? 10日……?」
そこへロウリィちゃんがやってくる。
「ロウリィちゃん、俺、なかで1時間くらいしかいなかった気がするんだけど」
ダンジョンを軽く探索して、思いついたアイテムを完成させて、戻ってきたんだが。
しかしロウリィちゃんが言う。
「10日経ってるっす」
「まじで? え、なんで?」
物知りなロウリィちゃんが説明してくれた。
「隠しダンジョンと、外では時間の流れがことなるんすよ」
「つまり……なかで1時間のはずが、外だと10日経過していたと?」
「そっすそっす」
まじかいな……。
さすがダンジョン。不思議なことが起きるんだな。
「時間の流れ方は常に一定じゃ無いんす、ダンジョン内は。今回は向こうの1時間がこっちで10日でしたけど、逆もあるんす」
ダンジョンで10日経ったと思ったら1時間だった、って事例もあるのか……。
「そんなの聞いたこと無いぞ」
「通常のダンジョンでは起きない現象っすからね」
なるほどな……。
しかしその都度、ポロを心配させるのは悪いな。
工房に引きこもりすぎるのも、良くないわ。
ほどほどにしないとな。
あそこには俺しか入れないんだ。
外にいる彼女を、心配で悲しませるわけにもいかないし……って、あ、そうだ。
「迷惑かけたなポロ。これは……プレゼントだよ」
「ふぇ……? プレゼント……?」
工房で作ったアイテムを、俺は彼女にプレゼントする。
俺は■から、1つの髪飾りを取り出す。
三日月の形をした髪飾りだ。
ぼぅ……と淡く発光している。
「わぁ……! 素敵です! こんな素敵な髪飾り、はじめてみました」
気に入ってもらえたら何よりだ。
ロウリィちゃんは目を剥いてる。
「こ、これ……迷宮の壁の素材すか?」
「そうそう。それを加工した」
「いや加工したって……無理なんすけど。普通……って、迷宮の壁を壊せたから、できるか……まじすげーっすわ……」
ダンジョンに潜って手に入れた素材、そして、ロウリィちゃんの力から、この新しいアイテムを完成させたのである。
「ポロ。ロウリィちゃん、ちょっとこの部屋から出てってみてくれないか? ちょっと試したいことがあるんだ」
こくんと素直にうなずくと、ポロ達が部屋を出て行く。
それを確認してから、俺はハンマーに向かってしゃべる。
「あーあー、聞こえるか、ポロ?」
端から見りゃ、なにやってんだって思われるだろう。
ポロは部屋から出て行って、目の前にいないのだ。だけど……。
『! ゔぃ、ヴィル様!? ヴィル様のお声が聞こえます!』
おお、ちゃんと聞こえてるようだな。
『えええええええええ!? こ、これ、念話じゃないっすかー!』
ロウリィちゃんの声もちゃんと届く。
だだだ、と二人が俺のいる部屋へと戻ってきた。
「ロウリィちゃんのほら、念話の魔法あったじゃん? アレをみんなが簡単に使えるようになったら、便利かなーって思ってさ」
で、作った。
ロウリィちゃんが俺を見て、目を剥いてる。
「ゔぃ、ヴィルさん……これ、やばいっす」
「なにが?」
「今の世界で……離れたものと会話する方法は、念話の魔法、それか通信の魔水晶す。前者は使い手がちょー限られてる。後者は、失われてもう存在しないっす」
まあ、たしかに離れてるところへの連絡、いまは伝書フクロウ使うくらいだもんな。
念話の魔法なんて使ってるの、ロウリィちゃんくらいだし。
「だから使えたら便利かなって」
「いやまあ……たしかにこれが普及すれば、通信の革命がおきるっすけど」
「さすがですヴィル様!」
きらきらした目を、ポロが俺に向けてくる。
「世界に革命を起こすアイテムを、たった1時間で作ってみせるなんて! 素晴らしいです! 最高です!」
ぴょんぴょん、とポロが飛び跳ねてくれる。
「別に世界に革命を起こしたくて作ったんじゃあないんだがなぁ」
「そうなんすか?」
俺はうなずいて、ポロの頭をなでる。
「ほら、地下にいるあいだ、ポロと話せなかったろ? 今、何やってるって言えなかったのが、気にかかっててさ」
俺が思う以上に、さみしい思いさせてたしな、事実。
「だから離れたときに、今何してるよーって、言えたら、ポロは安心してくれるかなって」
「そんな……私のタメに……つくってくれたんですか……?」
ぶわ、とポロが涙を流して、その場に崩れ落ちる。
「え、ええ!? ど、どうしたポロ? 俺、なにか君を悲しませるようなことしたかい?」
ふるふる、とポロが首を横に振るう。
「ちがうんです……私のためを思って、こんな……素晴らしい、歴史的発明品を作ってくれたことが、うれしくって……」
歴史的発明品を作ったつもりはなかったんだが……。
まあポロのタメに作ったのはじじつだ。
「気に入ってくれた?」
「はい! はい! とっても素敵な、最高のプレゼントを、ありがとうございます! ヴィル様は……やっぱり優しくて最高の職人様です!」
笑顔のポロを見て、安堵する。
うん、まあ……伝説とかよくわからんが、彼女が笑ってくれたらそれでいいや。
「ヴィルさん……これ売ったら、億万長者になれるっすけど……量産販売とかしないんすか?」
「しない」
「ど、どうして?」
「別に金儲けしたくてつくってないからな」
作りたかったから、作った。
それだけなんだよ。
別に利益を追求していない。
量産はまあできるけどさ。
「これ、売ればまじで億万長者夢じゃ無いっすよ……それなのに?」
「うん、やらない」
「はぁ……なんというか、変わってる人っすねぇ」
するとポロが、はぁ~……とため息をついて首を振る。
「ロウリィ様、わかっていませんね」
「な、なんすか?」
胸を張って、ポロが言う。
「ヴィル様は変わっているのではなく、特別なのです。天才とは孤高、オンリーワンの存在なのです」
「な、なる……ほど……? まあ、たしかに今の世界で、ヴィルさんほどの天才はいないっすね」
「でしょう! ヴィル様は、天才……いや、超天才なのです!」
なんかすごい気恥ずかしかったな。うん。




