45.条件とお礼
「先輩が気にするのは分からなくもないですけど、正直、あたしはどっちでもいいと思ってるんですよね。思い出してくれるなら嬉しいですけど、ちょっぴり気まずくもあるかもって」
よどみなく自分の気持ちを打ち明ける志賀だが、俺の方はまったく要領を得ない。
いや、まったくとまでは言えないかもしれない。
なぜ志賀がここまで俺に構うのか――その理由について、どうやら俺は心当たりがなくてはいけないらしい。
「前にも似たような話を聞いたな。俺に思い出してほしいって。本当に俺と接点があったっていうのか?」
「接点なんて言葉は大げさですけど、イエスかノーかならイエスですかね」
「また随分と曖昧な言い方だな。でも、ここまで好かれるような接点なんて、俺には……」
「本当に、なにも、思い出せませんか? 全然?」
こちらの顔を覗き込むような体勢で念押しされる。
全然――と言い切れれば話は早かったのだが。
昨日今日過ごす中で、志賀の姿や言動に既視感を覚えたのも事実だった。
少なくとも昔どこかで会い、話をしたことくらいはあるのかもしれない……けれど、いつどこで、どんなことを話したというのか。志賀のような後輩の女子と。それも好かれるようなことなんて――、
「まあ、先輩が思い出せないのも無理ない気がします。先輩の今の認識を聞いていると」
「認識?」
「だって先輩、『好かれる』って言いましたよね。それってつまり、あたしが先輩のことを好きって前提で考えてますよね」
違うのか、とは訊きづらかった。うぬぼれと思われるのも歯がゆい。
いや、たとえ深い意味はなくとも、少なからず好意がなければ筋が通らないのではないか。
「好きでもなんでもない先輩に飯を作ってやったり、看病までしたりするか、普通」
「普通は、変かもですね。だけど先輩、さっき自分でも言ってたじゃないですか。『人から好かれるような人間だとは思っていない』って。その自己評価はまさしくその通りだと思うんです」
「それは褒めているのかけなしているのか、どっちなんだ」
「もちろん、褒めてますよ。そこの認識さえぶれなければ、先輩があたしを思い出すのも時間の問題だと思います」
ますます混乱してきたが……要するに、思い出すだけの材料はそろっているということなのか。
「あ、でも先輩がどうしてもと言われるのであれば、もう少しだけヒントをあげてもいいかもです。条件つきですけど」
「条件?」
「はい、とても簡単なことです――あたしのこと、名前で呼んでほしいなって」
「……断る」
「えー、前に呼んでくれたことあったじゃないですかぁ。ほら、あたしが駅前でナンパに遭ってた時!」
「あれは、彼氏のふりをするために仕方なく……」
「もう、また照れちゃって。じゃあ条件じゃなく、看病してもらったお礼ということはどうですか? プライスレスになるってとっても魅力的じゃないです?」
そうまでして名前で呼んでほしいものなのか。
まあ、頼んだわけじゃないとはいえ世話になったのは間違いない。そんなことで対価になるとは思っていないが、こっちもまったく実利がないわけでもない。
「分かったよ。今度からは、名前で呼ぶ」
「ぜひ、今からで」
「……いは」
「はい? なんて?」
「愛羽って言ったんだ。ほら、これで満足だろ」
呟くような声のあと、どこか投げやりな言い方になった。
それでも志賀は……いや、愛羽は本当に満足そうに、にんまりと頬を緩ませていた。
「まあ、いいでしょう。合格です」
「なんでそんな上から目線なんだ……まあ、兄貴の方も志賀だったからな。こっちの方が分かりやすくなるとは思ったよ」
「あー、あの人もあの人で呼んであげればいいんじゃないですかね。恋斗って」
なんで実の兄貴の話をするだけどそんなにドライな口調になるのか。ちなみに絶対呼ばないだろうが。
「それより、これで条件も満たしたんだ。ヒントとやらを教えてくれるんだろうな」
「え、なに言ってるんですか。教えませんよ」
「はあ?」
「条件じゃなく、看病のお礼ってことにしたじゃないですか。だからヒントはなしです。残念!」
両腕で大きくバツマークを作る愛羽。
相変わらず人をむかつかせる天才ぶりだが、道理に適っていないわけでもない。安易に了承した俺にも非はある。
「いやー、これからは『志賀』なんて他人行儀な呼び方じゃなく、『愛羽』って愛情込めて呼んでもらえるわけですね。楽しみだなぁ、特に部活の時とか。元部長さんが見たらなんて言われるのか」
「愛情を込めるまで約束した覚えはないんだが」
「じゃあ、それをヒントのための新しい条件してもいいですよ。どうします、先輩?」
お決まりのようなからかう笑みに、俺はもちろん首肯しなかった。費用対効果が見合えっていな過ぎる。
それはともかく、こいつが言うように学校の時、特に部活などで冴姫さんが一緒の時はどうするべきか……あの人も絶対聞き逃さないだろうし、俺たちの変化にまたあらぬ誤解を抱きかねない。今から上手い言い訳を考えておくのがいいかもしれない。
得意げに笑う後輩を前にそんなことを考えていた俺だったが――言い訳を用意する必要は、当分なくなった。
なぜなら翌週の部活、愛羽が部活に顔を出すことは、一度もなかったのだから。




