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三国志銭記 ~魏蜀通貨戦争~  作者: ほうこうおんち
最後の三国大戦の章
35/52

芒水の陣

 魏の西方拠点長安に入っていた征西将軍司馬望は、諜報により蜀軍動くとの報を聞く。

 司馬望は直ちに五万の兵を率いて、鎮西将軍鄧艾の陣に向かう。

 鄧艾も既に蜀の動きを掴んでいた。

 そして、驚いていた。


「蜀は十万の兵を動かしたか!

 やれやれ、まだそんな国力が残っていたのか」


 計算違いである。

 蜀の姜維は、前年の段谷の戦いで鄧艾に壊滅的な敗北を喫していたのである。

 鄧艾は姜維の行動を読み切り、防御を固めて姜維の攻勢を防ぎ切ると、合流予定の軍が現れない事から撤退を始めた蜀軍を追撃、ついに段谷において数十人の将と数千の兵卒の首を取り、一万もの捕虜を得る決定的な勝利を収めた。

 これで蜀の戦力は尽きた、同盟により兵は出すが、出せる兵力は三万程度だろう、魏ではそう分析していたのだが……


「姜維は、かの諸葛亮を倣い、敗戦の責を取って後将軍に自らを降格したと聞いた。

 それだけに捲土重来、意気込んで出て来たようだ」


 司馬望の分析に、鄧艾が珍しく言葉を多く発する。

「せせせせ征西将軍に置かれまままましては、

 この地のいいい戦は初めてと、ぞぞぞ存じますが、

 わわわ我々れれの方針は、陣の死守と……

 ささ定まっております。

 どどどどうか、ご自重の程を」


 吃音の鄧艾は、普段は恥ずかしがって喋らない。

 まして鍾会のような天才の前だと、話を途中で遮られて、言いたい事を先回りして言われる。

 故に必要な事をニ、三語しか話さないのだが、今回は新任の上司に勇足を踏ませぬ為にも、必死で話した。


「鎮西将軍の心配はご尤も。

 どうか気がついた事は、遠慮せずに言って下され」

 司馬望の腰の低さに鄧艾は驚いた。

 噂に聞く司馬望は、皇帝の寵愛厚く、学者や鍾会等と共に皇帝御前で討論会をする「秀才」であった。

 それだけに、鍾会の如く吃音の自分に食って掛かるような人物だったら……と思っていたが、杞憂に終わった。

(前任の陳泰殿といい、自分は上官に恵まれておる)

 こうして司馬望と鄧艾は、その任期切れまで協調して蜀軍と戦い続ける。




 三国志の戦闘は、大概が陣地戦である。

 官渡、赤壁、定軍山、樊城、夷陵、街亭、石亭、祁山、五丈原と、基本は両軍陣地構築して対陣し、膠着状態を打破しようと動いて、それが勝敗に繋がったりする。

 呉の得意なのは隙を見ての火計、蜀の得意は陽動により敵を釣り上げての野戦、そして魏の得意は敵の兵糧や水を断つ戦法である。


 魏の軍事は、後世で言う訓令方式。

 これは総司令部の出した訓令に沿って、各軍が間違い無く行動する必要がある。

 同じ軍事知識が必要。

 魏の事実上の開祖・武皇帝(曹操)は、「兵書節要」と言う、兵法の基礎教科書テキストを出版し、武将たちに学ばせた。

 この「兵書節要」は、後の時代に

「平地戦は戦車を利用しろとか、機動戦を想定していない古臭さがあり、現在(唐)は使えない」

 と評されたが、三国志の陣地戦に於いては、兵糧を運搬出来る上に、急ぎの時は戦車を並べて簡易陣地とする等、この時期の一般的な将に指示する上では合っていた。

 蜀は険しい秦嶺山脈を越えて来る為、戦車・馬車・牛車の類が使用出来ず、人が担ぐか、諸葛亮が発明したという木牛流馬なるものを使う事になる。


 兵糧に難がある蜀軍だが、魏軍の一角に兵糧が蓄積された場所が在るのを察知したようだ。

 戦車または馬車の車列を使った防御壁の内側に、積まれていた兵糧・物資が野積みとなっていた。

 その地を守る兵力は少ない。


「ここは私が行こうか?

 それとも鎮西将軍が行かれるか?

