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衰亡していく三国

 甘露二年から三年(257〜258年)にかけての諸葛誕の乱は、魏呉蜀三国合わせて七十万近い兵力が動員された。

 しかし、官渡、赤壁、夷陵のように、敵対する陣営の一方が大敗した訳ではない。

 滅亡したのは寿春で叛乱を起こした魏の征東将軍諸葛誕である。

 こういう場合、普通は内戦を起こした魏が衰亡し、他の二国は漁夫の利、または火事場泥棒で得をする筈であった。


 しかし現実は違った。




 呉は、寿春に近かった事もあり、十万の援軍を諸葛誕に出した。

 確かに敗北はしたが、内実は自滅と言って良い。

 呉の総司令官孫綝は、政敵孫壱を戦の最中に謀殺しようし、孫壱は魏に亡命してしまう。

 その孫壱謀殺命令を受けた朱異は、同じ揚州内の寿春に行くのに、荊州夏口経由という長駆を余儀無くされ、魏の築いた寿春封鎖陣に敗北する。

 そして朱異は孫綝に殺される。

 さらに呉国内で悪女・孫魯班の讒言で朱熊・朱損という朱異と同じ「呉の四姓」朱家の者が殺される。

 その孫魯班が嫁いだ銭塘(杭州)全家は、所領を巡る内輪揉めを起こし、寿春に援軍として入城していた朱家の将が全て魏に亡命してしまった。

 さらに寿春に入った元魏将の文欽は諸葛誕と争い殺害され、その子たちはやはり魏に亡命する。

 このように、戦に敗れたのは朱異だけ、他は同僚との争いから魏に逃げている。


 そしてこの年、呉の太平三年(258年)の後半、呉でまたも内輪揉めが起こる。

 皇帝孫亮が、姉の孫魯班、岳父の全尚とその子(皇后の兄)全紀、そして将軍の劉丞と謀って孫綝排斥を企てた。

 だが、全尚の妻、全紀の母は孫綝の従兄、故孫峻の姉である。

 全尚夫人から謀略を知らされた孫綝は、先手を打つ。

 九月二十六日、軍勢を率いて全尚を捕らえる。

 孫綝の弟・孫恩は劉丞を待ち伏せして殺す。

 孫綝一族の軍勢は宮中を包囲し、孫綝は孫亮の廃位を宣言、孫亮は会稽王に格下げ、孫魯班は豫章に流された。

 孫綝は瑯琊王の孫休を皇帝とする。

 孫綝自ら即位をも考えたが、帝室として傍系に過ぎた為、諦めざるを得なかった。


 そして孫綝は、情緒不安定になる。

 突然皇帝に対し引退を申し入れたと思うと、春秋時代の呉の伍子胥の廟を焼き討ちしたり、酒を皇帝に献上して断られると、皇帝孫休廃位を皇帝側近の張布に零したりする。

 零された左将軍・張布は直ちに孫休に報告。

 張布は丁奉を味方に付ける。

 丁奉は祭祀の場で、丞相となった孫綝を謀殺する計を立て、孫綝は一族皆殺しとなり、孫峻も生前に遡り処罰された。

 しかし孫綝謀殺後、張布が孫綝同様の振る舞いをし出す。


 呉はニ宮事件、合肥新城の戦い、孫峻暗殺未遂事件、諸葛誕の乱、孫亮廃位事件、孫綝粛清と、その度に功臣やその子孫、有力豪族を失い続けていった。

 孫休は善政を敷いて、孫家を支える豪族たちの支持を取り付ける必要があるだろう。




 蜀は呉のような深刻な内部分裂は起こしていない。

 しかし、国力が壊滅状態に陥ったのは、呉以上である。

 呉は既に魏に攻撃を仕掛けられる戦力を失ってしまい、防御に徹する事になる。

 しかし蜀は、姜維がそれでも北伐に拘っている。

 流石の姜維も、現在が外征出来る状況に無いのは理解していた。

 そこで彼は、漢中の防衛構想変更を申し出る。


 今迄漢中と、蜀が魏から奪った隴西の郡県には、城砦が多数置かれていて、それぞれが索敵と、籠城による時間稼ぎという縦深防御としていた。

 隴西から漢中にかけての「面」で魏を磨り潰す方針である。

 しかし、段谷の戦いで鄧艾に敗れ、多数の精鋭を失った今は、「面」での防御等出来よう筈が無い。

 そこで楽城と漢城に兵力を集中させ、籠城と後詰め決戦による迎撃に変更する。

 元々漢中は、秦嶺山脈からの侵入に備え、陽平関で守り、南鄭で支配していた。

 しかし漢水下流の上庸城が守将の孟達ごと魏に降った事で、北西方面からだけでなく、南東方面からの侵攻にも対処しなければならなくなった。

 どちらからの侵攻に対しても即応出来る場所に漢城(西楽城)と楽城を築いたのは諸葛亮であった。

 姜維は師の遺産を最大限に活かし、三万にまで減った精鋭で魏と戦うつもりであった。


 だが、姜維の北伐による国力低下は、都に於いて多くの反感を買っていた。

 姜維の支持者である尚書令・陳祗が死亡した事で、政治的・財政的に味方は居なくなる。

