42.マジで修羅場る5秒前
なぜ俺がこんなに焦っているのか。
それはもちろん、主たる原因がまだ部屋にいるからで。
「すぅ……すぅ……」
夕方に入ってから、志賀は壁にもたれて居眠り状態だった。
看病の疲れもあったのかもしれない、と思うと無理やり起こすのも多少は忍びなかったが、仕方がない。
「おい、志賀。ちょっと起きてくれ」
「んんぅ……先輩? どうかしましたか」
幸い眠りが浅かったのか、すぐに反応があった。
「緊急事態だ。今すぐ部屋に戻ってくれないか」
「緊急……? なんですかそれ、おいしいんですか」
「古典的なボケに付き合ってる暇はないんだ。頼むから、わけは訊かずに自分の部屋に帰ってくれ」
「んー、あたしまだ眠くって……先輩が古典的な方法で起こしてくれるなら、ばっちり目も覚めるかもですが」
「古典的な方法?」
「はい。王子様がお姫様を起こす時の方法、博識なら先輩ならもちろんご存知ですよね?」
目をつむったまま、薄い唇を微かに動かす志賀。
そんな要求ができるくらいならとっくに目が覚めているだろう。
「もうすぐ、冴姫さんがここに来そうなんだ」
猶予がどれだけあるか分からないため、俺は賭けに出ることにした。
「元部長さんが、ですか?」
「そうだ。俺を看病してくれたとはいえ、お前はほぼ仮病で休んでるようなものだろ。面倒なことになる前に帰った方が――」
「元部長さんは、ここになにをしに?」
「え? いや、たぶん見舞いに……」
俺の願望混じりの推測を聞くと、志賀はぱちりと目を開ける。
そして、にんまりと、いたずらっぽく微笑んだ。
「大丈夫です。ご心配には及びませんよ、先輩。あたしが迎え撃ちますから」
「は? 迎え撃つ?」
「そうです。だってもう、お見舞いなんて必要ないわけですし。先輩にはあたしがいますから」
どういう理屈なのかいまいち読み込めないが、志賀の表情からは謎の気迫が感じられた。
なにをどう突っ込んだらいいか迷っていた時――ついに玄関の呼び鈴が鳴った。
「秋月君? 榊原だけど、いる?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、言うまでもなく冴姫さんの声。
もう誤魔化しは効かない。とりあえず俺が出て外で対応するか、あるいはこのまま居留守か。スマホではまだ在宅とは返答していないし……。
そんな俺の苦悩をよそに、立ち上がった志賀が玄関へと歩いていく。
「おい、なにする気だ」
「なにって、あたしが迎え撃つって言ったじゃないですか」
「いや、だからお前が出たら面倒なことに」
「安心してください。あたしに考えがありますから」
やけに自信たっぷりな言葉と背中だった。
賭けてもいい。絶対ややこしいことになる。
俺もようやくあとを追ったが、後ろから肩を掴んでの制止もむなしく、志賀の手が玄関の鍵を回し――ドアを開いた。




