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→ 燃える想い



「普通、ここまでするか」


 ルイス・ロートンは顔を引きつらせた。自分の父親の死体を平然と辱めるメフィストを見て、やはりドマの人間は血も涙もない悪魔の末裔なのだと、宮中で聞いた噂話を思い出す。


「突っ立ってるなら何か手伝えよ」

「……救助をか?」

「生きてる人間がいるわけねぇだろ。常識的に考えろ」


 すっかり燃え落ちたドマの屋敷。ここで育ったのなら何か思うことはないのかとルイスはメフィストが不気味だった。例えばこれが、ここが、ロートン公爵家だったら。燃える家の何もかも、焼け焦げた死体がすべて見知った、自分を大切にしてくれた者たちの無残な姿だと、想像するだけでルイスは恐ろしくなる。


「こうも豪勢に焼かれちゃ、舞台装置に再利用できるのもそう多くねぇな。ただの人間の失火や放火なら防火処理のされてるうちの屋敷が燃えるわけねぇし。まぁ、そのあたりはカッサンドラが考えるだろう」

「……」


 あまりにもあっけらかんとして自分の生家の残骸を見下ろすメフィスト・ドマ。ルイスは少なくとも宿屋の一室ではメフィストはそれなりに喪失感を漂わせていたように思う。訝るルイスの視線に気づいたメフィストは黒ぶち眼鏡の奥の金の目を細めた。


「落ち込んでると優しくしてくれるだろう?」

「……そんな理由で?」

「おれにとっちゃ大事なことなんだ。ルイス・ロートン。アンタが騎士道精神にしがみ付いているようにな」

「…………王家への忠誠心は貴族であれば最も重要な物だろう」

「別に揶揄うわけじゃない。誰にだって欲ってのがある。おれはただ、惚れた女に役に立つ男だと思われたいんだ」


 ルイスは聞いたことがあった。ドマの欲というものは、人のそれより何十倍も強いらしい。独特な、悪の一族が持つさがというのだろうか。確か、それぞれ個別に強い欲があり、他人の持つ宝石にのみ執着するドマや、あるいは死体を飾り立てることに熱心なドマなど、聞いただけでも巻き込まれればひとたまりもない悪意ばかりだった。


 ルイスは少しだけ、この自分と同世代のドマに興味がわいた。ヴィクトリア・ラ=メイ伯爵令嬢によく似た女性を伴う悪魔。それが自分の前に現れて、死にたくなければ一緒に行動して守られろと言う。これらは自分がヴィクトリアを「裏切った」所為だと言われたが、ルイスは自分が過ちを犯したとは今でも思っていない。


(君によく似たドマの令嬢が、俺を詰るわけでもなく。俺を助けると言う。ドマの悪魔が、その願いを叶えるために自分の父親の亡骸をも利用してる)


「一体何が起きてるんだ?」

「ヴィクトリアとかいう女が死んだから、名付け親がブチ切れてアンタやその死に関わった連中を殺しに来てるんだよ」


 パンパン、と、メフィストは父親の生首に死に化粧を施して満足そうだった。「両親揃っておれがやることになるとは思わなかったが、まぁ、ドマだからな」と、ルイスからするとやはり理解できない言葉を吐く。


「……ドマも関わったのか?」

「さぁな?親父のことだから何か関わっちゃいたかもしれねぇが、その辺はどうでもいい。名付け子が死んだ。名付け親が報復しに来る。単純だろう?ただ、その名付け親ってのがルシウス・コルヴィナスだったってだけだ」

「……………………は?」

「言ってなかったか?ルシウス・コルヴィナス。先代皇帝の剣。暁の英雄殿。英雄狂いのコルヴィナス卿」

「……いや、ちょっと待て」

「普通に考えて、ヴィクトリアとかいう女の死に関わった連中仲良く皆殺しなんて不可能だが、まぁ、あのオッサンならやるだろうし、やれるだろ?ただそうなると、おれの可愛いカッサンドラには都合が悪いんだと。あの夢想主義のオッサンが復讐に燃え尽きた後に死ぬだろうから、そうでないようにお膳立てしてやる必要があるんだよ。わかったか?」

「いや!いや、ちょっと待て!!!!!!待ってくれ……!コルヴィナス卿?あの、英雄卿か!?」


 メフィストはルイスの物分かりの悪さに舌打ちしたが、ルイスはそれどころではない。


 先の大戦の英雄、最も功績を上げた勇者。大将軍。この国の守護者であると今でも吟遊詩人の歌になるほどの人が……ヴィクトリアの名付け親?


