第二章 プロローグ
俺は刃引きの剣を構えた。
頭まで覆う鎖かたびらがずしりと重い。
さらに鎖かたびらの上から重ね着した革の鎧が熱気を逃がさないせいかどんどんと体が熱くなる。
ただ立っているだけで体力が奪われていく。
首には革製のチョーカー。
フルフェイスのヘルメットの中では汗が目に入ってしみる。
目に入った汗の痛みでまぶたが閉じようと痙攣するが俺は気合で目を開き続ける。
「イヤアアアアアアアアアアッ!!!」
俺の目に汗が入ったのに感づいたのだろう。
対戦相手が剣を振り下ろした。
俺はつい反射的に半歩間合いに入り相手の懐に潜り込む。
俺は相手が振り下ろす剣の先、相手の腕をガントレットで受け止めた。
まずは勢いを殺す。
そのままぐるんと蛇のように手を相手の腕に巻き付け、相手の手首を剣の柄と俺の手首の間へ引っかけた。
そしてもう片方の手を相手の顔面、頬から差し込みヘルメットをずらした。
視界を塞がれながら、さらに首までねじ曲げられた相手はすでに体勢が崩れていた。
俺は相手の足を払い、ホールドした手を離し、体を転回させ払った足が床に着地するのと同時に剣の柄を相手の胸に叩きつけた。
ちなみにここまでは反射的に行った動作だ。
相手は受け身を取ろうとしたがどすんという音とともに尻から落ちた。
あーあ、青痰できるぞ。次の日痛いぞー。
今やった技は要するに顔面をつかんだ投げ技なのだ。
実はこれは失敗なのだ。あちゃーやっちまった。
「陛下。反則です」
眼鏡の男子が俺に非情な宣言を下す。
世の中は常にビターだ。
残念なことに俺が実戦でどれだけの実力があろうとも、俺の身につけた武術は試合向きではないのだ。
「陛下ぁーッ酷いですよー!」
ヘルメットを脱ぎ捨てた対戦相手が抗議する。
対戦相手である少しふくよかな男子に俺は反論した。
「しかたないじゃん! 俺の師匠は第二軍のギュンターなの! この五年間ずっと投げ絞め技関節ありでやって来たせいで勝手に体が動いちゃうの!」
俺はバタバタと手を振った。
正確には俺の師匠はギュンターとローズ伯爵と父さんだ。
まあ全員が投げ絞め技関節あり。父さんに至っては目つぶし金的ありだ。間違ってはいない。
だが相手も負けてはいない。
「制定ルールの言い出しっぺは陛下でしょうが!!!」
そうなのだ。
俺が全部悪いのだ。
人生というものはわからないものだ。
特に自分がごり押しして作った学校に学生として突っ込まれたときは。
きっかけはただの嫌がらせだ。
死ぬほどしごかれたのを根に持っていた俺は貴族の子弟どもにも同じ苦しみを味わわせたいと願ったのだ。
だって一人だけ暗殺術や騎士団の訓練まみれの日々をおくったなんてずるいじゃないか!
ぜひこの苦しみをみんなに分けてやりたい!
その嫌がらせの第一弾が学校建設なのだ。
もちろんそんな理由ではごり押しはできない。
独裁者路線を捨てている俺の権力などたかがしれているのだ。
だから俺は軍の一部のレベルの低さを指摘し、騎士や官吏の共通の育成プログラムを提唱した。
「最低限これくらいはできるようになろうね」
これが前世で俺がいた国が誇る義務教育だ。
俺はそれを真似したのだ。
身を以てレベルの差を体験した俺に反論するものはなかった。
すぐに騎士団で行われる試合の統一ルールの制定やカリキュラムについての会議が行われたのだ。
ところがだ。一寸先は闇とはよく言ったものである。
統一ルールの言い出しっぺは俺なのだが、騎士団間の統一ルールが俺の思い通りにならなかったのだ。
投げ技は頭を打ったら最悪の場合は死ぬし、骨折脱臼は日常茶飯事で危険だから禁止。
打撃はノックアウトされたときに倒れ方によっては頭を打って死ぬから禁止。
騎士は士官だ。騎士一人を育成するのには多大なお金が必要なのだ。
練習で人が死ぬのは経済的に無駄でしかない。
そんな事をやるなら陣形や乗馬、弓に軍学の座学などをやった方が安全かつ軍全体のためになる。
俺もまさか「俺が有利なルールじゃないと認めない!」なんて言えるはずもなくしぶしぶ案を受け入れた。
だがスポーツというものはルールが変わるとほぼ別物になってしまう。
命の危険を回避するために頑張った俺は死ぬほど実戦を仕込まれた。
だから頭ではルールを理解しているのだが体が勝手に動いてしまうのだ。
だから俺は試合では弱いのだ。
いやそもそもこの世界で学校に通うハメになるなんて思ってもいなかったのだ。
なにが「陛下は同年代のご友人を作るべきです」だ!
