治療
エリック叔父貴をゲイルの部屋に運ぶ。
物があふれる部屋。
机の上の不要品を手で払うとゲイルとローズ伯爵はそこに叔父貴を寝かせる。 俺はローズ伯爵の部下の一人にライリーを連行するように頼んだ。
ライリーは連行されていく。
ゲイルは馴れた手つきで叔父貴の症状を見ていた。
叔父貴は痩せていて頬がこけている。
明らかに具合が悪そうだ。
「どうですか?」
俺はゲイルに聞いた。
ヒ素とかの強い毒だったら治療する方法はない。
元の世界の知識がある俺でも無理だ。
仮にインターネットがあっても医療の知識がない俺には治療は難しいだろう。
「まだわかりません」
ゲイルはエリック叔父貴の服を脱がせる。
体には発疹がいくつもできている。
なんだろうか?
最近この症状を聞いたような気がする。
俺は爪を見る。爪の先端に歯で噛んだようなギザギザができている。
エリック叔父貴は爪を噛むクセがあるんだな。案外神経質なようだ。変色はしていない。
爪を押す。やわらかい。爪を噛むクセがあるせいかもしれない。
どうやらヒ素中毒ではなさそうだ。
「ヒ素ではなさそうですね」
「まだわかりません。殿下の場合はご自分でヒ素だと申告されたのでその症状を疑えばよかったんですが……」
俺はローズ伯爵の方を見る。
「ローズ伯爵。俺たちだけだと手に負えないかもしれない。ギュンター将軍に知らせてくれ!」
「御意!」
ローズ伯爵は部下たちに俺を守るように言うと急いで出て行った。
俺はローズ伯爵の部下たちに外を見張ってくれと告げる。
これでいい。
厄介払いができた。
俺はゲイルと二人きりになる。
それを狙っていたのだ。
ゲイルはローラーのついた皿、たしか薬研と呼ばれる道具で薬草を潰していた。
「なにを作っているのですか?」
俺は無邪気なふりをして聞いた。
我ながらゲスだ。
「とりあえず発疹のための塗り薬を作っています」
なるほど。
つまり致命的な毒ではないということか。
叔父貴も運が良い。
俺はため息をついた。
なるほど……犯人は……
その時、俺はわかったのだ。
エリック叔父貴に毒を盛った犯人が。
ゲイルは薬草を潰し終わると、何かの粉と薬草を混ぜはじめる。
「その粉は?」
「ミントを乾燥させたものです。あとはオイルを加えれば完成です」
なるほど。
実にわかりやすい。
俺はゲイルの作業を眺めていた。
ゲイルはオイルを入れてさらに混ぜる。
混ぜ終わるとエリック叔父貴の体に塗り始めた。
そろそろ頃合いだろう。
「エリック叔父貴に毒を盛ったのはゲイルですね」
ゲイルの手がピタッと止まる。
「じょ、冗談はおやめください」
「冗談? おそらく毒は漆じゃないかな。最初に会ったときにゲイルは漆を脅しに使う方法を教えてくれました。エリック叔父が弱っていた理由は漆による酷い下痢、それで脱水症状を起こしてたんだと思います。症状は長くて数日、つまり発疹の薬さえあればいい」
だから俺でも勝てたのだ。
「なぜ私がそんなことをしたと思うのですか? あなたを守るためならいっそ殺した方が早いでしょ」
ゲイルはすっとぼけた。
たしかにゲイルの言っている事は正しい。
だが俺は別の可能性に辿り着いたのだ。
言わなければならないだろう。
俺が辿り着いた可能性を……
「それはあなたが……俺を王にしたかったから……」
俺は絞り出すように言った。
ゲイルは予想通りおどけて俺の言葉を否定する。
「なぜ? たとえあなたが王になろうともハイランダーはすでに滅びた民族です。ざまあみろっていう以上の効果はありません」
あくまでゲイルはシラを切った。
わかっていた。
ゲイルは絶対に真実を言えない。
俺は外に聞こえないように気をつけながら小声でつぶやいた。
「それは……ゲイルが……俺の……本当の父さん……だから……」
それを口にした瞬間、ゲイルは俺の口に手を当てた。
強いミントの香りで鼻の中が痛くなる。
あのゲイルが鬼のような表情で俺の口を塞いだのだ。
「ダメだ……それだけは口にしてはならない!」
ゲイルの目は真剣だった。
思えば……いくらでも思い当たるフシはあった。
例えばメリルの言葉、「お父さんに似ている」。
俺と王は全く似ていない。
王は黒髪だし陰気な顔だ。
だが俺とゲイルは陽気な印象や髪の色や瞳の色が似ているのだ。
確かに俺はメリル似だ。
だとしても性格までそっくりなのだ。
そう、最初に会ったときから他人とは思えなかった。
