38.聞き覚えのある声
「『とうに電灯のついた客車の中には、珍しく私のほかに一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って』……」
俺が注意してからは、志賀は一つ一つの言葉を幾分丁寧に読み上げ始めていた。
普段の彼女よりも少しだけ低く落ち着いた調子の声が、室内に満ちていた久しい静けさの中にさらさらと流れる。
今読まれている『蜜柑』は、芥川龍之介の小説の中ではかなり代表的な作品だと思っているが、教科書に掲載されている『羅生門』や『蜘蛛の糸』ほどの知名度はないように感じている。かつては『蜜柑』が掲載されていたこともあったらしいが。
「……『私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三、四の小娘が一人、あわただしく中へはいってきた、と同時に一つずっしりと揺れて、おもむろに汽車は動き出した』……」
内容は至ってシンプルというか、現実的な何気ない風景の写実に終始している。
汽車になった主人公が、唯一乗り合わせた田舎娘の奇妙な行動を描写したもの。その娘の身なりのみすぼらしさや田舎くささ、乗る車両を間違えている愚鈍さなどに主人公は静かに腹を立て、かつ娘が気まぐれとしか思えない行動を取るものだから余計に気を悪くしていく。
「……『ふと何かに脅されたような心もちがして、思わずあたりを見まわすと、いつの間にか例の小娘が、向こう側から席を私の隣へ移して、しきりに窓を開けようとしている。が、重いガラス戸はなかなか思うようにあがらないらしい』……」
愚行の極めつきは、汽車がまだトンネルを通過しているさなかに、その娘が窓の戸を開けたことだった。当然、車内に煤煙が入り込み、ついに主人公は娘を叱りつけたくなるほど気分を害した。
なぜ娘がわざわざ窓の戸を開けたのか、この時の主人公はまだ知る由もなかったからだ。
「……『窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、たちまち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑がおよそ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降ってきた』……」
わずかながら確実に、志賀の声色に感嘆が混じり込む。
なんとなく気がついたのだろう。この田舎娘がなにをしたくて窓の戸を開けたのか。
「……『そうして刹那に一切を了解した。小娘は、おそらくこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾課の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切まで見送りにきた弟たちの労に報いたのである』……」
弟たちを思いやる娘の真意を理解した主人公はその後、娘に対する怒りや見下した気持ちを改めるだけでなく、自身の人生に対する退屈感や言いようもない疲労感などからわずかに解放された――という心情の変化を経て、物語は幕を閉じる。
何度となく読んだ話だったが、こうして読み聞かせで一文ずつゆったり耳で楽しむのは新鮮だった。
なにより意外だったのは、志賀がきちんと読めていたこと。
漢字が読めるかどうかとかそういう嫌味な話ではなく、ほのかにたどたどしくも懸命に文字を追いながら物語を紡ぐ志賀の、普段の騒がしさとは似ても似つかない落ち着いた声が心地よかった。
そして、不思議なことに――どこかで聞き覚えがある声のような気がして、少しだけもどかしくもあった。
引用文献:芥川龍之介『舞踏会・蜜柑』角川文庫,1968




