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三国志銭記 ~魏蜀通貨戦争~  作者: ほうこうおんち
最後の三国大戦の章
33/52

戦略は三国を駆ける

 征東将軍諸葛誕の元に、人事の使者が来た。

「洛陽に戻り、司空となるように」


 これがあと三年、いや一年後でも諸葛誕は怪しまなかっただろう。

 だが今は怪しい事限りない。

(儂が三公、司空となるのは判る。

 なれど、早過ぎる。

 序列からいけば儂より先に司空に就くべき者も居るのに、順番が飛ぶのも妙な事だ)

 現在諸葛誕はまだ、征東将軍の任期の真っ只中なのだ。


 さらに使者は、呉の侵攻があるかもしれないから、兵は揚州刺史の楽綝に預けて寿春に置いて来いと言う。

 分からなくもないが、寿春十万の兵は諸葛誕が蜀から得た銭で雇った兵力である。

 一度中央に渡し、そこから下賜される形式を経なかった為か、諸葛誕の意識から天下の財であったという意識が抜け、私財を投じた兵と思い込んでしまったのも拙かった。

(兵権を取り上げ、丸腰で中央に召還するのは、誅殺の典型的な形ではないか!)


 彼の魔王董卓も、帝位を譲るという罠に嵌り、丸腰で参内した所を呂布によって誅殺された。

 諸葛誕は董卓の死を思い起こすと共に、一つの可能性に思い当たった。

(賈充が司馬昭殿を至尊の地位に着けるだのと言っていた。

 儂は司馬懿殿や司馬師殿にそんな野心が無いのを知っておったが故に、彼奴を叱り付けた。

 じゃが、もしも司馬昭には簒奪の意志が有ったなら?

 司馬懿殿や司馬師殿に野心が無いからと言って、その次男も同じと思い込んだは、過ちであったかもしれぬ。

 そうで有れば、儂は反対派で、いつ殺されてもおかしくない……)


 考えてみれば、賈充が寿春の視察に来たのも怪しい。

 あれは要害の新設や、寿春城の防御力を確認しに来たのかもしれない。

 つまりは、自分を討伐する下準備。


 賈充はこの日迄に、敢えて諸葛誕が不快に感じる噂や報告が寿春に入るようにしていた。

 その一方で賈充は諸葛誕が疑心を抱くより先に司馬一族に

「諸葛将軍は早い内に、洛陽に召還した方が良う御座います」

 と進言している。

 依って司馬一族は、好意から諸葛誕の昇進を速めたのに、疑いを持たれていると聞き、不快感を覚えていた。

 事情を知らされた司馬昭も、その演技に付き合っている。


 司馬一族の中で、司馬望は寿春情勢にキナ臭いものを感じ、父に相談する。

「これは賈充殿の陰謀で有りましょう。

 ですが、司馬一族の得となる、そう判断し大将軍(司馬昭)は黙認しているかと思います」

「であれば、何とする?」

 司馬孚もそれは感じていた。

 元々寿春決戦は司馬師の時期からの策である。

 毌丘倹・文欽の乱を餌に呉を釣り上げ、魏の懐で磨り潰す。

 全く逆の立場で、呉の諸葛恪も合肥新城の後詰に司馬師を釣り上げ、一気に決着をつけようとした。

 だが、このやり方は魏に有利で、呉や蜀には博打に敗れた時の打撃が深刻なものである。

 呉も蜀も、皇帝に任された大将軍なり大都督が総兵力を率いて戦う。

 別働隊を出すにしても、総司令官がその行動を把握し、逐一命令を出す。

 後世で言う命令方式の軍であった。

 一方の魏は、中央の中軍の他、東西南北の方面軍があり、それぞれの将軍が必要に応じて駐留している州や近隣の州郡県に命令を発し、兵を動員出来る。

 故に軍閥化させないよう任期があり、今回の諸葛誕もその任期を迎えれば問題無く離任していた。

 中軍は度々後詰めや援軍として出向いた事があるが、敗れる事も多い。

 かつて蜀の関羽が荊州襄陽を落とし、樊城を囲んだ時に于禁・龐徳・成宜らの中軍が後詰めに向かったが、関羽の水攻めに敗れている。

 この時、曹操は大いに慌てたが、結局は他の方面軍から兵を割いて事無きを得た。

 蜀の諸葛亮や姜維、呉の孫権や陸遜が戦っていたのは魏の西方軍や南方軍であり、中軍は時に援軍に来る程度である。

 人口が呉蜀の合計に倍する魏ゆえのやり方であり、各方面軍は皇帝の大体の方針を聞けば、自分で考えて動く。

 後世で言う訓令方式の軍閥である。

 中央軍を撃破すれば軍が崩壊する訳では無い。

 そういう不公平な博打なのだが、呉も蜀も他に方法は無く、己の血を対価に博打に挑むのである。


 司馬望も、その程度の理屈は分かっていた。

 ただ彼は、従兄弟の岳父と戦う事を望まなかったのだ。

 それで実父の司馬孚に、どうにか出来ないかを相談しに来たのだった。


「聞くが、其方は戦そのものが嫌では無いのだな?」

「私は武官です。

 戦自体は望むところです」

「では其方は隴西に征くが良い」

「蜀が相手ですか!