 陳祗が死んだ後、諫める者が無くなった蜀皇帝劉禅は、遠慮なく寵愛する宦官の黄皓を取り立て、政治に関与させた。

 陳祗の後任の尚書令となった董厥、さらにその後任の樊建は、陳祗以上に銭についての定見を持っていない。

 董允と呂乂の死で蜀は通貨戦略を見失い、郭攸之の死によって効果的に魏を腐敗させる実務者を失った。

 そして董厥と樊建、そして諸葛瞻は反姜維で結託する。

 諸葛瞻は、諸葛亮の実子であり、姜維は師の子からも憎まれていた。

 だが諸葛瞻は、父程の人物ではない。

 輔国大将軍董厥、尚書令樊建、平尚書事諸葛瞻で蜀の内政を執り行ったが、大した成果は挙げられない。

 彼等はお互いを庇い合い、今日このような事態に陥ったのは、成果の無い北伐を繰り返した姜維のせいであると吹聴していた。

 一方で彼等は、政治的な実権を握った中常侍の黄皓を咎めず、董厥と諸葛瞻は黄皓と私的にも付き合い出す始末である。

(樊建は黄皓との私的な交友は無かった)


 防衛構想変更と、首都における理解者喪失で、姜維はこの後は三年、北伐を中止する事になる。

 だが、彼を責め立てる者どもも内政の実力無く、兵を休めても国力は全く回復しなかった。

 呉のような流血は無いが、蜀は蜀で狭い井の中の政争が起きていたのだった。




 呉と蜀がこの有り様で、魏は?

 魏全体を見れば、敵を動かし、自らは最低限の仕事で済む陣地戦で勝った為、国力には余裕がある。

 何時でも、呉・蜀、好きな方を攻められる。

 その為の準備期間が必要なのと、呉も蜀も放置した方が今より酷くなるという判断から、しばらくは内政にかまけるつもりであった。


 しかし、魏の帝室曹家から見れば、事態は深刻である。

 大将軍司馬昭は、諸葛誕の乱鎮圧で自信をつけたようで、今では臣下というより君主のように振る舞っている。

 君主は、出来るだけ自らは動かず、臣下を動かして手柄を立てさせ、それに論功行賞するものである。

 思い返せば、司馬懿や司馬師は自分の構想を形にしたい野心が有り、それ故に君主たるより、臣下として改革を志していた。

 その為、臣下としての礼儀を弁え、君主に対して忠義を尽くしていた。

 ……司馬懿にとっての君主は文帝(曹丕)、明帝(曹叡)であり、司馬師にとっての君主は郭太后である為、今上の皇帝で無いのが不満なところであろう。

 だが司馬昭は、自らの意思が弱い。

 それが「父にも兄にも及ばぬ」という劣等感コンプレックスになっていたのだが、自信をつけた今は開き直ってしまった。

 自ら、賈充や鍾会の構想を活かす為の器であろうとした。

 それは、取りも直さず君主たらんとしている事に他ならぬ。

 一つの国に、二つの皇帝家は要らない。

 一つの家なら、二人の皇帝は有りかもしれないが、二つの家系は無理なのだ。

 共存するには、国を分ける、即ち今の三国のように成る他は無い。

 同じ国に居ると、必ずどちらかが滅亡する。

 穏便に滅亡するには、後漢最後の皇帝がやったように禅譲、つまりは自ら帝位を明け渡すのが良い。

 明け渡された側は、新皇帝一門の寛大さを示す為、旧主に対し寛大に振る舞うであろうから。

 「禅譲の君、その生を全うせず」と呼ばれるようになるのは、もう少し後の話だ。

 だが魏帝は、既にその恐怖に囚われ始めていた。

 やらねばやられるのでは有るまいか?

 自分と司馬昭は、最早同じ天を抱く事は出来ない間となっている。


 こうして皇帝による権力奪還抗争が勃発する。

 甘露五年(260年)の事であった。

孫権の系統

■孫登(長男・宣太子。妻は周瑜の娘)

  孫璠(孫登長男:早逝)

  孫英(孫登次男:孫峻暗殺失敗で自死)

  孫希(孫登三男:早逝)


■孫慮(次男・建昌侯:二十歳で死亡)


□孫魯班(長女。夫は周瑜の子、後に全琮)


□孫魯育(次女。夫は朱拠、後に劉簒)


■孫和(三男・廃太子。妻は張昭の孫で諸葛瑾の娘)

  孫皓(孫和長男・四代皇帝)

  孫謙(孫和次男)


■孫覇(四男・魯王。妻は劉繇の孫)

  孫基(孫覇長男・呉侯)

  孫壱(孫覇次男・宛陵侯:亡命した孫壱と別人)


■孫奮(五男・斉王→庶民に格下げ→誅殺。妻は袁術の孫)


■孫休(六男・瑯琊王→三代皇帝。妻は朱氏)

  四人の子の名前は創作漢字


■孫亮(七男・二代皇帝→会稽王に格下げ。妻は全氏)



三代皇帝孫休の皇后は、姉の孫魯育と朱拠の間の娘で、孫休にとって姪に当たる。

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