33.なだらかな病
朝食を胃に収めたことで薬も服用でき、朝方よりは楽になってきた気がする。いわゆるプラシーボ効果かもしれないが。
ちなみに薬も志賀が持ってきた解熱薬で、なにからなにまで頼り切っている感じが情けない。
「あたしは別に大丈夫ですよぉ。先輩がどれだけ情けない姿を見せても幻滅したりなんてしませんから」
というのは志賀の弁だが、ニヤついた顔で言われてもまったく信用できない。
「お前、いつまでこの部屋にいるつもりなんだ」
「もちろん、先輩の命が尽き果てるまでは」
「こんな風邪ごときで死んでたまるか」
「そういう意味じゃないですよぉ。ていうか、今のって軽くプロポーズだと思うんですけど」
どこがだ。いつも通りからかっているようにしか思えん。
「つまり帰る気はないってことなんだな」
「いいじゃないですか別に。一人で床に臥してるよりあたしと四六時中ダベってる方が健康的だと思うんです。ていうかあたしたち、本来そういう風にしてなきゃだと思うんですよ、運命論的に」
「なんだそのわけの分からない論理は……大体病気なんだから、一人で寝てるのは当然だろ」
「当然でもなんでも、傍に誰かいた方がいいって話です」
「うつっても知らないぞ」
「構いませんよ。元はといえば、あたしのせいみたいとこありますし」
わずかに、志賀の声がしおらしいものに変わる。
「でも、先輩も結構ドジっ子さんですよね。学校に傘忘れてくるなんて……なのに、わざわざ来るなんて」
「起きてしまったことは仕方がない。けど、それはなにもしない言い訳にはならない」
「なんですか、それ?」
さあな。なにかの映画の名言だった気がするが。
閑話休題。
「俺のことはもういいから、お前はお前の時間を過ごせってことだ」
「え、そんな慈悲深い意味が?」
「そういうわけじゃないが……とにかく、これ以上は俺といたところで退屈するだけだ。好きなようにしてくれた方が俺も気兼ねせずに済む」
「分かりました――じゃあ、好きなようにしますね」
ようやく帰る気になってくれたのか。
なんて思ったのもつかの間、志賀が次に取った行動は立ち上がるのではなく、むしろ逆――俺の隣に横向きで寝そべっていた。
「……いや、なんのつもりだ」
「なにって、見ての通り添い寝です。好きなようにしろって言われたので」
「帰れ、という意図をオブラートに包んで言ったつもりだったんだが」
「そんな優しい言い回し、先輩らしくないです。やっぱり本調子じゃないんですね。これはもっと本格的に看病しないとです」
どうにもうさんくさい調子で言いながら、志賀は手のひらを俺の腹部にそっと置く。
そしてほどなく……ぽん、ぽんとゆったりとしたリズムを取り始めた。
「こうやって、ぽんぽんってしてあげると、落ち着いて眠れる気しません?」
「俺はぐずって寝つけない赤ちゃんか……」
「ふふっ、ある意味そうかもですね。あんまりイライラしないで、ちゃんと眠ってないと治りませんよぉ」
イライラしているのは主にお前のせいなんだが。
……まあ、完全に押しかけとはいえ、冷えピタやらお粥やら面倒見てくれたことには正直感謝している。それは一応伝えておきべきだろう。
それに、ちゃんと眠らないと治らないのはその通りだ。病気の時くらい穏やかな気持ちを心がけよう。
「その、礼は言っておく。ありが――」
「すぅ……すぅ……」
「……なんでお前の方がぐっすり寝てんだ、おい」
突っ込みと共に思わず起こしかけたが、やっぱりやめた。
仮にも同年代の男子の隣で、なんて無防備な寝顔を晒しているのか。いくら俺が病人とはいえ、貞操観念に欠けていると言わざるをえない。
いや、俺はなにもする気はないが。たとえ健康であっても。
「……ったく」
志賀とは逆側に寝返りを打ち、邪念を振り払うようにぎゅっと目蓋を閉じる。
黙って傍にいるだけなら、ただの可愛い後輩でしかない――そんな当たり前の事実に今更ながら気づかされたことが、頭痛より遥かに厄介な気がした。