 驚き混乱し、ルイスは狼狽えた。騎士として目指す理想のような人が自分の命を狙っている。その事実はルイスの精神を強く乱してショックを与えた。だが、あまりに衝撃が強すぎて、ルイスは徐々に冷静になってきた。


「………………………ヴィクトリアはそれを知っていたのか?」


 ぼそりと、それはとても小さな声で、呟きで、メフィストに聞かせようと思ったわけではない。だが耳ざとい悪魔はそれを拾い、どん、と、ルイスの胸倉をつかんで引き寄せる。


「なぜ疑う?なぁ、おい、今なんでそれを疑問に思った?」

「…………」

「今アンタに知らせただけの情報じゃ、ヴィクトリアが英雄卿を知ってようが知らなかろうが、あのオッサンの凶行に疑問はわかないはずだ。だがアンタは何か思い浮かんだ」

「……」

「ヴィクトリア・ラ=メイ伯爵令嬢の死に関わった、コルヴィナス卿の殺害リストの中にいる連中のうち、アンタが知るヴィクトリアを教えてくれよ、今ここで」


 金色の悪魔の目がルイスの瞳を見つめる。その瞳の中に、困惑する自分の顔があった。疑っている。ただの復讐だと聞いて、自分の所為で一人の少女が死んだのだと、それを悔いるよりも前に、ルイスの心には「本当に?」という疑念があった。だが、その困惑の芽を口に出すのは憚られる。騎士道精神に基づいて、死した人間を辱めることになると、死した理由が自分にもあったのだとしても、それでも、あまりにも、人でなしの考えだ。


 目を逸らしたルイスに、ドマが顎を掴んで無理やり目線を合わせる。


「一人の善良な女が死んだ。悪意に巻かれて殺された。復讐鬼が生まれて、誰も彼も死ぬだろう。だがそれを聞いて疑問を感じてるアンタの話を、さぁ、おれに聞かせてくれ」


 今のままだとルイスはただの加害者。罪人。死刑宣告のその日を待つばかりの死刑囚。その配役を受け入れるには抵抗があり、だが、自分の命惜しさに配役をがらっと変えろと要求するなど。ルイスの善性は抵抗した。良心は非難した。頭に浮かんだ考えを口に出すなと。あの図書室の、陽だまりの中で穏やかに過ごしていた少女をこれ以上辱めるなと、そのように。


 だが、本当に?


 憐れで無力で無垢で気の毒なヴィクトリア。


  ルイスは思い出す。じっくり、ゆっくりと、悪魔の声が耳に届いて、ほじくり返される。埋めていなかったか。何か、事実を。知っていた事実を何か、そっと、なかったことにしていないか。


 思い出すのは、卒業式の後のパーティー会場で自分が押さえつけたヴィクトリアの細い体。


 抵抗しなかった。か弱い令嬢。


 だが、本当に?


 あの場に引きずり出されるまで、周囲の悪意にも敵意にも、まるで気付かなかったほど、彼女は愚かだっただろうか?


 ルイスは思い出す。

 記憶の中。図書館。穏やかな日だまりの中。


 微笑む彼女は聡明だった。人の感情に敏感で、そして、誰かが何かを望み、何かをしようとしていることを察して、手助けすることのできるひとだった。


「……一度だけ、聞いたことがある。忠告だ。警告を。友人、だから」

「何を?」

「レイチェルと、うわべだけでも親しいフリをした方が良いと」


 貴族であれば、好き嫌いで人と付き合うわけにはいかない。王太子妃になろうというのなら、王太子の周りに自分の気に入らない女がいたとしても、上手くやるべきではないかと、そう忠告した。そしてルイスの知るヴィクトリアなら、そうするだけの理性があるとそう思った。


 だが、その時ヴィクトリアは。


「何を言われた?なんて答えた?」


 ルイスは頭が割れるように痛かった。思い出すべきではない。彼女はただの無力な伯爵令嬢だった。ルイスはそれを忘れて、父に叱責されたように、自己満足の騎士道精神を振りかざし、何の罪もない令嬢を死に追いやった。だから英雄卿に殺される。そうであるべきだ。


 頭を押さえて呻くルイスに、メフィストがいら立つ。金の瞳が真っ赤に燃えるように輝き、その光を直視したルイスの瞳が眩しさに苦しみ、眼球から血が溢れ出る。


 メフィストの脳裏に、ルイスの頭の中のイメージが映し出された。


 燃えるように赤い髪に青い瞳の麗しい令嬢。

 学友の助言に、少しだけ目を細めてから、美しく微笑む。


『これでいいんですよ』


 自身の破滅を予期しながら、それらは大した問題ではないと、もっとずっとずっと、先を見る女の声をルイスは思い出した。



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