50.久しぶりの顧問
結論から言うと、愛羽とはしばらく会う機会がなさそうだった。
朝には校内にいたはずだが、恐らく停学に際する指導かなにかで登校しただけだろう。休み時間になって再び下駄箱を確認した時にはすでにローファーは見当たらなかった。
少なくとも一週間、愛羽は学校に来ない
当然、デブ研の部室にも。
「……また一人きり、か」
放課後、部活の時間。
部室には自分以外誰もいない。冴姫さんが受験勉強のために幽霊部員化したあとは見慣れた光景であり、室内は実に俺好みの静けさで満たされている。読書をするのにこれ以上うってつけの環境はないと言ってもいいくらいに。
にもかかわらず、物足りなさを覚えるのはなぜだろう。
不明瞭なやるせなさに苛まれていると、部室のドアが控えめにノックされたのち、開かれる。
「こんにちは、秋月君。ここではご無沙汰だよね」
「……小鳥遊先生、ですか」
なんで急にこの人が、と思いかけたが、そもそもこの人はデブ研の顧問なのだから。部室に来ても全然不思議ではない。
「うーん、なんだか残念そう。私じゃなくて、別の誰かを待っていたみたいな」
「なんですか、藪から棒に」
「そういうお顔に見えたの。もしかして、例の新入部員さんのこと?」
「来ないことは分かってます。一週間停学らしいですから」
自分でも分かるほど不機嫌な声になる。
小鳥遊先生は「そっか」と相槌を打つと、俺の向かいの席に腰を下ろした。
「せっかく、秋月君もぼっちを脱却できたと思ったのに。残念だね」
「俺は別に。一人なら一人で本読んでるだけですから」
「ふぅん。秋月君なら、むしろ一人の方がいいから好都合、くらい言うのかなって思ったけど」
「ほぼ同じことでしょう。言い回しが少し違うだけで」
「そうかな? 私には全然違うように思えるけど」
まるで取り調べでも受けている気分だった。
聞き出されて困ることなどなにもないが。
「それで、今日はどんな風の吹き回しですか」
「え? そのうち顔を出すからって、言ってたと思うけど」
「なんとなくですが、タイミングに悪意を感じます」
「まあ、ひどい。悪意だなんて。せめて他意と言ってよ」
「やっぱり、なにか見計らって来たわけですね」
「秋月君がまたぼっちにならないようにね。それに、生徒の不安を和らげるのも先生の役目でしょ?」
別に、俺はなんの不安も抱いてはいないが。
「でも、どうして志賀さんは、あんなことまでしてバイトしたがったのかな」
「一人暮らしの条件だったからですよ」
「そうなの?」
「自分で勝手に決めた条件みたいですけど。そもそも一人暮らし自体、親御さんからは反対されてたみたいですし」
「まあ、普通はさせたがらないわよね……ということは、どうしてそうまでして一人暮らしをしたかったのか、って話になるのかな」
うーん、と両腕を組んで考えている小鳥遊先生。
口ぶりからしてこの人も詳しい事情は知らないらしい。先生といっても担任ではないし、仮に担任でも一人暮らしをしたい理由まで知っているとは限らない。
「あ、そういえば志賀さんってお兄さんがいたよね。しかも秋月君と同じクラスに。お兄さんならなにか知ってたりして」
「残念ながら、それはないです」
「え、どうして言い切れるの?」
「もう訊いたからです。皆目見当がつかない様子でした」
すげなく答えたつもりだったが、先生は「ふーん」と、にんまり顔をほころばせた。
「なんですか、その意味深な笑みは」
「ううん。秋月君も、思ったより気にしてるんだなって」
「……まあ、唯一の後輩ですから」
呟くように答え、手元の本に視線を戻す。
自分でもなぜこれほど気になっているのか分からなかった。いないならそれでも構わないはずなのに――このまま一人暮らしをやめ、そのうちデブ研にも姿を見せなくなる。もしかすると、俺の前からも。