 または別の将に一隊を付けて派遣するか?」

「将軍、御意に」

 鄧艾が短く答える。

 鄧艾は司馬望を信頼したし、それに涼州方面に抑えの兵を置くとはいえ、五万程の姜維の軍には、同じ規模の司馬望本隊が相応だった。


「鎮西将軍はどこを防がれる?」

 鄧艾は地図の一点を指差した。

 渭水の畔、魏の長城状陣地のやはり手薄な部分であった。


 鄧艾が

「将軍、能く守り、出られますな」

 と繰り返し言うも、司馬望は肯き、

「お心遣いかたじけない」

 と鄧艾の手を取って感謝の意を示した。


 温和で人の言葉によく耳を傾ける司馬孚の性質を、司馬望も受け継いでいる。


 姜維が芒水に辿り着いた時、魏は陣地を固め終えていた。

「困ったな……」

 姜維は呟く。

 確かに今回、大軍を動員したものの、それは魏や呉に対し弱味を見せない為だけのものであった。

 先年の段谷での敗戦の痛手はやはり大きく、北伐を何度も経験した熟練兵を多く失っている。

 蜀国内の守備兵や、引退して田畑を耕していた老兵をも動員しての十万である。

 三年前の北伐で、異民族から敬われていた張嶷将軍を失っていた。

 病を押しての出征であったという。

 以降、姜維は異民族の羌族の支援を得られなくなり、逆に魏に協力させない為の抑えの兵力を割かざるを得ない。

 その上で、魏の補給物資を奪う為の行軍が出来る兵力数は、魏の読み通りやはり三万が良いところだった。

 その数では守りを固める魏陣を落とせない。

 姜維はこの芒水に陣地を築くと、後方に置いていた兵五万を呼び寄せる。

 とにかく数の上で五分を作りたい。


 そして敵陣を探らせていた姜維は、相変わらずの鄧艾と、もう一人は新顔の将であると知る。

 征西将軍司馬望がその名であった。


「誰か、この者について知っておる者は無いか?」

 姜維の問いに、魏の降将が答える。

「司馬望は魏の陛下の文学仲間で、若い時から才人として知られていました」

「かの司馬懿とはどのような関係か?」

「甥で御座います」

「すると、司馬八達と聞く誰の子か?」

「すぐ下の弟、司馬孚殿の子です。

 しかし、幼い頃に早世した司馬八達長兄・司馬朗殿の養子となっています」

「戦の経験は?」

「存じません。

 おそらくは父の度支たくし尚書司馬孚殿と共に、都を守っていたかと思われます」

「司馬孚は魏の太尉だったが、合肥への救援を指揮した以外は、大将の経験は無かったそうだな」

「左様」


 姜維は、皇帝の文学仲間である貴公子が、名を高める為に将軍職を得たものと考えた。

 段谷の戦いで軍事力の壊滅した、まあ間違ってはいないが、蜀への抑えであれば軍才無き者でも務まろう。

 まして部下に、あの忌々しい鄧艾がいるのであれば、非才を補って足りるだろう。


「だが……」

 姜維が見るに、長城の如く長大な魏の防御陣にあって、司馬望と鄧艾は互いに離れ過ぎている。

「戦場を知らぬ文弱の徒に、戦の何たるかを叩き込む事にしようか。

 司馬望()を陣から引き摺り出そう」


 姜維は司馬望に戦書を送りつけた。

 いざ、野戦にて決着をつけよう、司馬懿仲達の血筋の程を見たいものだ、と。

 司馬望は笑って

「軍使殿をもてなして差し上げよ」

 と言い、応答を返さなかった。


 次に姜維は、司馬望を侮辱しまくる挑発文を送る。

『皇帝の側近が然様に臆病で勤まるものか!

 伯父に学んだのは陣の奥で震える事だけか?

 実父も平和な都でのうのうと仕事をしていただけなのに、太尉とは烏滸がましい。

 その七光りで文弱の徒が将軍になるとは、魏も地に堕ちたものよ』

 司馬望は黙ってその挑発文を読むと、朱墨を擦って、

「文弱の徒を怒らせたいなら、もちっと良い文を書きなされ」

 と添削して送り返した。

 父の前でこそ、忠誠か司馬一族への義かを悩む姿を見せたが、元々文学討論の席で名を馳せた才人、挑発に乗らず、相手の失点を見つける図々しさを持っている。


「成る程、手紙では動かぬか。

 ならば、兵法を生半可に囓った者なら動くよう、罠に嵌めてみるか」

 姜維はそう言い、七万の兵を率いて鄧艾の陣に攻め寄せた。

 数の少ない鄧艾を救出しに司馬望が陣を出たら、伏兵とした一万の内、半数が陣地と兵糧を奪い、半数は司馬望の後ろから奇襲を掛ける算段であった。


「蜀軍、鎮西将軍の陣に攻め寄せまして御座います」

 偵察から報告が入るが、司馬望は動かない。

「鎮西将軍はこれまでも陣地戦で蜀軍を退けて来た。

 それなのに、これ見よがしに攻めて見せるとこを見るに、私を陣地から釣り出す目論見であろう。

 鎮西将軍を信じ、我等は陣を出ぬ事だ」


 一向に陣を出ない司馬望に、姜維は効き目の無い陣攻めを諦めて兵を引いた。

 守備第一の方針を守り、鄧艾も今回は追撃を掛けない。


「新任の司馬望、思った以上の曲者やも知れん」


 姜維もまた陣地を固め、西方の戦いは長期戦へと移り変わった。

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