37.今までで一番部活っぽい
「前に先輩がおすすめしてくれた小説ってないんですか? ほら、あたしと同じ苗字の人の」
「いや、今はないな。俺も図書館で借りたから」
「そうですか。ほかにおすすめとかあります? なんかたくさんありますけど」
部屋の隅に積んである文庫本の前で志賀が悩んでいる。
ちょうど今は読みかけの本もない。そこにある中ならなにを読まれてもいい気分ではあった。
「志賀が読めそうなものでいいぞ。最悪、そこにあるのは全部読んだことがあるやつだから」
「それ、地味に傷つく補足です。あたしがちゃんと読めなくても問題はないみたいな」
「上手く読める方がびっくりする。小説の読み聞かせなんて俺でもやったことがない」
「言われてみればそうですね。ということは、上手に読めたら先輩に一目置かれるかもと。これはあたしの評価を上げるチャンスですね。それならそこそこハードル高めなやつを……」
畳の上を四つん這いで進む後ろ姿が目の毒だった。相変わらず男子の部屋にいるという自覚に欠けているとしか言いようがない。仕方ないので目を逸らしておいてやった。
「あっ。この人、なんか名前見たことあります。たぶん難しいやつですよね」
なにか選んで戻ってきたようだったので改めて振り向いてやる。
志賀の手にあったのは芥川龍之介の本だった。
……なんか名前見たことある、とかいうレベルではないだろ。
「国語の教科書に出てくるだろ、芥川龍之介」
「え、出てきましたっけ?」
「『羅生門』とか、高一の教科書に載ってる」
「あたし、今年高一なんですけど」
「教科書なんて、最初にぱらぱらっと読むだろ普通」
「どういう普通ですか! 読まないですよ、ふ・つ・う!」
そうなのか……国語の教科書なんて配られた瞬間にどんな物語があるかすぐにチェックしていたが。俺は少数派だったらしい。
というか、芥川龍之介なら中一にも『トロッコ』があった。そっちを挙げればよかったが、志賀なら『昔過ぎて覚えてないです』とか言いそうだ。
「これ、色んなお話があるみたいですけど。なんかおすすめとかあったりますか?」
「そうだな。じゃあ、二作目で頼む」
「二作目……え、『蜜柑』って漢字でこう書くんですね。うわ、文字が詰め詰め。いい感じに難しそうです」
芥川龍之介の作品の中ではかなり読みやすい方だけど――そう言いかけて、やっぱりやめた。
きっかけはどうあれ、自分が好きな小説に興味を持ってもらえることは嬉しいことだ。デブ研では朗読会はほとんどしたことがないが、部室よりも部活らしいことをやっている気もして不思議な気分だった。
「『ある曇った冬の日暮れである。私は横須賀〔*〕』……この記号はなんですか? 星マークって読まなきゃですか?」
「たぶんアスタリスクだろう。ただの注釈用だから無視していい」
「はあ。よく分からないですけど、とりあえず飛ばして読みますね――『私は横須賀発上り二等客室の隅に腰を下ろして、ぼんやり発車の笛を待っていた』……うわぁ、いかにも教科書に載ってるお話みたいな文章。なんか国語の授業みたい」
「いちいち私見を挟むな。あと、そこはかとなく授業で当てられて仕方なく読んでるような棒読み感があるから、もうちょっと情緒豊かで風景が浮かんでくる感じで頼む」
「注文の多い病人だ! あたし、読み聞かせのプロとかじゃないんですけど」
「自分からやるって言ったんだろ。プロとまでは言わないから、もう少し描写されている景色を感じながら読んでくれ」
志賀は拗ねたように小さく頬を膨らませていたが、ほどなくまた文庫本に目を通し始めた。




