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高平陵の変

 魏国太傅司馬懿は、久々に参内すると先帝夫人であった郭太后に拝謁する。

「太傅殿、これは如何に?」

「曹爽めの専横を止めさせる為、老人が推参した次第に御座います」

 恭しく頭を下げる。


 先帝の皇后は、最初は毛氏であった。

 曹叡が平原王時代に側室となり、即位後に皇后に冊立される。

 しかし父親の毛嘉は粗野で下品な言動をして、周囲に笑われたりする。

 その後に先帝に寵愛されたのが郭氏であった。

 郭氏に寵愛が移った事に不満を漏らした毛氏は、先帝に死を賜った。

 そして正妻扱いとなるが、その頃に先帝が発病。

 郭氏が皇后に冊立されてわずか一月で先帝は崩御し、彼女は郭太后と呼ばれるようになった。

 わずか一ヶ月の皇后であったせいか、曹爽一派は彼女を無視し、司馬一族は彼女に礼を尽くしていた。


 司馬懿は太后に自分たちが調べた事を掻い摘んで話した。

 女性である太后に政治の詳しい事は分からない。

 ただ、聞き捨てならなかったのは、夫である皇帝曹叡が暗殺された可能性についてであった。


「そなたは、陛下が毒を盛られたと申すか?」

「左様」

「何か証拠でも有るのか?」

「もう残ってはおりますまい。

 逆に太后に聞きたき事が御座います」

「何か?」

「先帝の御世、宮中でおかしな薬が流行りませんでしたか?

