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曹家と司馬家と賈家と

 嘉平六年(254年)は十月に皇帝の廃立と、新皇帝曹髦の即位があった。

 十月には改元され、正元元年となった。

 先帝は、最早王に格下げされた為、先帝とは呼べない。

 しかし、第二代皇帝曹叡を今でも先帝と呼ぶのもおかしい。

 諡号から今後は明帝と呼ばれる。


 魏の後宮の主・郭太后は明帝皇后である。

 彼女は斉王曹芳を廃する事に協力した、いやむしろ率先したと言えるが、曹芳自身が明帝の実子ではない為、彼女には特に罪悪感は無い。

 彼女にとって大事なのは、明帝の事のみなのだ。


 それが司馬師との新帝擁立の議論においても現れた。

 珍しく司馬師と郭太后は対立する。


 司馬師は曹據(そうきょ)という成人皇族を推薦する。

 曹操の子で、初代皇帝文帝(曹丕)の弟である。

 皇室曹家の中で最年長の人間と言えた。

 司馬師はこの時点で、曹家打倒を考えていない。

 考えているなら、傀儡となる幼年の皇族を探して来れば良いのだから。


 郭太后はこれに反対する。

 彼女の愛する明帝(曹叡)と比べ、曹據は上の世代になる。

 曹據から新たな系図が引かれると、明帝(曹叡)は傍系になってしまう。

 彼女にはそれが許せない。

 そこで郭太后は、文帝(曹丕)の孫、明帝(曹叡)の弟の曹霖の次男・曹髦(そうぼう)を推して来た。

 明帝の子の世代であり、死後に養子に入れた形とすれば明帝の後継という形になる。

 なお、曹霖の長男曹啓は、既に父親の東海王の爵位を継いでいた。


 司馬師と郭太后の争いは、司馬師が折れて収まった。

 司馬師にしたら

「明帝の事を脅かしさえしなければ、郭太后は味方であるから、今回は太后の思うようにさせよう」

 といった程度のものである。

 如何に才気煥発で利発な人柄と賞賛されていても、まだ十四歳の少年であり、郭太后の後見を必要とする。

(まあ、これはこれで良し)


 いまだ郭太后の権勢は衰えていなかった。




「お疲れのご様子」

 賈充が声をかける。

「特に問題無いよ」

「ですが、顔色が悪く、脂汗が浮いております。

 目が痛いのでは有りませんか?」


 司馬師はここ最近、目というか、眼窩底に痛みを覚えていた。

 昔からこの位置に嫌な瘤が在ったのだが、ここ最近は痛みが更に酷くなった。

 司馬家の家督を継いで以降の疲労が原因かもしれない。


「如何でしょう?

