葬式
それからさらに一ヶ月。
親父は静かに息を引き取った。
死ぬ数日前まで意識のはっきりした、ほとんど誰にも迷惑をかけない最後だった。
結局、俺は親父とわかり合えなかった。……ような気がする。
でも人間は自分と他人がわかり合えることはないのかもしれない。
例えそれが親子であったとしても。
死んだ後はたいへんだ。
悲しんでいる暇など与えられない。
前世でも人が死ぬと、いきなり信用金庫に口座を凍結されて「葬式の費用どうすんだよ」ってことになるのはよくあることだ。
でも今の俺は税金で食わせて貰ってる身だ。
親の葬儀も国葬だ。お金を出す必要はない。
葬儀もこの世界の僧侶が入れ替わり立ち替わり儀式をしていた。
そう言えば前世で聞いたことがある。
葬式っていうのは死人のためのイベントではない。
残されたものたちに「死者はここで終わった」のだと理解させるためのイベントなのだ。
だからどこの国でも葬式はドラマチックで直接心を揺さぶってくる。
僧侶が呪文のような歌を歌う。そのとき俺は迂闊にも泣いていた。
シェリルが俺の肩を抱いた。シェリルは青い顔をしていたがその表情に哀しみはなかった。
だけど俺はシェリルの胸で少しだけ泣いた。
花だらけにされた親父を入れた棺桶が閉じられた。
諸侯たちのすすり泣く声が聞こえる。
遠くで立っていたゲイルも泣いていた。
諸侯たちにはそれほど忠誠心はない。
彼らはなんとなく雰囲気に流されて泣いているだけだ。
あの性格じゃ友人はいなかっただろう。
友人と呼べるのはゲイルただ一人なのかもしれない。
それも友情半分、憎しみ半分と言ったところだろう。
メリルも泣いていなかった。
メリルにとっては憎むべき敵だろう。
葬式に出席させないと厄介なことになるだろうギュンターは俺の一存で参加させた。
相変わらずの無表情だ。
表情からは心を読み解くことはできない。
ギュンターは忠誠は誓っていたが、心の奥では憎んでいたのかもしれない。
いつもはゲスいローズ伯爵もこの時ばかりは大人しくしていた。
頭の中は俺とフィーナをどうくっつけるかを考えているに違いない。
そういやフィーナの姉ちゃんを姫様にする約束があった。
たしか13歳だっけ?
隣の国の王子が12歳らしい。うんちょうどいいな。やったね! おねショタだ。
ただしフィーナに相談してからだ。
最近怖いのよ。完全に俺は尻に敷かれているのよ。
僧侶たちが棺桶を運ぶ。
俺とシェリル、ランスロットは鈴のついた棒を持たされ僧侶の後をついていく。
僧侶たちが墓堀の人足に指示を出す。
人足たちは棺桶にロープをくくりつけるとロープを引っ張った。
墓が宙に浮き、掘られた墓穴へと吸い込まれていく。
今思えば、親父は自分の死期が近づいていることを理解し、俺を鍛えようと思ったのではないだろう?
俺は数々の難題を克服し、結果として王になる準備を整えた。
ってこれすら親父のカオスな思考なのだろう。理解しようとするだけ無駄だ。
うん、やめ。
諸侯たちは誇張された俺の英雄物語に酔いしれ、葬式の前にはもはや俺が王になることに異を唱えるものはいなかった。
大憲章の評判も悪くはなかった。
もともとなんとなく決まっていたことを文章に起こしただけだ。
その内容も「俺は古来からの法と慣習に従い、横暴なことはしません」って誓ったのだ。
貴族達の有利にしか働かないので誰も批判はしなかった。
バカだねえ。俺が法や慣習を守るってことは貴族達にもムリヤリにでも守らせるって事なのにな。
今のところ見破った御仁はグレイ公爵だけだろう。
棺桶に土が被せられ、この儀式が終わる。
葬式が終わり、俺は自分の部屋に戻る。
諸侯たちはこれから夜を徹して誰を王にするか否かを話し合う。
俺に決まっているとしてもそこは駆け引き。
俺の派閥とランスロットの派閥がお互いの利益を調整するのだ。
話し合いいかんでは国を割る騒ぎになるかもしれない。
でもおそらくその心配はないだろう。
俺の無能さえ証明できれば、ランスロットは王になる。
俺の10年のお試し期間を断る理由はランスロット派にもない。
明日の朝には結果が出ていることだろう。
ちなみに万が一ランスロットにしようという結果が出たら喜んで譲るつもりだ。
その時は遠い外国に婿に出して貰おうと思っている。
欲深くさえなければ、なにも恐れることなどない。
俺は自室に戻った。
◇
騎士が王を迎えるようにドアを開けた。
もう俺は前のように適当に動くことは許されないかもしれない。
部屋の中には俺のベッドに腰掛けるフィーナがいた。
本当だったら女官数人で俺の世話をするはずだがローズ伯爵が裏から手を回したに違いない。
俺は呆れながらもローズ伯爵に心の中で感謝をした。
フィーナは一緒に寝ているせいか遠慮というものが全くない。
俺もその方が楽なのだ。
特に葬式で疲れているときは。
「ただいま」
「おかえりなさい」
あれ? 犯罪じゃね?
俺は思った。
死の危険がなくなり、冷静に考えると精神年齢オッサンが少女と恋愛しようとするという気持ちの悪い話ではないだろうか?
俺は小首を傾げた。
うむ、死の恐怖から薄汚い手を選んだが、よく考えたらアウトじゃね?
うーん解放してあげないとダメだよね。
倫理的に。
「どうしたんですか?」
「いやフィーナもそろそろ自由にしてあげないとなあと考えてました。あと約束した件も果たさないと」
「自由?」
「子分の件ですよ。全て解決したので子分は解除って事で」
「ダメですよー」
「なんでよ?」
俺はさらに小首を傾げた。
「パパり……お父様に嫁になってこいって命じられました」
パパりん余計な事をしやがって!!!
「フィーナさん、嫁って意味わかる?」
「お母さん?」
だめだ。
相手は伯爵家のお嬢だ。
意味がわかっていらっしゃらない。
俺は思考をめぐらせた。
陰謀を見破るのは簡単だがこれは難しい。
どうしろって言うんだよ!!!
俺はぐるぐると目を回した。
そして、
「えーっと……現状維持で……」
日和った。
笑いたいなら笑え。
俺にとっては女の子の方が暗殺回避より難しいミッションなのだ。
「はい。なんで疲れた顔をされているんですか?」
「あはははは……ナンデモナイヨ」
俺の口から乾いた笑いが漏れた。
ようやく寒さが収まってきた。
暖かくなったらどうしよう?
こうして俺たちはいつものように一緒のベッドで寝たのだ。




