35.湯上がりの既視感
結局、この日はほとんど一日中横になっていた。
布団から出たのはトイレに行ったくらいで、こればかりはさすがの志賀もちょっかいを出してくることもなかった。そこまで面倒を見られたら看病というよりもはや介護だろう。
「先輩がどうしてもと言われるなら、尿瓶を買ってくるくらいの覚悟はありましたよ?」
などと恐ろしい覚悟が聞こえたのは微睡み中の夢だと思いたい。
昼にも薬を飲めたので、夜になるといっそう快方に向かっていた。一分か二分程度だろうがまた熱も下がり、体を起こすのも日中ほど苦ではなくなった気がする。
とりあえずシャワーくらいは自分で浴びれるのではと思ったが、これに志賀が難色を示し、
「風邪の時にお風呂はやめた方がいいと思います。体力奪われちゃうって聞きますし」
「なるほど。本音は?」
「先輩のお体、あたしが拭いてあげようかなって。これも看病イベントの定番ですよね?」
というわけで、自力でシャワーを浴びた。尤もらしい理由を建前に定番イベントで辱めを受けるのは御免被りたい。
けれど建前でも志賀の忠告は半分正しく、シャワー後は体こそさっぱりしたものの強い倦怠感に苛まれた。熱湯を浴びて髪や体を洗っただけだが、それでも今日一日の中では運動的な瞬間ではあった。疲れを感じるのも無理ないかもしれない。
「だからやめた方がいいって言ったんですよぉ。大人しく後輩の手に委ねてればよかったんです」
「別に、ちょっと疲れただけだ。これくらいの方がむしろぐっすり眠れる」
強がりであることを自覚しながら布団の上に倒れ込む。志賀がまた小言を吐いていたが、眠気のせいであまりに耳に入らなかった。
……それから、どれくらい時間が経っただろう。
この部屋に似つかわしくないフローラルな香りに気づき、おもむろに目を開ける。
「――♪、♪」
スポーティな格好に着替えた志賀が、濡れそぼった髪を水色のタオルで覆うようにして拭いている。微かな鼻歌を奏でながら。
ほんのり漂ってくる熱気やほのかに上気した頬を見るに、どうやら湯上がりのようだったが――その姿を見て、俺の中でなにかが引っかかった。
どこかで、見覚えがあるような……。
「あっ、先輩。なにぼうっとしてるんですか。寝るにはまだもったいない時間ですよ」
「……なんだ、その格好」
「これですか? 見ての通り、バスケ部だった時に着てたロンTとバスパンですよぉ。今は寝間着で再利用中です」
少しだけ照れたように紹介する志賀。
ロンTと呼ばれた長袖のTシャツの胸元には、よく見ると俺や志賀が通っていた中学校名が英語でプリントされている。
「どうしたんですか、そんなにまじまじと。そんなに珍しいものじゃないと思いますけど」
「え?」
「だって先輩、何回か観に行ってますよね? あの人の試合」
どの人だ、とはならなかった。すぐにこいつの兄貴、志賀恋斗のことだ推測できた。実際、どうしてもと頼まれて仕方なく応援に行ったことが何度かあった。
それにしても、実の兄を『あの人』なんて呼ぶのは少々距離を感じる。別にどうでもいいことだが。
「バスケ部の格好なんて見慣れてると思ってましたけど……あ、もしかしてあたしだからとか? 普段と違う姿に思わずきゅんとしちゃった系です?」
「……あえてそういう系で言うなら、滑稽だな。寝間着としては」
「それ、系の字違いません? しかも軽くバカにされてません、あたし」
軽くじゃなくしっかりバカにしたつもりだったのだが。
きょとんとする志賀はともかく、なぜこの姿に強い既視感を覚えたのか――その理由は結局分からなかった。