 望むところですが、出て来るでしょうか?」

「必ず出て来る」




 諸葛誕は司馬昭と戦う事を決める。

 世間は「蜀は竜(諸葛亮)を、呉は虎(諸葛瑾)を、魏は狗(諸葛誕)を得た」と評した。

 確かに諸葛亮・諸葛瑾に劣るかも知れぬが、諸葛誕も世間に知られる才人である。

 呉に援軍を求め、息子を人質に出すとともに、呉にも策を授けている。


・自身は寿春に籠城する

・呉は先遣隊を出し、寿春城に入る

・寿春籠城で時間を稼ぐ間に蜀軍を動かす

・蜀と魏が戦いに突入したら呉は寿春と荊州南陽に本隊を出す


 このような規模の大きい策であった。

 孫峻の後を継いだ孫綝は、この策に唸る。

 見事な策である。

 諸葛誕は軽挙せず、呉と蜀の準備が整う迄は理由を付けて開戦を避けると言う。

 孫綝は荊州の陸抗にも使者を出し、侵攻の準備を整えるよう命じた。

 そして漢中の姜維にも使者を送った。


 姜維は蜀の首都・成都に戻り、この件を奏上した。

 亡命して来た魏の元皇族・夏侯覇も

「この度は是非に自分も共に出征したい」

 と意気込んでいる。


 蜀の朝廷では、この出兵について議論となった。

 姜維は二年前、魏の陳泰の前に敗北している。

 成果が上がっていないのだ。

 だが、尚書令の陳祗はやむを得ないと説く。

「郭侍中(郭攸之)が亡くなられ、魏への『銭毒の計』の程が分からなくなりました。

 それがしも亡き董尚書令(董允)を上回る事は出来ません。

 ここは呉と共に魏を攻める、後将軍(姜維)に賭けてみませんか」

 蜀皇帝劉禅は陳祗の言を受け容れ、姜維に北伐の命を下した。




 魏では賈充が鍾会と話している。

 政治や陰謀に関しては賈充は中々のものだが、戦略・戦術に関しては若き天才鍾会に及ばない。

 だが賈充は

(戦等はそれが得意な者に任せれば良い)

 と思っているので、良い意味で関心が薄く、口出ししない。


「我々は大戦となっても勝てる。

 数字上は諸葛誕十万の兵に呉軍が加われば脅威だ。

 だが、諸葛誕と呉軍が合流すれば、逆に怖くは無くなる」

 鍾会は説明する。

「呉は、降将の文欽を先遣隊の将とするだろう。

 地理感からも、本人の希望からも、そうなる」

 賈充は肯きながら

「諸葛誕と文欽は犬猿の仲であったな」

 と確認する。

「左様。

 故に先遣隊の文欽軍のみを寿春に入れ、他は食い止めるが上策」

「そうすれば、包囲された城内でいずれ殺し合う、か」

「正しくこれぞ『二虎相克の計』なり」

「猛獣はお互いに喰い合う、か……」


 話は変わる。

「太傅(司馬孚)殿より、中護軍司馬望殿を征西将軍としたい、と言って来たが……」

(※司馬孚は司馬昭に当主交代した際、太尉から皇帝の師たる太傅に代わっていた。

 太傅は兄の司馬懿も任じられている)

「問題無いでしょう」

 賈充の疑問に鍾会が答える。

「太傅殿も中護軍殿も、司馬一族の在り方について、何やら不満がお有りなようだが……」

「ですが、あの父子は一族を裏切らないでしょう。

 征西将軍出向も、身内相手ではなく、蜀軍相手なら存分に戦えるという事でしょうし」

「甘いものよのぉ」

「全くです」


 今回、司馬孚は皇帝の師たる太傅として洛陽に留まるが、一方で兵站を担当して貰う。

 司馬懿が諸葛亮と戦った時に勤めていた度支たくし尚書とやる事は同じである。

 二正面作戦の補給も、司馬懿が五丈原で諸葛亮と、明帝が荊州襄陽で諸葛瑾と戦った時に経験済みである。

 先の毌丘倹・文欽の乱後に司馬師が急逝した。

 その時、皇帝は司馬昭から軍権を奪うべく動いた。

 再びこれをさせない為にも、今回は皇帝親征の形にする。

 霍太后も伴っての親征であり、補給担当の司馬孚の責任は重大だが、逆に言えば彼以外に適任者も居なかった。


 かくして司馬昭、諸葛誕、呉、蜀はそれぞれに戦の準備を整えていった。

 そして大戦が始まる。

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