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幕間:司馬懿の死

天地開闢 日月重光

遭遇際会 畢力遐方

将掃逋穢 還過故郷

粛清万里 総斉八荒

告成帰老 待罪舞陽



ーーーーーーーーーーーー

天地が分かれ世界が始まり、

日月は光を放つ。


思いがけず時機に遭遇し、

ついには遠方にまで力を轟かせるに至った。


ちょうど天に仇なす者たちを一掃し、

その帰りに故郷を通り過ぎた。


万里において賊どもを粛清し

隅々まで全てを平らげよう。


成果を告げたら隠居でもして、

処分を舞陽で待とうか。

ーーーーーーーーーーーー




「…………」

「兄上、これは何ですか?」

 司馬孚が頭を抱えながら兄に聞く。

「漢詩に決まっておろう」

「いいえ、漢詩に見えますが、漢詩に似た何かです。

 下手くそ過ぎて、添削すらしようがありません」

「叔達(司馬孚)も厳しいなあ」

「そりゃ儂は、思王(曹植)に仕えていたのです。

 あの天才の詩に比べれば、自分すら恐ろしくて詩が詠めなくなったくらいですよ」


 司馬懿は死病の床にいる。

 既に息子たちには遺言をしたようだ。


「叔達、そなたにのみ頼みたい事がある」

「何でしょう?」

「吾等が生まれた頃からの銭の事について調べて欲しい。

 儂は何故、銭が蜀から流れて来るのを恐れておるのか、何となくしか判らぬ。

 おそらく吾等が若い時、銭というものが何の価値も無かった事が影響していよう。

 あの価値の無い銭が、今ではそれを得るのに必死になっておる。

 何か、大事なものを蜀に握られてしまっている気がする」

「有りましたなあ。

 武皇帝(曹操)は銭に頼らず、現物での取引を推奨された。

 しかし今、銭は現物を超える価値を持ってしまっている。

 確かに、扱いを誤るととんでもない事になりましょう」

「どうなっているか、調べ、子たちに伝えて欲しい」

「分かりました。

 しかし、何故儂なのでしょう?」

「先程の詩じゃ」

「は? あの下手くそが何か?」

「儂は、何晏に嫌われておった。

 儂は詩が詠めん。

 軍事しか興味の無い堅物じゃ。

 お主は文に詳しく、穏やかではあるが、結局は儂と似たような古い男よ。

 息子たちは曹爽排斥に協力はしたが、曹爽の取り巻きからは信頼されておった。

 新しい世を共に作れるような気がしたからじゃろう。

 ……それ故、危険なのだ。

 銭というものに魅了されてしまうかもしれぬ。

 お主のような古臭い爺いこそ相応しい」

「兄上も厳しいですなあ」


 兄弟は笑う。


 司馬懿は宿敵の事を話す。

「これは彼の諸葛亮の策ではあるまい。

 彼の方は、政治において、身の処し方において実に清潔であった。

 あくまでも政治的正当性で、軍事的勝利で、魏を倒し漢を復すおつもりだった。

 それ故、銭で国を腐らす策というのは、どうも違う気がする」

「左様ですな」

「銭の戦は新しい戦い方じゃ。

 それに取り込まれぬよう、かつ上手く対応出来るよう、協力してやってくれ」

「分かりました」


 そして司馬懿は目を瞑る。

「儂は野心がどうだと言われておるが、武皇帝(曹操)の世を壊そうと思わぬ。

 だから、儂自身は武皇帝にはなれなかった。

 世間は儂を武皇帝と照らし合わせて、皇位簒奪の下地を作ったと見ておる。

 だが、儂とあの方ではまるで違う。

 あの方は新しき世を作りたくて、皇帝に等なる暇は無かった。

 儂は、あの方の作った新しい世において、前王朝の気骨や清潔さを取り入れようとした。

 名門の家門を優遇し、その家庭から優れた者を推挙した。

 むしろ古き世を目指す諸葛亮と気が合ったかもしれぬ。

 儂は諸葛亮と戦っていた時は楽しかった。

 今こうしてみると、政治についても語り合ってみたかった。

 諸葛亮、あの世では一度教えを乞いたいものよ」


 それから数日後、司馬懿死す、享年七十二歳。

 後に西晋の宣帝と追号され、同時に稀代の野心家とされる。

 だが彼は、新時代に対応出来ないまま、あくまでも魏の臣としてこの世を去った。

この章までは毎日更新でしたが、明日次の章からは隔日更新とします。

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