 先日提案した件は、ご検討いただけましたでしょうか?」


 賈充は、司馬昭の三男・司馬攸を司馬師の養子にしてはどうか? と司馬一族に提案している。

 優れた子が、子が無い一門の後を継ぐのは、司馬朗の家を司馬孚の子・司馬望が継いだ事でも分かるように、司馬一族では普通に行われている。

 まして司馬攸は、祖父の司馬懿がいつも「この子は大器である」と言って将来を期待し、父の司馬昭も才を愛している麒麟児である。

 この子を一門の惣領の養子に入れる事は望ましいだろう。


「だが、貴殿が言う案はその次のものだろう?」


 司馬師は賈充を見て、笑う。

 司馬攸は英邁だが、まだ八歳である。

 その妻に、自分の娘・賈荃(かせん)をと言い出したのだ。


 賈荃の母親は、先年司馬師誅殺計画を立てた李豊の娘である。

 その母親は、賈充によって朝鮮半島楽浪郡に流された。

 賈荃と賈裕という二人の娘は賈充の手元に置かれたが、その一人を早速司馬一族に嫁がせようというのだ。


「色々と見え透いている。

 それでは貴殿、今後何かとやりづらくなりはしないか?」

 司馬師の言に賈充は

「我々には後が無いのです。

 一度曹爽・何晏派と見做された以上、それだけで追放の理由となりましょう。

 何が何でも掴める縁は掴んでおきたいのです」

 そう悪びれず言う。


 司馬師はため息を一つ吐くと

「よかろう、貴殿の申し出を受けてみよう。

 来年は何かと忙しくなりそうだ。

 皇帝廃立によって謀反を起こす者や、呉や蜀の攻撃もあるだろうからな。

 やれる時間がある内に、やれる事を全部やっておくとするか」


 こうして司馬昭の三男・司馬攸が司馬師の養子に迎えられ、賈充の娘との婚約が決められた。

 動くのは司馬昭が西方から帰還してからになるだろう。




 今現在も、蜀の姜維は隴西を侵攻している。

 車騎将軍の郭淮は、病気で現在戦う事が出来ない(翌年正月没)。

 姜維に当たっているのは、雍州刺史の陳泰であるが、今年はどうも旗色が悪い。

 皇帝廃立があり、魏軍の士気が落ちているのだ。

 その前の、皇后廃位の直後、魏の狄道県長である李簡が蜀に密書を送り、帰順を申し出た。

 姜維の侵攻はこれに乗じてのもので、陳泰は部将の徐質を失う等苦戦を強いられてしまう。

 征西将軍に任じられた司馬昭が遠征し、陳泰と共に蜀軍を食い止めている。

 結局姜維はこの後も勝ち続け、狄道に加えて河関・臨洮をも攻略する。

 そしてその住民を綿竹・繁に移住させて、この年の遠征を終える。


 この遠征の勝利により、姜維の武名は否応なしに高まった。

 いよいよ姜維の進軍を止められる者は居なくなる。

 姜維が大軍を率いて戦えば戦う程、蜀の財政は疲弊していく。

 その毒に比べれば、狄道・河関・臨洮の三県失陥など大したものではない。


「ついでに呉にも浪費をさせたい」

 司馬師の考えに、賈充が案を出す。

「文欽を利用しましょう」

「ほお、揚州刺史を……。

 話を聞かせて欲しい」


 文欽は元々曹爽派の武将である。

 人格にも問題があったにも関わらず、曹爽の贔屓で昇進した。

 同様に毌丘倹、諸葛誕も曹爽派であったが、毌丘倹は司馬懿とも馬を並べて戦った事もあって、根っからの曹爽派では無いし、諸葛誕は司馬家と姻戚関係にあり、家族ぐるみの付き合いがある。

 文欽だけが足元が不安である。

 この文欽を反乱に追い込み、呉の出兵を誘発する。


「考えとしては良いが、文欽も、人柄はともかく戦では有能じゃ。

 それだけで反乱を起こすかな?

 むしろ呉か蜀に亡命するだけで済ますのではないだろうか?」

「そこは勝ち目を見せます」

「勝ち目?」

「まず、大将軍閣下に眼病の手術をしていただきます。

 その眼の下の腫物を摘出する手術の術後が悪いという噂を飛ばします。

 次に大義名分を得たように思わせます。

 あの荒淫だった斉王(廃帝曹芳)が司馬家打倒を図っていたとするのです。

 そして郭太后の密書を偽造し、それを文欽に落とせば食いつくでしょう」

「成る程な。

 だが、それだけではまだ足りぬ。

 寿春の商人を締め上げよ。

 蜀の銭を没収するのじゃ。

 刺史と現地の金持ちは持ちつ持たれつ。

 文欽の懐に入る富を、分かりやすく減らしてやれ。

 それと、諸葛誕に戦の支度をするよう伝える。

 文欽と諸葛誕はお互い嫌い合っている。

 あとは、隴西に隙を作ろう」

「隴西?

 蜀を動かすのですか?」

「そうじゃ。

 雍州刺史に王経を宛てよう」

「王経ですと?

 あの者は、かつて曹爽が絹を送り、呉と交易させようとするも果たせず、無断帰郷した役立たずですぞ。

 母親がその行為を咎めて、棒で叩いて処罰した為、曹爽殿も何も言えませんでした。

 その母親が、これ以上は農民出のその方には過ぎた地位だから、出仕しないよう注意している、その程度の者です」

「だからこそ、姜維を釣る餌としては良いではないか。

 呉と蜀は同盟を結んでおる。

 呉が文欽と助けて出兵すると共に、姜維が隴西を狙って来れば、彼等は勝算ありと見よう。

 文欽が怖気づいて呉に亡命しようとしても、呉の方が魏の内に居て反乱を起こすよう言って来るであろう」

「さ、流石に御座います。

 それなれば、文欽も謀反に踏み切るでしょう」

「じゃが、これは色々と危ない橋を渡る事になる。

 皇太后様には十分気を配り、間違っても司馬氏討伐を本当のものにせぬ事。

 汝南太守の鄧艾にも戦の支度をさせておこう。

 隴西は王経は罠であるが、後ろには陳泰殿を配し、負けは無いようにする。

 場合によっては鄧艾を援軍に送る。

 あとは……」

「あとは?」

「私の手術を成功させる事じゃな。

 太祖武皇帝(曹操)が殺した華佗とは言わぬが、名医を手配して欲しい」

 司馬師はそう言って笑い、

「無論、私の手術が失敗したら、この策は無しじゃぞ」

 とも含め置いた。


 そして正元二年、手術は何とか無事成功し、目の下に大きな縫合痕の残る司馬師の元に、文欽反乱の方が届く。

 だが、その反乱は司馬師の予想を超えていた。

「鎮東将軍・毌丘倹、雍州刺史・文欽、六万の兵を率いて謀反に及びました!

 項城に向かって西進していると、鎮南将軍・諸葛誕様より急報が入っております!」


 内心驚いているかもしれないが、それを表情に現わさない司馬師の傍らで、賈充はほくそ笑んでいた。

(儂が出世するのは、文欽を潰すだけでは足りぬ。

 儂と同じ曹爽派だったが、今は重用されている毌丘倹に諸葛誕、お主らに死んで貰わねばならない。

 まずは毌丘倹、そなたを葬ってやろう)

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