父さんもギュンターもローズ伯爵まで全員で同じ事言いやがって!
俺が嫌がったら母さんに告げ口したあげくに、じいちゃん所にいる母上にまで書簡を送って説得という手の回しようだ!
母親たちを出されたら俺に拒否する手立てはない。
付き合いが長いせいか全員が俺に言うことを聞かせる手段を心得ていやがるのだ。
その結果がこれだ……
「陛下ぁー! 負けた人がパシリですからね! 私はサンドイッチをお願いします」
「あ、俺も!」
「俺も俺も!」
「おーまーえーらー!!!」
俺は勝手なことを言うクラスメイトに怒っているフリをした。
あくまでフリだ。
これは決してイジメではない。
なあに、ただ試合をするだけじゃ面白くない。
かと言って金を賭けるのはトラブルの元だ。
だから軽いペナルティを課すことを俺は提案した。
それが食堂からメシを運んでくること。
激しい運動をしたあとはお腹がすく。
だが食堂までは遠い。
そこで配膳係が必要になる。
要するにパシリだ。
最初は食堂に運ばせる案が浮上した。
即時却下。
貴族の子弟は金になる。
誘拐しても詐欺に嵌めても金になる金のガチョウだ。
かと言って信用のおける料理人や給仕は少ないのだ。
単純に難しいのだ。
次に身分の低い従騎士科の学生を配膳係にするという案が浮上したが、俺が全力で阻止した。
もちろん「人間は平等である」なんて言っても伝わらない。
まだこの世界の文明はそこまで進歩してないのだ。
だから代わりに「お前ら戦場でもメシを運んで貰うのか? 俺が従騎士だったらそういう舐めた野郎のメシには毒入れるぞ。戦場でお前らを殺すのが敵だけだと思うなよ」と全員を生々しい事例を提示して脅すことで説得した。
我ながら素晴らしい大岡裁きである。
そのせいで中庭には荷物運搬用のカートが常備されている。
他の学科は仲良く当番制で運んでいるに違いない。
それに引き替え騎士学科は……
「まさか俺自身がパシリの常連になるとは……こんなはずでは……」
俺はブツブツと文句を言う。
こっちは本気だ。
とは言え俺はいそいそと鎧を脱ぐ。
まだ笑い話ですむ話なのだ。
さっさと持ってきてやろう。
王に配膳をさせるとはいい度胸だ。
いつかまとめて仕返ししてやる。
余裕があるのと仕返しの有無は別問題なのだ。
こうして俺はカートを押して食堂へ急ぐのだ。
中庭から校舎へ俺は急いだ。
パシれメロス!
無知蒙昧が売り物の王であるメロスというか俺は常に激怒していた。
みんな少しは俺に優しくしやがれと。
次の瞬間、配膳用カートが小石を踏んで傾く。
雑念があったせいだろう。
俺はあわてて腕力でカートの傾きを直す。
「ぬおおおおおおおお!」
俺はカートを元に戻す。
だがそれは叶わなかった。
ガッシャーンという音が響いた。
カートの音じゃない。
慌てた俺は手を離した。
遅れてカートがガシャンと横倒しになった。
「人が落ちたぞ!!!」
声が響いた。
校舎の方からだ。
おいおいおいおいおいおいおい。
ちょっと待て。
俺はカートをほっぽり出して校舎へ走った。
そのとき俺はまだ知らなかった。
それが俺の第二の事件のはじまりだったとは……