性格も似ている。人を食った性格も、くだらないギャグが大好きで頭の中は常に笑いでいっぱいなのも。少しおっちょこちょいなところもだ。
わかっていた。
戦いも同じだ。俺は正攻法より奇道の方が得意だ。
王の血だったらエリックのように正攻法だけが得意なはずだ。
だが俺が得意なのは奇道なのだ。
前世のせいではない。
これは遺伝だったのだ。
俺は半分ハイランダーだったのではない。
俺はハイランダーの族長の血を継ぐ純血のハイランダーだったのだ。
「あなたは王の血を継ぐ第一王子。もしそれが覆ったらあなたは一生命を狙われてしまう」
俺はゲイルの手をつかみむりやり引きはがす。
ゲイルは俺の目を見ると抵抗をやめた。
「確かにそうでしょうね。でも腑に落ちない」
まさか自分が王の子でないとは……
いやわかっていた。
俺はいつもどこかよそ者だった。
家族を慕っていてもそれでも俺は異物だったのだ。
それも家族にそう思わされたのではなく、俺の内なるものが俺にお前は異物だと語りかけてきたのだ。
だから俺は畳み掛ける。
「俺の言ったことがすべて正しいと仮定しましょう。二人は私を連れて逃げるという手があったが、あえてそれをしなかった」
「それは!」
「静かに」
俺はゲイルを制した。
これはただの格好つけではない。
一つは可能性を提示してゲイルを揺さぶること、もう一つは会話の流れを乱して主導権を取ることだ。
「でもあえて二人はそれをしなかった……いやできなかった」
俺は恨み言をいうつもりはない。
あくまで可能性の提示だけだ。
俺はちゃんとわかっていたのだ。
「ゲイル、あなたが王に服従を誓っていた理由。それは私を人質に取られていたからですね……」
「……」
ゲイルは沈黙した。
肯定ということだろう。
そうだ。肯定なのだ。
メリルもゲイルも俺を人質に取られていたから王に従っていたのだ。
そしてそうだとすると、一連の騒動の真犯人がわかった。
「王は……ランスロットを王にするために私に邪魔者を排除させようとした。それが真相ですね……」
そうだ。
ランスロットが産まれてシナリオが変更になったのだ。
俺を死ぬような目に遭わせて様子を見たんだ。
その結果は、俺が死んでもいいし、俺が生き残ってランスロットが王になるための障害物を取り除くのでもいい。
つまり俺は王の手の平の上でもがく羽虫だったのだ。
「……違います。王はあなたを本気で王にするつもりだ」
ゲイルは否定する。
なぜだ?
なぜそこを否定するのだ?
「なぜ? 俺を王にしない理由はたくさんあるけど、俺を王にしなければならない理由は一つもないはずだ」
「それ以上は母上にお聞きください」
ゲイルは俺に真相を教えないことにしたらしい。
だから俺はわざとイジワルをすることにした。
揺さぶるためだ。
「ゲイルの妻だろ」
「……元妻です」
俺の残酷な一言でゲイルは胸を抉られたかのような顔をしていた。
わかっている。俺は最低だ。
それでも俺はやめない。
俺は真相まであと一歩の所にいるのだ。
「叔父貴はどうですか?」
俺はメリルのことで揺さぶるのをやめて叔父貴の話題に話を変える。
義理の叔父貴だが……それでも心配ではある。
「殿下が推測されたように漆の樹液の作用です。漆は乾けば無害ですが、汁の状態で摂取すると全身に発疹ができて下痢をいたします」
「どうやって飲ませたんですか?」
「彼らの食事に漆を入れました」
「狙いは私を決闘に勝利させようとした……ではなくゲイルが叔父貴を倒すつもりだったんでしょ?」
これで合点がいく。
そうだ。ゲイルが全てを解決するつもりだったのだ。
「……」
ゲイルはまたもや無言になった。
ゲイルの無言は肯定という意味だろう。
俺はさらに踏み込む。
「下働きのマーサもハイランダーですね?」
「よく……お分かりで……」
「私の母親の噂を流したのもマーサですね。おそらく王の命令でしょう」
「……」
否定も肯定もしないってことか……
「そのあと、ランスロットが王の子どもじゃないという噂も流した。だがマーサはそれで叔父に殺されてしまった。それが真相だ」
「仰るとおりです」
もはやゲイルは感情のないロボットみたいになっていた。
精神が限界に来ていたのだろう。
「なぜそんなことをしたんですか? 今までのは私の有利な方へ働いている」
「それが目的ですから」
……もうゲイルはなにも話す気はないようだ。
ひたすら無言で叔父貴の体に薬を塗っていた。
だとしたらどうすれば……
そうだ!
母親に聞けばいい。
今度こそ全て聞き出すぞ!