 例えば、五石散といった名前で……」

 郭太后は、その名に覚えが有った。

 気鬱になった侍女たちの元に、仙薬と称して持ち込まれた薬が有った事を覚えている。

 そして陛下は、それを見てしばしば罰していた。

 その為、陛下は廷臣に厳しく鞭を振るう暴君になられてしまった、と恐れられていた事も。


「太傅殿、確かに宮中で怪しげな薬が流行った事はありました。

 そして、それが隙を見て陛下の食膳に投じられたなら、陛下のお命にも関わりましょう。

 確か、五石散は少量では効き目が弱く、何度も飲む事によって効果を得るとか」

「その侍女たちは今は如何なされた?」

「宮下がりした。

 丁度、先代の明悼皇后(毛氏)が追放され、人手が足りなくなった時に雇い入れた。

 じゃが、知っての通り、陛下は翌月に御崩御あそばされた。

 僅かひと月の雇い者を殉死させる事もなく、そのまま暇を出した」

「その者たちがどこに行ったか、分かっておりますか?」

「確か、散騎常侍何晏が多くを雇ったと聞く」

「成る程」

 司馬懿の目が輝く。


「太后様には我が一族の為す事を、心安んじてご覧頂けば幸いです。

 必ずや、この太傅が朝廷の安寧を取り戻してご覧に入れましょう」

「いや、そちだけには任せておけぬ。

 誰かある。

 司徒の高柔、太僕の王観をここに呼べ」


 暫くして高柔、王観が参内した。

「司徒殿、太僕殿、よう参られた。

 見知っておろう、太傅殿が今日こちらに参内し、見過ごす事の出来ぬ事を申した。

 そなたたちは太傅の言う事を聞いて行動せよ。

 もしも太傅が虚偽を申していたなら、その時は太傅を罰せよ」

「御意に従います」

 そして高柔、王観は司馬懿と打ち合わせをすると、高柔が曹爽の、王観が曹爽の弟・曹羲の邸宅を制圧した。

 この兄弟は、ある意味神輿に過ぎない。

 本命は、かつて先帝によって遠ざけられていた小才子ども。


 尚書・何晏の邸宅を先んじて抑えたのは、同じく尚書令の司馬孚であった。

 予め何が怪しいかを調べていた司馬孚は、先帝に仕えた侍女や、五石散を扱う商人や家人を捕らえる。

 毒薬等という証拠が、今更残っている筈も無い。

 それに弱毒で、重ねて飲まねば死なぬとあらば、何晏は自ら飲んでみせて潔白を証明するであろう。

 こういう時は人を抑えるに限る。

 武将として恐れられている司馬懿に比べ、「温厚寛達で誠実な性格、人を恨んだことがない」と言われる司馬孚は、こういう時にうってつけの人間であった。

 罪が及ばぬ事を約束し、証人として多くの供述を引き出した。

 そして何晏のみでなく、今曹爽の陣営にいて、先帝に疎まれていた多くの者の総意で、先帝に崩御願った事が明かされた。




 大司農・桓範は、特に曹爽派という事は無かったが、一方で司馬懿に対する警戒を欠かしていなかった。

 曹爽・曹羲兄弟に、洛陽を空ける事の危険性を説いていたが、曹爽は聞かなかった。

 そしてこの日、ついに司馬懿による政権奪取が起こる。

 司馬懿は桓範を高く評価していた為、桓範に曹羲が率いていた中領軍を任せようとしたが、桓範はそれを蹴って曹爽・曹羲の下に逃げて行った。

 そして急を知らせると共に

「儂は農業、食糧を司る大司農であり、今ここには先帝の陵墓に参詣すべく陛下がおわす。

 兵を糾合し、許に逃れて蜂起すれば勝ち目がある」

 と説くも、曹兄弟は動こうとしない。

「司馬懿は我等の罪を何と言っておるのか?」

「幼き陛下を蔑ろにし、政治を欲しいままにした、と」

「なれば我等は政権を司馬懿に返そう。

 我等は魏の皇室、臣下である司馬懿がどうする事も出来ぬ。

 司馬懿ももう年だ。

 あと数年も生きまい。

 その間、我等は大人しくしておれば、貯めた銭と共に面白おかしく生きられようぞ」

 その言葉を聞いた桓範は激した。

「曹子丹(曹真)は優れた御方だった。

 しかしお前ら兄弟は豚か子牛に生まれたのか。

 お前たちのせいで、族滅の憂き目に遭おうとは思いもせなんだ!」

 しかし、桓範の言を曹爽は聞く事なく、政権を返上して司馬懿に降伏した。


 青褪めていた何晏に、司馬師が囁く。

「貴方にお願いしたい事がある」

「な……何か……?」

「曹大将軍の悪政を弾劾して欲しい」

「何だと?」

「曹大将軍と弟の中領軍将軍は、陛下を軽んじる政治をされた。

 同じ皇室だけに許してはならない。

 先日貴方様が仰っていた通り、才無き皇族が政治に参与してはなりません。

 また、不遜な皇族も大権を握ってはなりません。

 近くで見て来た貴方に、この司馬師謹んでお願い申し上げます」


 そして何晏は司馬師を信じ、己の罪が小さくなる事を信じ、徹底的に曹爽兄弟の罪を弾劾する文書を作成し始めた。




 中央では迅速に動く一方、軍を率いて任地に居る曹爽派の武将たちへの対応は慎重であった。

 故大将軍曹真は声望も篤く、それ故に彼の子の曹爽にも多くの武将が(おもね)った。

 豫州にいる鎮南将軍の毌丘倹(かんきゅうけん)、揚州にいる冠軍将軍の文欽、刺史の諸葛誕、そして本命の雍州にいる征西将軍の夏侯玄。

 毌丘倹(かんきゅうけん)は司馬懿と共に遼東で公孫淵と戦った事もあり、曹爽の側近起用がただの仲良しごっこではなく、有能な人材も取り込んでいる事が分かる。


 現在のところ、曹爽・曹羲が免職されただけで、何晏や李勝、桓範への処罰は何も無い。

 そういう情報を流した上で、司馬懿は勅命として諸葛誕と夏侯玄を都に召喚した。

 そして諸葛誕を昭武将軍、夏侯玄を大鴻臚丞の役職に就ける。

 大鴻臚丞は異民族に対する監督官で、対蜀の司令官からの転属として悪くは無い。

 こうして曹爽一派を上手く中央に集めている中、思惑に従わぬ者が現れた。


 夏侯玄の従兄弟で一族の長にあたる右将軍・夏侯覇が、敵国蜀に亡命したのだ。

 それに留まらず、蜀の姜維と共に魏に向かって侵攻して来た。

 魏のが嘉平元年、蜀の暦では延熙十二年(249年)の事である。

太傅:天子の教育係、非常置

太保:天子の教育係、非常置

太師:天子の教育係、非常置

(太師>太傅>太保 だが、太師は後漢末に董卓が就いた悪例が)


大司馬:軍事の最高職

大将軍:軍事の最高職

太尉:軍事の最高職

(大司馬:軍人(名誉職が強い)、大将軍:軍人(割と現役)、太尉:文官(国防長官的))


司徒:民衆の政治を行う

司空:治水土木全般を行う


太常:礼儀・祭祀及び、天子が行う行事を行う

太僕:車馬を司り、天子出御の任に当たる


大鴻臚:諸侯及び帰服した蛮族を管理する

大司農:銭・穀物・金・絹・貨幣を管理する


尚書令:官吏の考課、宮中の文書発布を管理する

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