40.優しさ検定・その二
カーテンの隙間から差し込む薄明りの日差しに意識をノックされ、やんわり目蓋を開ける。
「もう朝か……」
昨晩の記憶が定かではないが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
志賀が『蜜柑』の読み聞かせをしてくれたことは覚えている。
そのあと、調子に乗ってかほかの作品も読むとか言い出して、仕方なく『舞踏会』辺りを勧めて――その後、記憶がない。
が、確かなことが一つだけある。
「すぅ……すぅ……」
俺が横になっている布団の隣、畳の上。
体を丸くさせた志賀が安らかな寝息を立てて眠っている。こちら側に寝返りを打った状態で。
布団も敷いていないところで、よくもまあこれほど気持ちよさそうに眠れるな――というどうでもいい感心はともかく。
「やっちまった……」
天井を見上げながら嘆息する。
泊まらせる気はなかったのだが、つい寝落ちして見送るまでに至っていなかった。
結果、志賀が望む通りの展開になってしまった。
風邪のせいで普通の状態ではなかった上、なにもやましいことはしていないが……やはり猛省すべきだろう。寝泊まりまで許してしまうのはさすがにラインを超えている気がする。
「にしても、寒くないのかこいつは」
室内とはいえまだ四月。朝方はまだ結構冷える。
もう手遅れかもしれないが、一応俺が使っていた掛け布団で体を覆ってやった。
この寝つき具合ならしばらく起きないだろうと思っていたのだが、
「――まあ、合格ですね」
次の瞬間、ぱちりと志賀の目が開かれた。
「なんだ、起きてたのか」
「はい。先輩が目を覚ますちょっぴり前に」
「ああそう。で、俺はなにに合格したんだ」
「優しさ検定です。もう忘れました?」
寝ぼけ頭で必死に思い返してみる。
そういえばあった気がする。前は一度落第してからの補欠合格とかなんとか。
「よく分からないが、今回は一発合格だったわけか」
「そうですけど、まあ合格なので。なんの寝具もなしに寝ている女の子に布団をかけてあげる、これだけでは及第点といったところです」
「充分だろ。これ以上どんな優しさがある」
「布団だけでなく、傍まで来て添い寝するとか。いっそ体で温めるみたいな」
優しさというより寝込みを襲っているみたいにならないか、それ。
「そんなことできるわけないだろ。大体、なんで自分の部屋に帰らなかったんだ」
「そんなことできるわけないじゃないですか。病気で苦しむ先輩を放って帰るなんて」
「単なる風邪で大げさな……まあいい。今朝はだいぶいいし、頑張れば登校できそうだ」
「ダメですよ! 今日までは安静してないと」
起こそうとした体が志賀の手に押さえられる。二人して横になったまま向き合う体勢になった。
「どうせ明日からお休みですし、万全の状態で月曜を迎えればいいと思います」
「いや、大した熱もないのに休むのは……」
「ええー。先輩、意外と真面目なんですね」
当然のように学年行事をばっくれるお前よりはな。
「こんなに可愛い後輩が添い寝してるのに、少しでも長くこうしていたいとか考えないんですか」
「そんなことを考えるような人間なら、寝泊まりにだって反対しないだろ」
「そうなんですよね。普通の男の子ならもっとウェルカムというか、なんなら眠ってるあたしの体にちょっとくらい触ったってむしろ健全なくらいだと思うんですけど」
「どういう健全だそれは。まるで意味が分からん」
「ええー、だって胸とかお尻とか触り放題だったんですよ? 自慢じゃないですけど、あたしの体って男の子ウケはかなりいい方だと思うんです。出るとこそこそこ出て、締まるとこは締まってて」
横向きで寝ている体勢のまま胸を張る志賀。
いちいち誇示されずともよく分かっている――俺だって一応男子なのだから、目が行かないわけではない。
こうしてすぐ近くにいるだけでも、自分とは明らかに違う甘い匂いが気になってしまうほどなのだから。
「本当は、志賀の方が学校に行きたくないからじゃないだろうな。今から集団宿泊に合流するのか面倒だからとか」
「ちょ、そんなこと疑わないでくださいよ。そんな気持ちは先輩への心配ほど大きくないですから」
「ということは、多少はそういう気持ちもあるわけか……不良め」
「なんとでも言ってください。とにかく、今日までは安静ですから。一緒に気持ちのいい二度寝の楽園へ――」
「そうだな。じゃあお休み」
「ちょ、先輩! 掛け布団返してくださいよ! それかあたしも入れてくださいっ」
合格返上を覚悟で布団を奪った俺にしがみついてくる志賀。
結果的に俺の方が志賀の体温に包まれ、熱がぶり返したのではないかと思うほど熱くなってしまっていた。




